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34. 緋色の外套

 厳しい勉強や訓練の毎日にも少し慣れてきた日曜日の朝。

 (アキラ)から、

「薫、ちょっと気分転換に遠乗りしないか?」と、誘われた。


 玲の愛馬、天藍(テンラン)は、青みがかった黒の毛並みが美しいとても賢い馬だ。玲が乗馬用の袴姿で天藍に乗る姿、いつも凜々しくて、神秘性が増しているなんて毎回思う。


 一方、私は翡翠の馬だった紅玉(コウギョク)と意気投合して、徐々に速歩(ハヤアシ)という小走りの状態で騎乗できるようになっていた。玲は天藍に、私は紅玉に乗って、何度か湖の周囲を走らせていた。


「薫は筋が良くて、もう速歩までできるようになったからな。今日は南の谷の近くまで行ってみようぜ」

 にこにこ笑ってそう言うから、うれしくなって私も思わず笑顔になる。



 玲からの乗馬訓練は、最初は火曜と金曜の午後となっていたけれど、当初の玲の申し出通り、土曜日の午後も乗馬訓練にあててもらっていた。


 十一月に入ってから夏野(カヤ)と玲が作った日々の時間割が変更になり、(ハヤセ)の剣術稽古が月・火・木・金の午後一時から四時まで、私も滝との稽古に徐々に慣れ、その後で一時間ほど玲と乗馬することもできるようになっていた。そして水曜日の午後は休憩の意味もあり、当初と変わらず夏野からの弓の稽古のみとなっていた。



 もともと身体を動かすことが好きな私は、習っていくうちに剣術も乗馬も弓の稽古も楽しくなり、時には日曜日の午後にも、玲と一緒に乗馬をすることが多くなっていた。


 玲は彼の愛馬の天藍と親友みたいに慣れ親しんでいて、馬に乗っても疲れないどころか、かえってリラックスできて気力が回復するとまで言っていた。私がその位になるには何年かかるだろうと思いつつ、気付けば紅玉に四十回くらい乗ったかなという十二月中旬。


「冷えるようになってきたから、これ着て行って」

 玲が渡してくれたもの、それはバーガンディみたいな深い赤茶色の厚手のマントだった。


「かっこいいね。いつも着物や袴なのに、これはマントみたい……」

 玲は少し首をかしげて言った。

「日本に行ってる間に教科書や図書館の本を見ていて思ったんだけど……たぶん風雅の国は、700年から800年くらい、おまえの世界より遅れてるんだ」


 私は頷く。700年から800年前と言うと、1200年代から1300年代……。

 鎌倉幕府が1192年、と私は入試の知識を思い出す。その少し後、日本史で言えば鎌倉から室町。戦国時代の少し前、と思っていたことは大体合っていたってことだ。


「でも、おまえが今回ここに来たみたいな『助け手』が、かなり前から、何十年おきにではあるけど、何人もこっちに来ていて……その『助け手』の話は神殿の巻物に書いてあるから、そのうち薫にも教えるけど、文化がちょっと混ざってると思うんだよな」


「風雅の国から見たら……未来の日本の文化がこっちに入ってきてるっていうこと?」

 玲はうん、と頷いた。


「かと言って、なんて言うか……日本のテレビで見たけど、映画みたいに、タイムマシンで来たとか、そういう話じゃないと思うんだ。同じ世界線じゃないと俺は思ってて……時空と言うか……空間の狭間にこの世界もあって、日本は日本で存在していて、共存しているように思ってる。

 ……って言ってもそれって、実際日本に行ってみた俺の推測なんだけど」


 なるほど。並行世界ってそういうものなんだろうか、と私はぼんやり考えている。

「それと……たぶん、地形的にもここは日本列島じゃなくて……大陸だと思うんだ。だから、俺たちは着物や袴を着てるけど、日本で言う西洋的なもの……例えばこの外套みたいなやつが、西の砂漠の国の方から入ってきてたりする」

 ふうん、と私は頷く。



 玲はその外套を私に羽織らせて、首のところのリボンを結んでくれる。

「……ああ、やっぱり薫はこういう緋色(ヒイロ)みたいな、赤系の濃い色も似合うよな」

 ふわりと微笑む玲に、私は小声でありがとうと言う。私は派手顔だから、色も濃い色が似合うんだよな、と自分の姿形についてうっすら考えていると、玲が笑顔のままで言った。


「これは俺からおまえに贈り物」


「え、それってどういう……作ってくれたの?」

「翡翠の外套は天鵞絨(ビロウド)っていう暗い青みの入った緑色だったんだけど、違う色が良いよなって夏野と話してたんだ。これから寒くなるだろうし、冬場の戦場に出ることになったときも必要だよなって。それで、俺は神官業務の関係で結構報酬を貰ってるから、仕立屋に言って作らせた」

「……う、うれしい……ありがとう、玲。私、これからもがんばるから!」


 ぐっと掌を握りしめて言う私を、柔らかい笑顔で見る玲。

 こういう時、最近の玲は、どこか切ないような、そっと光るような笑顔になる。

 私は胸の奥をきゅっと捕まれたようになって、思わず玲をじっと見てしまう。


 なんでなんだろう? 何が切ないと思わせるんだろう。

 でもこの時の私には、まだ玲が隠していることが何なのか、全く解っていなかった。


 玲は優しい口調で言った。

「毎日毎日、もう充分すぎるくらいがんばってるだろ。最初、俺が結構ひどかったお詫びもあって、何かおまえにあげたかったんだ……だから、薫がうれしいなら、俺もうれしい」


「うん、でも私、まだまだ全然足りないから、もっとがんばるね! ほんと、うれしいな……それに、これ、すごくあったかい。ありがとう、玲」


 何度も私はお礼を言って、玲もうれしそうに微笑んで、私の頭をやさしく撫でてくれた。


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