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37. 南の谷での戦

 南の谷での戦闘は続く。


 翡翠軍の怪我をした兵も薬草で手当する。

 捕虜にした敵兵から西軍の作戦を聞き出すと、もともと夜襲を計画していたらしい。私たちの動きが少し早かったことで、それを押しとどめることができたと知る。


「相変わらず卑劣だな。薫、朝まで持ちこたえるぞ。翡翠宮の夏野に伝令を出す」

 夏野は足が悪いため大きな戦闘には参加せず、執政の桔梗さんと共に翡翠宮で報告を待っている。

 低い玲の声に私は頷き、私たちと一緒に最後尾に付いていてくれたうちの一人、(マサキ)さんに、翡翠宮へ早馬で走ってもらう。


 中肉中背で二十代前半の柾は、翡翠宮の料理長・桐矢の息子らしい。

「夏野さまに伝えてすぐ戻ります!」

 笑顔でそう言う彼に、気をつけて行ってくれ、と玲が言葉をかける。



 闇に紛れて突撃してくる西軍の兵たちを押し返し、こちらは火矢も使って敵の動きを牽制する。

 夜の闇に炎が舞い、敵の攻撃が一旦止まる。でも静寂を切り裂くように崖の影から不意に矢が飛んできて、こちらの兵が短く叫ぶ。


 私は傷の痛みも忘れて、紅玉の上から身を乗り出して兵たちに

「落ち着いて! 怪我人は後ろで手当を!」

 と、大声を張り上げる。

 翡翠、凜とした姫将軍だったと、ずっと聞かされてきた。私も狼狽えることなく、皆の気持ちを高めてこの戦に勝ちたい。


 夜間の戦闘が断続的に長引いて、皆の疲労度も高くなってきてる。兵たちの息が荒い。私の心臓の音も外に聞こえそうに激しく脈打っているけど、弱い言葉なんて言ってられない。

 私の横で剣を振るっていた玲、少し息を乱しているけど、真剣な瞳が光っている。


「薫、さっきの崖からの攻撃はよく対応したな。いま、全体的に俺たちの方が優勢だ」

 私はそれに頷く。誰も死なないで。できればひどい怪我もしてほしくないと願いながら、剣を振る。左腕の傷が徐々に疼いてきたけれど、優勢と聞いて気合が入り、痛みも忘れて紅玉を御していた。



 戦闘は夜明け前まで続き、西軍から銅鑼の音が響いて白い旗がゆらりと揚がったのは、空が少し白みはじめた頃だった。

 草地の奥、薄い青と白金に染まる空の下で、西軍の旗がゆっくりと遠ざかっていく。


「……勝った……」


 なんとか退けることができた。東軍の兵たちも疲れ切っているけれど、運が良かったのか実力なのか? 大怪我をした兵はいたけれど、誰も死んでいないと報告を受けた。

 怪我人は神殿で手当をすると言われて軍の人たちに任せ、私はふらふらだったけれど、紅玉に乗り、玲と黎彩、滝も一緒に夏野たちが待つ翡翠宮に戻った。



 戦闘の結果は、柾さんに続いて(アズサ)さんという軍人が、早馬を走らせて翡翠宮に伝えてくれていた。

 青の間に入ると、桔梗さんと夏野がテーブルに巻物を広げて真剣な顔で座っている。ひどく疲れていたけれど、二人も夜を徹して翡翠宮で私たちを待っていてくれたと思うと、胸がじわりと温かくなる。


 夏野は、

「薫、今回の戦闘でこちらの死者は出なかった。初陣でこれは上出来だな」

 と笑ってくれた。


 私は糸が切れた人形みたいに力が抜けて、へたへたとその場に座り込んでしまう。とっさに私を支えた玲が言った。

「疲れたよな……薫はこのまま治療室に行って、朱鷺子にもう一度、腕の傷を消毒して薬も包帯もやりなおしてもらうといい。雑菌が入ったら熱が出ることもあるからな。

 俺たちも、夏野たちと少し話した後で休むから……今日と明日は姫教育は休み、全員休憩だ。おまえは治療室でそのまま寝てもいいし、気力が残ってたら速水邸に帰ったらいい」


 玲の声を受けて、黎彩が頷く。

「そうだな。朱鷺子も心配しているだろう。薫、予想以上にがんばったな。まだ甘い部分もあるが、今回の戦果は上々だ」

「ほんと、よくやったぜ薫。二番隊のやつらも皆、おまえを絶賛してたぜ!」

 滝が、玲に支えられた私の背中をばんと叩く。


「痛いよ、滝……。玲が隣で指揮してくれてたおかげだよ。私、治療室に行ってくる……」

 気が抜けたのか急に傷がずきずきと疼き出し、身体中が痛かったけれど、初めての戦で誰も死なずに戻れたことは、胸の奥で消えない炎みたいに私を温めていた。

 そして玲だけでなく、黎彩、滝、夏野、桔梗さん……皆が見守ってくれていることを私は強く感じていた。


 誰も亡くなった人がいなかったことは、間違いなく、玲の指揮や、黎彩や滝の尽力によるものだった。

 ただ、ほんの少し心の奥に、私の力があったとするなら、これはゲームやマンガで見たことがある、チートというものかもしれないと思っていた。


 でも、どんなずるい能力があるんだとしても、死者ゼロという事実に私は心の底からほっとしていた。

 そして、この人たちと一緒なら、私はこの世界で薫として、これからもがんばってやっていけるかもしれない。

 私はそう感じながら、朱鷺子が待つ治療室へと向かった。


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