51. 翡翠と西羅、隠された真実
私は以前、西軍の将である西羅がどんな人なのか、玲に聞いたことがあった。
体格が良くて、髪は金に近い茶色。瞳は暗い色で、狂ったように強い戦士。
私は西羅を見たことがないから、そのイメージは野獣みたいなものだ。
「西羅は、おかしくなってしまっているの」
翡翠は私とそっくりな顔なのに私とは違う、気品ある大きな瞳で私を捉えて言った。
私はライオンみたいな、虎みたいな大男が翡翠をがんじがらめにしている夢を見た。
翡翠。私と同じ顔、でも驚くほど上品で凜とした雰囲気を持った人。彼女は、西羅を愛していると言っていた。小さな頃からずっと長い間、お互いに愛情を育んできたと。
どういうことなのかわからない。
敵同士で、それぞれの軍を統べる将。その二人が愛し合っていた?
もしそれが本当だとするならば、どうしてこれまで戦いを止められなかったんだろう。
気がついたとき、私は柔らかな布団の上にいた。
ほのかな薬草の匂いと、白い天井。翡翠宮の治療室だ。何か、温かいものが胸やお腹に当てられている……?
「……朱鷺子、さん……?」
視線を巡らせると右手側のベッドサイドで、朱鷺子が私の浴衣の上から、何か温かい石みたいなものをゆっくりと当ててくれていた。着ていた袴のかさかさした肌触りじゃない……治療室の浴衣に着替えさせてくれたらしいと私は気付く。
「薫、気がついた? 丸一日眠ってたのよ。……玲が連れ帰った時は身体がかなり冷え切っていたけど、大分あたたまってきた……意識も戻ってよかったわ」
「これ、なに……?」
私の問いに、朱鷺子はくすりと笑う。
「温石療法。温かい石を当てて、身体が冷えた人を温めるの」
「……あったかい……。ありがとう、ございます……」
私がお礼を言うと、朱鷺子は私を安心させるようにふわりと微笑んだ。
「大丈夫よ。無事でよかったわ。……玲、起きて。薫の意識が戻ったわよ」
がたんと音がして、私は視線を巡らす。
私の左側、奥にあるもう一つのベッドで寝ていたらしい玲が、朱鷺子の声で目覚めたのか物凄い勢いで起き上がり、間にあった椅子を倒しながら私の枕元に駆けてきた。
こんな慌てるの、めずらしい……。
そして、顔色悪い。
ぼんやり見ていたら、がつっと枕元に出ていた私の手を取って、握って。振り絞るような声で私の名前を呼んだ。
「……薫……」
泣くんじゃないかと思ってしまうほど玲は切迫していて、いつもなめらかなその声は低くかすれていた。彼の疲労度の高さを物語っていたけれど、でもその声は、どこかほっとした響きで私の耳に届いた。
速水に切られた腕の傷が鈍く痛んで、意識が覚醒してくる。あの時、水牢から這い出た私の身体を、玲がマントに包んで温めてくれた感触を思い出す。
「玲、……速水は? ……翡翠は……?」
はっきりしない頭で、操られていた速水と、あの時牢の中で会った翡翠の顔がぐるぐる回る。玲は私の手を握ったまま吐息して、沈黙した。どう答えるかと迷っているみたいに。
すると、玲とは逆サイドから、朱鷺子が落ち着いた声で教えてくれる。
「速水は無事。私の方で催眠を解いて、もう大丈夫と思うけれど、また危険があってはいけないから神殿の治療室で休ませて、僧医についてもらっているわ。僧医は戦闘訓練も受けているから……安心していいわ」
私が、そうなのかと頷くと、朱鷺子、少し首をかしげて申し訳なさそうな顔をした。
「速水は二~三日あれば元に戻るわ。……ごめんなさいね、薫。まさか速水が呪術におかされていたなんて、最初に連れて帰ってきた時は気付かなかった……私もまだまだね」
私はほっとして思わず深く息を吐く。速水のあの何も見えていないみたいだった空虚な瞳……それがいつものきらきらした光を取り戻してくれるなら、と思うと、それだけで少し力が湧いてきた。




