45. 奪還
滝が先頭を走り、私は滝に続く玲を援護するようにして進む。
基地の奥、石造りの牢のような建物に近づいた時。脇の茂みからかすかな声が聞こえた。
「……滝、さま……玲さま? ……薫……?」
私たちは虫の鳴き声のようにか細い声を聞き逃さず、振り返り足を止めた。
そこには、着物が破れて頬に少し傷を負い、傷ついた速水がいた……。彼は這うように茂みから出てきたところだった。
「……速水……!」
私たち三人は、思わず安堵と心配の声を上げた。
月明かりに、速水の色素が薄い茶色の髪が揺れる。ガラス玉みたいな大きな瞳は潤んでいる。
恐怖と安心の両方がその表情から伺えた。
着物は引き裂かれていて、頬や腕のすり傷からかすかに血が滲んでいる。
私は駆け寄って、持っていた薬草で手早く腕の傷を簡単に手当する。
「……逃げて、……きた……」
速水が弱々しく呟いて、ぐったりと私にもたれかかるのを、玲がそっと抱き上げた。
「……よくがんばったな、速水。もう大丈夫だ……」
速水を元気づけるように玲の声が低く響いた。言い終えた瞬間、玲は少し苦しげにふと息をついて。速水は心の底から安心したように、気を失ったように眠ってしまう。
「急いで帰ろうぜ。すぐ追っ手が来る」
滝が言って、私たちは基地を後にした。
谷の外れに隠していた馬のところまで急いで走る。
紅玉、天藍、炎群の三頭が、闇の中で静かに待っていた。
滝が玲から速水を受け取って、抱きかかえて火群に乗り、玲が先頭を走り、私は紅玉に乗って最後尾を警戒しながら走る。速水の細い身体が滝の腕の中でぐったりしているのが見えて、ふと気が緩み涙がにじんでしまう。
でも、速水、助け出せた……!
身を切るように冷たい真冬の夜風の中、馬の蹄の音が響く。翡翠宮までの数時間の道、大きな滝の背中が頼もしくて、玲がいてくれて安心している。でも、傷ついた速水のことも、体調不良かもしれない玲のことも気がかりだと思いながら、夜を駆け抜けた。
翡翠宮の玄関の門まで辿り着いたのは真夜中に近い時間帯だった。
門番をしていた軍の兵士の一人が驚いて駆け寄る中、玲が、
「医者が必要だ! 朱鷺子を呼んできてくれ!」と指示する。続けて滝が別の兵士に、
「ここまで追っては来ないと思うが、続けて警戒してくれ」と補足する。
まだ寝ていなかったらしい朱鷺子がすぐに駆け付けてくれた。馬はひとまず翡翠宮の玄関横、来客の際に馬を仮留めしておける場所に置いて、速水を治療室に運ぶ。私も眠っている様子の速水を気遣いながら皆に続いた。
速水の傷を確認していた朱鷺子、
「よかった、命に別状はないわ……。すぐに手当するわね。今日は治療室に寝かせましょう」
その落ち着いた声に、張り詰めていた緊張が少し解けた気がした。
治療室で速水を治療する朱鷺子を見ながら、滝が腕を組んで、ふと呟いた。
「西軍の守備、予想外に軽くなかったか?」
玲も静かに頷く。
「速水が逃げてきてくれたおかげもあるが……南の谷にいる西軍兵士は三十人と言われていたが、俺たちが倒した人数は十人に満たなかったな……」
「警戒が薄かったのかね」
赤毛を揺らして首をかしげる滝。玲は厳しい視線でもう一度頷いて。
「何か計略があるのか……ちょっと頭に入れといた方がいいかもな」
と、答える。行燈に照らされた玲の横顔がいつもより青白く見えて、私は心配になって彼を見ていた。
「……大丈夫だ、薫。何にしても、速水は助け出せた。
おまえも疲れたろ。今日はもう解散だ。速水は朱鷺子にまかせていいか?」
玲は私の視線に気付いたのか、少し微笑んでそう言う。朱鷺子さんが頷いて。
「そうね。少し様子を見て……すり傷だけで熱も出ていないし、安心して眠っているみたいだから、状態がこのまま落ち着いてるようだったら私も寝むわ。玲も滝も、もう休みなさい。薫も速水邸に戻って大丈夫よ」
私は朱鷺子に会釈して、治療室を出る。
「あー……馬は俺が厩舎にまとめて戻しといてやるよ。玲も薫も戻っていいぜ」
滝の言葉に甘えて、玲は私室へ、私は速水邸に戻ることにした。




