48. 水牢の姫
がくがくと身体が震えて、私はうっすらと目を開けた。
……寒すぎる……。
ゆっくりと視線を彷徨わせると、私は暗い石造りの建物の中にいた。
目がかすんで、殴られたお腹が痛くて微妙に吐き気もする。
重い金属で作られた手錠が手首に食い込んでいて、袴の上に袖無しの半纏を着ただけの私、裸足の足下は冷たい水に浸かっていた。履いていた草履は少し遠くにばらばらと落ちている。
身体は冷え切っていて、かたかたと歯の根が合わず身体中が震えてくる。考えを巡らせることすら厳しい……あまりの寒さで腕の傷の痛みも感じられないほどだった。足下から凍り付くみたいで、足先の感覚は最早なかった。
水牢ってやつなのか……。
谷の最奥に着くまでに、石造りの建物はひとつしかなかった。壁の感じから見て、昨夜私たちが速水を見つけた辺りにあった石造りの建物、あれの中ってことか。
速水はどこに連れて行かれたんだろう?
玲は私の上衣の切れ端に気づいただろうか。
あれから何時間くらい経ったんだろう……?
頭がぼんやりする中、どうにか自分を奮い立たせるように、ゆっくりと考えを巡らせる。
諦めたらだめだ、薫。
もし玲が連れ去られてしまった私に怒っていたとしても……翡翠の代役は東軍に必要だと、玲も夏野も言っていたではないか。
助けに来てくれる。絶対に。
それに。
どうして私は、玲が怒るとか、そういう考えしかできなくなっているんだろう?
この世界に来る時、玲のマンションで。『自分の信じることがあったら思うようにしていいからな』って、お父さんから言われた言葉を思い出して飛び込んだのに。
私が信じているのは、ここでは玲だけのはずだった。
なのに、怖いんだ。
玲が私に怒って、見離されたらどうしようって、いつも、心のどこかでそう思ってる。
それは、無茶をしようとしたときに玲が私を見る冷たい瞳や、今も何かを隠しているような雰囲気、そして、この世界にひとり飛び込んできて、玲以外に頼るところが少ない自分……その状況がそう思わせているんだろうけど。
信じろ、薫。
心と体は直結しているから、気持ちが弱ったらこの極寒の水牢ですぐに体調を崩してしまう。
玲だけじゃない。
夏野も、滝も、黎彩、朱鷺子、料理長の桐矢、軍の人々、そして速水。皆に助けられてきた。
その速水が操られ、私を傷つけたにしても。
助けに来てくれる。絶対に……!
そんなことをぐるぐると考えていたその時。静寂を切り裂く、ギイイという重いドアの音が、牢内に響いた。
震えながら、私は誰が来たのか見極めようと、まぶたに力を入れしっかり目を開ける。
高いところに明かり取りの窓があり、そこから入る光に照らされて目の前に立っていたのは……淡い紫色に銀の糸で模様が入ったように見える着物を着た、……私?
誰?
一瞬、鏡かと思った。
目の前にいる女の人の顔は、私の顔とほとんど同じだったから。
けれど……違う。その人は私ととてもよく似ていたけれど、何か決定的なところが、真逆と言ってもいいほど違っていた。凜とした気品をまとった少し年上の女性……。大きな瞳で、長い髪をゆるく結っているところだけが、私とは違った。
そして、顔はそっくりだけど、彼女の雰囲気はまるで別人。気高く、静かな威厳に満ちていた。
それは、行方不明になっている翡翠、その人だった。




