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53. 戦を終わらせる方法は?

 治療室に(アキラ)と二人だけになって、私は布団にくるまりながら、翡翠が言っていたことを思い出す。


西羅(サイラ)は少しおかしくなってしまっているの。私の言葉は届かない」

 そして、こうも言っていた。

 西羅は自分に自分で呪術をかけてしまった、と。


 速水にかけられた催眠術。あの、見たこともないくらい虚ろだった速水の瞳、正直言ってぞっとした。ああいう類いのものを、西羅が自分にもかけたとするならば。


 狂ったみたいに強いと、初陣の前に玲から聞いたことが思い出される。

 そこまで考えて、私は玲を見つめて、言った。


「玲……翡翠が言ってた。西羅、自分に呪術をかけてるって」


 西羅自身が、自分に暗示をかけているとするならば。

 日本にいた頃に漫画や映画で見た、狂戦士(ベルセルク)と呼ばれる狂った戦士が頭に浮かんだ。

 戦いを止められないと翡翠は言った。

 ただ戦うだけの存在になるように、西羅が自分に術をかけているとしたら?


 私の呟きに、玲の瞳が鋭く光る。

「どういうことだ?」

 私は一度深呼吸して、少し考えながら言葉を紡ぐ。


「翡翠が言ってた……西羅は変わってしまって、翡翠の声は届かないって。

 速水にかけられた強力な催眠術も、西羅のやったことだった……もし西羅が、自分で心を閉ざして、前に玲から聞いた、狂ったみたいに強い状態……狂戦士みたいになるように、暗示をかけてたら……、翡翠の声が届かないのも、そうやって心を閉ざしてるからじゃないのかな……」


 玲は考え込むように腕を組む。

「……実は俺は、戦場以外で、子供の頃にも西羅に会ったことがあるんだが……」

「そうなんだ……。

 それって……翡翠が子供の頃から西羅に何度も会ってたって言ってたことと、関係ある?」

 驚いて私が聞くと、玲は少し首を傾げ、曖昧に頷いた。


「……翡翠が会ったと言っているのが、俺が会った回数と同じとは思えないが……。

 俺と夏野(カヤ)に参謀教育をしてくれた翡翠の父親、(タツミ)将軍は昨年亡くなったんだが、巽さまと西羅の父親は、二年おきくらいに会談をしてたんだ。時には翡翠宮に向こうが来て、その逆の時は巽さまと翡翠が西の砦に行ったりして……向こうから翡翠宮に来る時は、西羅も一緒に来ていた。俺が二歳の時はうろ覚えなんだけど……、あとは六歳と、十歳の時……三回くらいか。十四の時は状況が悪化して、会談は行われなかったんだけど」


 なるほど、と私は頷き、玲に尋ねる。

「もし、翡翠と西羅が密かにお互いを好きだったとしても……お父さんたちがいるから、簡単に戦は終わらなかった、ってことなのかな」

「それはあっただろうな。親同士がいがみ合っていた」

 玲は頷く。


「……前に少し聞いたよね。西羅の髪は金に近い茶髪で、瞳の色は暗くて体格がいいって」

「戦場では西羅は兜をかぶってわからなくしてるんだけどな。目の色も黒に近い緑って感じだった。西の国か北の国の血が入ってるんだろうな」

 ふうん、と私は頷く。


 玲は少し考えるようにゆっくりと、続けた。

「南の谷でおまえを連れて帰るとき、翡翠と会ったと言ってたことは夏野に共有したが……、俺は聞いたとき、ちょっと納得感があったんだ。道理でみつからないはずだ、と」


 私は頷く。西の砦というところが、西羅の本陣だと聞いていた。その内部に翡翠が入り込んでいたということなら、東軍の捜索も及ばないだろうと思う。


「翡翠が、西羅は自分自身に術をかけたと言っていて……そして数年前からの西羅のあの戦い方……あり得ると思う。以前おまえに、西羅はおかしいくらい強いと俺は言ったけど、言い方を変えると、まるで命を捨ててるみたいな感じがあったからな……」


 玲の言葉に、翡翠の悲しげな顔が頭に浮かぶ。彼女が愛していると言っていた西羅の心は、助けたいと思って傍にいる翡翠の、手が届かないところにある。


「玲、もし今の話が本当なら、西羅の暗示を解かなきゃいけないよね。

 翡翠のためでもあるけど、……東軍と西軍、全体のためにも」



 どうにかこの戦を終わらせる方法はないだろうか。



 それが、初陣以降、心の奥で私がずっと思っていたことだった。

 誰も戦でケガをしないで、死んだりもしない。それはそんなに難しいことなのだろうか?



 玲、私の台詞を聞いて少し笑う。

「本当におまえは……無茶なこと考えるな……。ま、それが薫らしいっちゃらしいんだが」

 でも、その笑顔で私は心が緩んでいる。反対されてるわけじゃないとわかったから。


「そういうことなら、術を解くのは朱鷺子の専門だ。朱鷺子に相談だな」

 玲がそう言って、私は決意を新たに頷いた。

「うん。東軍も、翡翠も西羅も……みんな助けたい。私、諦めずにこの戦いを終わらせたい」


 玲の瞳が柔らかく光って、私の手を彼は強く握った。

「それが最善の道かもな。……おまえの体調が回復したら、皆に話して方策を考えようぜ」


 その言葉で、どうしたらいいのかと迷っていた心が定まってくる。

 翡翠、待ってて。

 玲の体調も見守りながら、東軍の皆と、この戦いを終わらせる方法を考えるから。

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