41. 論争と選択
「薫、だめだ」
低い声が静かな部屋に響いた。緊迫した玲の声。
いつも優しいその瞳が、今は鋭くて冷たい。私は玲のこともキッと睨む。
「見捨てられないよ、玲」
玲は、感情を一切排除したような冷たい目で私を見た。私は怯まずに続ける。
「速水は最初から私のこと、ずっと友達みたいに仲良くしてくれてた……。玲のことだって、玲さまって呼んでものすごく慕ってるじゃない……!」
玲の冷たい視線。以前の記憶が蘇ってきて、私の声は震える。その眼はあの時、ここに来て二日目の青の間で、「この女、誰?」と言って私を見たときと同じだった。演技かもしれないけれど、どうしてこんな風に冷たく相手を見ることができるのか、私にはわからない。わからないけど負けられないと思った。
玲に嫌われるのは怖い。でも、速水を助けに行かないって選択肢はない。
玲は言葉を探すように一瞬目を逸らし……でも、すぐに私をまっすぐ見つめた。
「ここでおまえが出たら西羅の思い通りだ。速水は絶対に助ける。だが、薫が動くのは危険すぎる。西羅は、おまえを捕まえて……またここに姫将軍がいない状況にして、俺たち東軍を中から崩したいんだ」
「でも……!」
「でもじゃない!」
苛ついた風に眉をしかめて、玲が声を荒げる。私は拳を握りしめている。
玲が怒るのもわかるけれど、怒鳴られたりして動きが制限されるのは心底好きじゃない。涙が出そうになってそれをこらえる。傷つけられた速水の姿が頭に浮かぶ。そんなこと耐えられないと思った。
その時、夏野が静かに手を上げて、話を遮った。肩までの不揃いな茶色の髪がさらりと揺れる。
「薫、玲の言っている通りだ。今回は聞き分けてくれ。
西羅の狙いは、姫将軍を代行しているお前だ。
翡翠の街の門は、見回りはしているが、街の外から人が入るのを止めているわけではないからな。お前と速水が一緒に暮らしていることなど、密偵を街に放り込んでいたらすぐわかることだ。いつも翡翠宮に出入りしているお前より、速水が単独行動している時の方が捕まえやすかったというのもあるだろうな。
まず状況を整理しよう。速水の居場所を特定し、救出の策を練ることが最優先だ」
黎彩が夏野の言葉に頷き、細い目を鋭く光らせ、低く響く声で続ける。
「先日、戦の場となった南の谷……その奥は、もともと西軍の基地だ。真の目的が薫なら、それより北、西羅の本陣がある西の砦まで速水を連れて行ったというのは考えづらい。おそらく速水は、南の谷奥に囚われている可能性が高い。偵察隊を数人送って確認させよう」
「偵察、俺が行こうか?」
椅子に座って皆の話の流れを黙って見ていた滝が、立ったまま発言していた黎彩を振り仰ぐように見る。そんな滝を見て、玲が首を振った。
「いや、滝は……速水を救い出すときに俺と一緒に来てくれ。谷に西軍が何人配置されているかわからんが……そこもある程度は偵察する人間に確認させればいいか……」
考えながら言う玲に、私は思わず口を挟む。
「だから私も行くって言ってる……」
「さっきからそれはだめだと言ってる。何度も言わせるな」
私の方を見ることもなく、玲が冷たい口調で切り捨てる。本当にムカつく。
「黎彩、ひとまず軍から偵察に二人、南の谷に出してくれ。その報告を待って誰と誰が救出に行くかはこちらで決めておく」
玲はため息まじりに、そう黎彩に指示して、頷いた黎彩はすぐに青の間を退出して行く。
「だめだ、だめだって……私、ここでじっとしてるなんてできない!
私が行かないなら、なんのための戦闘訓練だったの!」
黎彩が部屋を出るのを見ながら、私の声は荒くなる。皆の冷静な言葉が、態度が冷たく刺さるようで、私は腹が立ってる。傍目には駄々っ子みたいだろうか。でも速水が捕まって傷つけられているかもしれないのに、どうしてこんなに落ち着いて話したりできるの?
すると玲が、私の前に歩みよって、私の肩をぐっとつかんだ。
冷たい手。
着物の上からでも、玲の両手が冷え切っているのが伝わってきた。
その冷たさで、玲が外に見せず隠していた緊張が伝わり、私は息を呑んで彼を見つめる。
「薫。わがまま言うな。速水は俺にとっても大事な人間だ。見捨てたりしない。
俺と滝に任せてくれ……絶対に助けるから」
その声は絞り出すように切実に響いて、私は、彼がどうにかして私のことも速水のことも守りたいと思っていることを知る。
でも。
これは私の我が儘なんだろうか。引けないと思っている私は、自分本位だろうか?
静まりかえった部屋で、私はまっすぐに玲を見つめていた。




