5. 速水
僕は速水。風雅の国、翡翠の街という所に住んでいます。
十四歳になります。
僕の住む風雅の国は、翡翠という名前の姫将軍が率いる東軍と、西羅という敵将が率いる西軍が戦っている状態です。
翡翠さまは二十歳。僕は翡翠姫を遠くからしか見たことがないのだけど、とても凜としていて気高くて、姫を嫌いという人に会ったことがありません。
翡翠さまが住む翡翠宮は僕の家のお隣で、僕の両親は巫女の家系でした。
神殿でお手伝いをしたり、お祈りをしたりしていたけれど、二年くらい前に二人とも流行り病で亡くなってしまって、僕は今、両親と住んでいた家に一人で暮らしながら、神殿の『学び舎』という、街の子供たちが勉強するところに通っています。食材とかは、親が神殿の関係者だったので、神殿からわけてもらっています。
今日、学び舎から帰ってきたら、僕の家の縁側に、変な白い上着に、紺色の膝までの丈の、袴を短くしたようなものを履いた女の子が倒れていて、びっくりしたんだ。
声をかけても気付かないから、ひとまず隣の部屋にふとんを引いて、ごろごろ転がして寝かせたんだけど、乱暴だったかなあ?
熱はないみたいだったけど、目覚めないから濡れた手ぬぐいをおでこに当てていたら、しばらくして気がついてよかった。
その子は意志が強そうな大きな目をしていて、まっすぐな黒髪できりっとした感じの綺麗な子だった。
僕は巫女の家系で、出会う人の周りの空気が色で見えることがある。
その子は、顔かたちも綺麗だけれど、周りを取り巻く空気が、晴れた日の空みたいに水色できらきら光ってるみたいだった。
誰かに似ているような気がして、でもその時は、その子が一体誰に似てるのか、僕はよくわかっていなかった。僕たちの国では女の人は皆、髪を長く伸ばしているから、その子がお稚児みたいに肩より上で髪をまっすぐに切っているところも、ちょっと驚いた僕でした。
薫と名乗ったその子は、僕に、ここはぱられるなんとか? って聞いてきたけど、よくわからない。でも、玲さまの名前が出て、それもびっくりした。
玲さまは神官の家系の方で、神殿で祈りの儀式や、今は東軍の参謀のようなこともされている、僕の憧れの人なんです。
薫が、「あきらって名前のひとを知らない? 年は十六才くらいで、背が高くて、声が良くて……笑った顔が綺麗というか、すごくカッコいい人なんだけど」と言ったとき、僕は一瞬考えました。
……あきらって、玲さまのことだよね。
年は十六歳くらいで、って、神官の玲さまは、一緒に参謀業務をされている夏野さまと同い年で、今月十七歳になられるはず。大体合ってる。お二人は子供の頃から神殿で育っていて、僕は神殿で祈祷や祭祀に関わる巫女の家系という関係で、小さな頃からよくしてもらってるんだ。
笑った顔がきれいで、すごくカッコいい人……うんうん、玲さま、めちゃくちゃかっこいいんだよね。
いつも冷静で、低くてとても良い声をしていて、時々玲さまが神殿で儀式の時に行う神官の舞は、星がまたたくみたいに綺麗で、街の皆が見に来るほどなんだ。
僕はいつか、玲さまの下で働きたいと思ってる。
……でも。
僕はちょっと躊躇した。
この、変わった格好の女の子……薫という名前だと言っていた。
薫と、玲さまの関係は、一体何なんだろう?
僕の玲さまへの気持ちを伝えても良いのかなあ。
そう思って、ぼくは最初、玲さま知ってるよ、とは言わなかったんだ。
薫と名乗ったその綺麗な女の子は、お稚児さんみたいな髪型で、変な服で、しかも、女の子なのに布団にあぐらをかいて座ってる。男の子みたい。
でも、玲さまの名前を出したとき、とても必死で一生懸命なことが僕にも伝わってきた。
まるで他に何も拠り所がなくて、それだけを頼りにしてるみたいに。
そのことは、僕が玲さまを知っているということを、彼女に話してもいいかもと思わせた。
僕は、ひとまずお茶でも飲んで落ち着いてもらったほうがいいかな? と思って、お茶を淹れてくることにしたんだ。
両親が生きてた頃も、僕の淹れるお茶はおいしいってほめてもらってたから、この女の子も暖かいお茶を飲んだら心細い気持ちが少しやわらぐかもと思って。
思った通り、お茶を一口飲んで、少し胸のあたりが暖まったらしく、薫はほっと息をついた。
ちょっと落ち着いたかな? と僕は思って、思わず笑顔になる。
そうしたら、薫が僕に聞いたんだ。
「ねえ、速水……さっき、フウガの国、って言われたけど、ほんと、ここって、どこなのかな。なんか、私が住んでた日本とはぜんぜん違うみたいで……」
僕は、うんうん頷いて言った。ニホンってどこなのかわからないなと思ったけど、僕の住んでる風雅の国の説明ならできると思ったんだ。
「うん、ここは風雅の国。風と、雅の国って書くんだ。
風の神様を信じていて、儀式の時には神殿で舞が行われたりする。
翡翠さまって名前の姫将軍が治めてる、東軍の領地の中に僕の家はあるんだ。
ここは僕の家。僕は巫女の家系で速水という名前で、十四歳。
僕の両親は、二年くらい前に流行り病で亡くなってしまったんだけど、もともと両親が神殿に勤めていた関係で、僕はここに住みながら、神殿の学び舎に勉強に通ってます。
本当はそろそろ巫子っていう……神様に仕えるための勉強もはじめた方がいいんだけど、親が亡くなったこともあって少し保留になっていて、普通に街の子たちと一緒に算術や歴史を習ってます」
僕がそう言ったら、薫は言葉を失ったような雰囲気で、ぽかんと僕のことを見つめたんだ。




