52. 通り道の負荷
その時、玲がきゅっと私の手を握って、呟くように言った。
「薫、速水もだが……おまえが無事で、本当によかった……」
いつになく震えてるみたいに弱いその声に、隠されている玲の本心が見えた気がした。
いつもの目を伏せる癖。そして翡翠が言っていた、玲の身体が弱っているということ。
「……玲、私……翡翠と会ったんだ……」
私が言うと、玲の瞳が揺れた。
「翡翠が、牢で鍵を外して、助けてくれた。……彼女、西羅を愛してるって言ってた。でも、西羅が変わってしまったから、翡翠は助けたいと思って西軍に行ったって。
……それに……翡翠は私に、玲の身体が弱ってるって教えてくれたよ……」
言いながら、顔色が悪い玲を見ていて、目に涙がにじんでくる。私の言葉に玲は表情を硬くして私を見つめた。
聞いていた朱鷺子がふと息をつき、
「玲、あなたの身体のこと、薫には話しておきなさい。もう隠している時ではないわ」
と静かに促す。
朱鷺子は知っているのか……。知らなかったのは、私だけなんだろうか?
玲は少し沈黙して、言いたくなさそうに、でも仕方ない感じでゆっくりと口を開いた。
「……俺の身体は……この風雅の国と日本を往復したことで弱ってる。神官の家系は『通り道』を使うと、往復して戻る時に体内に裂傷を負って……それは通り道の負荷と言われてるんだが……戻ってきた後は、なるべく安静にしておく方がいいんだ」
何それ。
その言葉に私は反射的に起き上がって……ずくんと腕の傷が痛み、前屈みにうずくまる。
「……っいたた……」
「何やってんだおまえ、まだ寝てなきゃだめだ」
私を驚いた顔で玲が支え、そのままゆっくりとベッドに横たわらせた。
「……ごめん……」
反射的に謝ると、玲はなぜかそっぽを向いた。たぶん、私から黙っていたことを責められたくないからだろうか。
私は自分を落ち着けようと、もう一度深呼吸して、言った。
「……いま、玲の顔色が良くないのも、奥のベッドで寝てたのも……最初に速水を助けた後で私がもう一回連れて行かれて、……二日連続で南の谷に行くことになって、動きすぎて具合悪くなったってこと……?」
玲は沈黙したままだ。そう、私が見事に罠にはまってしまったから。
私は続ける。
「速水を助けに行くとき私に怒ってたのも、……玲の体力を無視して私が走って行くから?」
「ちがう」
「……違わないよ……」
私の目から涙があふれる。
「泣くなよ」
苛立たしく眉をしかめてそう言われ、私は余計に泣けてくる。別に嫌われたいわけでも、嫌なことを言いたいわけでもないんだ。でも。
「……泣かずにいられないよ。ひどいよ。……私は、玲と一緒にいるためにここに来たのに!
どうして黙ってたの? ちゃんと言わなきゃ、わからないよ……」
玲がふうとため息をつくのがわかって、私は心配になって彼を見る。
「……玲、きついなら寝てていい……」
言いかけて、私は言葉が出なくなる。玲がふと私の手を取って指を絡めるようにして、また強く握ったから。
「違うだろ。……俺はおまえを泣かせたいわけじゃないし、悲しませたい訳でもないんだ」
「……だって玲が嫌な顔するから」
私がじっと玲を見て文句を言うと、玲は最近では珍しく、少し笑った。
速水が攫われたとわかって以来、玲はずっと厳しい顔をしていたから、その笑顔に呑まれて思わず涙が止まる。彼は言った。
「……おまえに言わなかったのは、余計な心配させたくなかったからだ」
ずるい。
笑顔と一緒にその言葉が直球で胸に飛び込んで来て、思わず私は目を閉じている。そんな笑顔でごまかされてしまう私もどうかと思う。
「わかるよ。でも……」
「でもじゃない」
どうにか言葉で反論しようとした私を、微笑んだまま玲は制する。
この前、速水を助けに出ると主張した私を怒った時と同じ言葉で、でも、泣けるほど優しく玲が言うから、私は何も言えなくなってしまう。こういう時の玲は本当にずるすぎる。自分の笑顔の力を知りすぎてると思う。
「二人とも、ゆっくり話したらいいわ。薫、傷は浅いけど熱も出ているし、無理はしないでね」
朱鷺子が気を遣ったのか微笑んで、部屋を出て行く。
私と玲の二人が治療室に残された。




