表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/52

36. 西羅と呪いの獣

 南の谷に着いたとき、冷たく強い風が吹いていた。


 両側に、かなり急な斜面の崖があるから谷と呼んでいるらしいけれど、崖の麓には開けた草地が広がっていて、かなり広い。野球場やサッカー場が余裕ですっぽり収まりそうな広さで、薄暗がりの中、風でざわざわと草が揺れる音が響く。


 今朝、私と(アキラ)は東軍側の崖の上から敵の斥候を見かけた。


 あの時から、ずっと心の奥では緊張していた。

 今、東軍は崖の下に進軍していて、草地の奥に西軍の旗……黒地に赤で網のような模様が描かれたそれがはためいているのが見える。


 すでに太陽は沈み、辺りは暗くなってきていた。

 かがり火に照らされた敵陣の旗がたなびく様子が、禍々しく目に映る。

 東軍の旗も風に煽られ、はためいている。それは以前、私が夏野(カヤ)からもらった翡翠宮に入るための通行証と同じ、鳥と枝葉の模様を薄緑地に青で染め抜いたものだった。


「……西羅(サイラ)は来てねえのかな」

 玲の隣で、火群(ホムラ)という名の栗毛の馬に乗った(ハヤセ)、谷奥を見つめて言う。玲が滝を見て、

「夏野から聞いたが……最近は出てこないこともあったらしいな?」と問うと、滝が頷いて言った。


「アイツが出てくると、風狼(カゼオオカミ)とか出ることもあるだろ? ここ半年、呪い系の獣はいねえんだよな」


 呪い系の獣?

 私の顔にはてなマークが浮かんだことに気付いたんだろう、玲が私を見て教えてくれる。


「まだ黎彩(レイサイ)は、薫に呪術の詳しい話まではできてないよな……。

 西羅は呪術の使い手だからな。西羅が戦に出てくるときは、風狼っていう暗い灰色で風みたいに速い、狼みたいな獣を使って仕掛けてくることがあるんだ」


「まあ、最近出ねえってのもあるからな。黎彩は徐々に説明するつもりだったんだろ。今日も谷の奥に、風狼がいる時見える、小さい竜巻みたいなのは見えねえし……今日も西羅本人がいねえんだろうな」

 滝が谷の奥を見つめながら続ける。


「何にしても、油断するなよ、滝」

 緊迫した玲の声に、滝はくっと笑った。

「誰に言ってる? じゃ、俺は二番隊の位置についてっから。薫も気をつけろよ!」

 楽しげに滝は駆けていく。その力強い後ろ姿を見て、私の鼓動も落ち着いてきていた。



 戦闘開始の合図には太鼓を使うと黎彩から学んでいた。逆に撤退の時は銅鑼を使う。

 当初、明朝に戦を開始する予定だと玲は言っていたけれど、日が落ちてすぐの時間帯、急に西軍側から太鼓の音が響き、戦闘が始まった。


「夜に仕掛けるだと?」

 かがり火に照らされた玲の横顔、一瞬苛ついたように目が細くなる。でもすぐに気を取り直して指示を飛ばした。

「そのつもりなら望むところだ。速攻で攻めろと滝に伝えてくれ」


 玲の声に、滝への伝令が走った。こちらの太鼓も鳴り始め、西軍の矢が飛んできて、兵たちが盾を構える。応えるように我が軍からも矢を放つ。双方とも、軍の人数は四百人前後と聞いた。隊を大きく四手に分け、一番隊は弓矢隊で、最初に弓矢で交戦する。その後、滝が突撃隊として二番隊を先導、三番隊は黎彩が率いる。私は玲と一緒に最後尾、少し高い位置の四番隊の陣にいて、紅玉に乗り、剣を握っている。


 玲が天藍に乗って私の横に並び、「薫、冷静にな」と言う。

 私は深呼吸して戦場を見渡す。

 玲の指示を待つ間もなく、弓矢隊が矢を放った後、滝が二番隊を率いて走り出すのが見えた。


「突撃!」

 隊の先頭に立つ滝が、太い声で「行くぞ!」と叫んでいるのが聞こえる。黎彩が三番隊を率いて、敵の攻撃を抑え込むように陣形を整える。私は最後尾で剣を手に戦況を見つめる。翡翠の剣、滝と一緒に何度も振ったそれが、急に手の中で重く感じる。再び動悸が激しくなり怖さが増すけれど、私も自分を落ち着かせようと必死だった。



 その時。

 急に、がががっと斜め上から音が響いた。土砂崩れみたいな土の落ちる音……!

 振り仰ぐと、私たちの脇、西軍側の崖の上から突然、十数人の敵兵が馬に乗ってなだれ込んできた。薄暗さで足下が見えない中、急斜面を馬で降りるなんて!?


「薫、気をつけろ!」

 玲の声が響き、私も剣を抜いた。怖いなんて言ってる場合じゃない、気が緩んだらこちらの命が危ない。誰かがかがり火を倒して火が消え、視界が一層暗くなる。東軍は肩や額にかすかに光る薬草を塗り、間違えて味方を攻撃しないようにしている。敵の兵と剣がぶつかり、火花が散る。すごい力に押し返されそうになるのをなんとか耐える。


 『剣は力じゃない、流れだ!』 滝のスパルタ指導の時何度も言われた言葉を思い出す。

 集中して剣を交えていると、玲が一人の敵の背後から剣を一閃、馬から落ちた敵兵は捕虜にする。

 玲だけでなく、私たちについてくれていた軍の人たちも剣を振るって、なんとか十数人の伏兵をすべて倒した。


 急なことに私が息を切らして捕虜となった敵兵を見つめていると、隣から玲の声。

「薫、腕ちょっと怪我したな。じっとしてろ」

 玲は驚くほど冷静に皮袋から薬草を取り出し、私の血が滲んだ左腕を手当してくれる。甲冑は、軽く仕上げるために肩から胴、太腿までを鎖帷子のように巻き、あとは肘から手首、膝から足首を保護している。露出していた腕部分に、知らない内に血がにじんでいた。


「……無我夢中で……全然気付かなかった……」

 呆然と呟く私に、玲は少し微笑んで。

「かすっただけだな。傷は浅い。血もすぐ止まるから安心しときな」

 自分の傷を見て急に不安になった私、玲の言葉で少しほっとして頷く。


 涙目になりかけて、いやいや集中しろ薫! と、心の中で自分を奮い立たせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ