表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/53

45. 奪還

 (ハヤセ)が先頭を走り、私は滝に続く(アキラ)を援護するようにして進む。

 基地の奥、石造りの牢のような建物に近づいた時。脇の茂みからかすかな声が聞こえた。


「……滝、さま……玲さま? ……薫……?」


 私たちは虫の鳴き声のようにか細い声を聞き逃さず、振り返り足を止めた。

 そこには、着物が破れて頬に少し傷を負い、傷ついた速水がいた……。彼は這うように茂みから出てきたところだった。


「……速水……!」


 私たち三人は、思わず安堵と心配の声を上げた。

 月明かりに、速水の色素が薄い茶色の髪が揺れる。ガラス玉みたいな大きな瞳は潤んでいる。

 恐怖と安心の両方がその表情から伺えた。


 着物は引き裂かれていて、頬や腕のすり傷からかすかに血が滲んでいる。

 私は駆け寄って、持っていた薬草で手早く腕の傷を簡単に手当する。


「……逃げて、……きた……」

 速水が弱々しく呟いて、ぐったりと私にもたれかかるのを、玲がそっと抱き上げた。


「……よくがんばったな、速水。もう大丈夫だ……」

 速水を元気づけるように玲の声が低く響いた。言い終えた瞬間、玲は少し苦しげにふと息をついて。速水は心の底から安心したように、気を失ったように眠ってしまう。


「急いで帰ろうぜ。すぐ追っ手が来る」

 滝が言って、私たちは基地を後にした。

 谷の外れに隠していた馬のところまで急いで走る。

 紅玉、天藍、炎群(ホムラ)の三頭が、闇の中で静かに待っていた。


 滝が玲から速水を受け取って、抱きかかえて火群に乗り、玲が先頭を走り、私は紅玉に乗って最後尾を警戒しながら走る。速水の細い身体が滝の腕の中でぐったりしているのが見えて、ふと気が緩み涙がにじんでしまう。


 でも、速水、助け出せた……!


 身を切るように冷たい真冬の夜風の中、馬の蹄の音が響く。翡翠宮までの数時間の道、大きな滝の背中が頼もしくて、玲がいてくれて安心している。でも、傷ついた速水のことも、体調不良かもしれない玲のことも気がかりだと思いながら、夜を駆け抜けた。



 翡翠宮の玄関の門まで辿り着いたのは真夜中に近い時間帯だった。

 門番をしていた軍の兵士の一人が驚いて駆け寄る中、玲が、

「医者が必要だ! 朱鷺子を呼んできてくれ!」と指示する。続けて滝が別の兵士に、

「ここまで追っては来ないと思うが、続けて警戒してくれ」と補足する。


 まだ寝ていなかったらしい朱鷺子がすぐに駆け付けてくれた。馬はひとまず翡翠宮の玄関横、来客の際に馬を仮留めしておける場所に置いて、速水を治療室に運ぶ。私も眠っている様子の速水を気遣いながら皆に続いた。


 速水の傷を確認していた朱鷺子、

「よかった、命に別状はないわ……。すぐに手当するわね。今日は治療室に寝かせましょう」

 その落ち着いた声に、張り詰めていた緊張が少し解けた気がした。


 治療室で速水を治療する朱鷺子を見ながら、滝が腕を組んで、ふと呟いた。

「西軍の守備、予想外に軽くなかったか?」

 玲も静かに頷く。

「速水が逃げてきてくれたおかげもあるが……南の谷にいる西軍兵士は三十人と言われていたが、俺たちが倒した人数は十人に満たなかったな……」

「警戒が薄かったのかね」

 赤毛を揺らして首をかしげる滝。玲は厳しい視線でもう一度頷いて。


「何か計略があるのか……ちょっと頭に入れといた方がいいかもな」

 と、答える。行燈(アンドン)に照らされた玲の横顔がいつもより青白く見えて、私は心配になって彼を見ていた。


「……大丈夫だ、薫。何にしても、速水は助け出せた。

 おまえも疲れたろ。今日はもう解散だ。速水は朱鷺子にまかせていいか?」

 玲は私の視線に気付いたのか、少し微笑んでそう言う。朱鷺子さんが頷いて。


「そうね。少し様子を見て……すり傷だけで熱も出ていないし、安心して眠っているみたいだから、状態がこのまま落ち着いてるようだったら私も寝むわ。玲も滝も、もう休みなさい。薫も速水邸に戻って大丈夫よ」


 私は朱鷺子に会釈して、治療室を出る。

「あー……馬は俺が厩舎にまとめて戻しといてやるよ。玲も薫も戻っていいぜ」

 滝の言葉に甘えて、玲は私室へ、私は速水邸に戻ることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ