4. 薫、速水に玲のことを話す。
速水に見つめられて、私は落ち着かない気持ちで、無意識に布団の上にあぐらをかいて座っていた。
ふと、いつも玲から、「あぐらやめなよ」って怒られていたことを思い出す。
慌てて正座になっていると、速水がにっこり笑って言った。
「僕、お茶淹れてくるから、薫はちょっと待っててね」
ぱたぱたと部屋の外に出て行く速水。動きが軽快で、静かな和室に速水の軽やかな足音が響く。
でも、玲は一体、どこにいるんだろう。
心の奥で玲の笑顔がちらつき、胸がきゅっと締め付けられるような気持ちになって、私は胸を押さえた。ひとりになると、このよくわからない状況、知らない世界に対する不安と、恐怖が少しずつせり上がってくる。
……と、速水がお盆に小さな急須と湯飲みを乗せて戻ってきた。
湯飲みからふんわりと立ち上るお茶のこうばしい香りに、なんだかとても落ち着いた。
「はい、どうぞ。僕が淹れるお茶、自分で言うのもなんだけど、結構おいしいよ」
にっこり笑って湯飲みを渡してくれる。この流れだけでも、本当に良い子だとわかる。
「ありがとう」
反射的にそう言って、速水が淹れてくれたお茶を一口飲んだ。
ほんとうにいい香りだ。温度もちょうどよくて、じんわりと身体があたたまる。
「あのね、薫……」
速水が、なんだか落ち着かない様子で、私をそっと見ながら言葉を続けた。
「その、玲……さん、って……薫の、友達なの?」
その瞳がちょっとだけ不安そうに揺れているのを見て、私は少し疑問に思った。
何かを気にしてるのかな?
そういえば、さっき玲の名前を出したときも、微妙な沈黙があったように感じた。
「……玲は、」
玲。
名前を呟くだけで気持ちが溢れて、どこなのかわからない世界に来てしまっている孤独感も湧き上がり、涙が出そうになった。それを一生懸命にこらえて、私は続けた。
「玲は、……私の大好きなひと、なんだ」
私は自分で言った『大好き』という言葉に、自分自身が勇気づけられて、まっすぐ速水の目を見た。受け答えが素直すぎると、玲によく言われていたなあと思い出す。
でも、そのことで勢いづいて、私は速水にここまでのことを話しはじめていた。
「私は玲と、半年前からお付き合いしていて……玲って、物静かで優しいんだけど、笑顔がちょっと切ないと言うか……一瞬じっと見ちゃうくらい魅力的な人でね。
でも、急に連絡がつかなくなって、学校にも来てなくて。
それで、私は玲の部屋に行ったんだけど……、誰もいないうえに、綺麗に整理されていて。
どうしようと思ってるところに、音がした気がして、いつもは服とか布団が入ってた、クロゼットを開けたんだ。そしたら、ブラックホールみたいな渦がそこにあって……私、怖かったけど、それに飛び込んだんだよね。
そして気がついたら、ここにいた……わけがわかんないよね? 突然こんなこと言われても。正直、私もぜんぜん理解が追いついてないんだ」
私は、つい興奮して早口になってしまう。速水は目を丸くして、
「わからない言葉がいくつかあって……くろぜっと? ぶらっく……? それは、ここにはないものな感じがするんだけど……でも、なんだか、信じられない話だね、それ……!」
彼はものすごく興奮した調子で続けた。
「たとえば、薫が寝ていた布団は後ろの押し入れから出したんだけど、その玲、さん……のお部屋の、押し入れみたいなところに飛び込んだら、気付いたときには僕の家の縁側にいた、って感じなの……?」
って聞いてくる。すごく勘が良い子だな、と感心しながら私は頷いた。
「うん。まさに、そんな感じなんだよね……」
子供みたいにキラキラした瞳で話を聞いてくれる速水は、やっぱりかわいい。
……でも、話しているうちに、玲のことが思い出されて、悲しいような苦しいような気持ちになった。
どう考えても普通じゃない状況が、言葉にしてみたら改めて胸に迫ってきたのだ。
「そっか。その、玲、さんと……仲が良かったんだ……」
速水がぽつりと呟いて、湯飲みを手にちょっとうつむく。さっきから、変に玲、さん、と、名前を呼ぶ声に微妙に間があることを私は感じていた。
速水は、玲を知っているのだろうか?
それで、私がお付き合いしてるなんて言ったから、複雑な気持ちなのかな?
そんなことを考えていたら、速水はすぐにぱっと顔を上げてこう言った。
「でも、薫、なんか元気で明るくて、見知らぬ僕の家に急に落ちて来た感じなのにそんなに慌てたりもしていなくて、僕は好きだな。玲、さんが好きになったとしたら、それもわかる気がする……!」
と、にこっと笑う。それほどまっすぐな笑顔を向けられたことはあまり無い気がして、私は思わず見入ってしまう。そして一拍置いて、聞いてみた。
「速水……玲のことを知ってるの?
もし、知ってるんだったら教えて。玲は、どこにいるの?」
私はつい身を乗り出して速水に聞いていた。
速水は、「え、っと……」と、少し慌てたような表情で私を見つめる。
この子、本当に素直な感じで、知ってることがあったら話してくれそうなんだよな。
玲と実は知り合いなのかな?
そんな疑問が心に浮かび、私は速水の次の言葉を待った。




