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32. 身代わり姫の成長

 いなくなった姫将軍の翡翠。


 その代役としての私の姫教育が、翡翠宮で始まって二ヶ月。

 季節は移り、十二月半ばになっていた。


 朝晩は結構な冷え込みだ。


 雪こそまだ降らないものの、翡翠宮の裏口まで行く途中の水たまりに、霜柱が立っている時がある。それをざくざくと踏んでみたりしながら、私は引き続き速水から、お母さんの着物だけでなく冬用の羽織も借りて翡翠宮に通っていた。


 羽織は藍染めのような渋い紺色で、間に薄く綿が挟まれていて暖かい。速水邸での夜の時間は、紺色で袖無しの綿入り半纏を借りていた。いつか速水に恩返しをしなければ、と思う。


 月曜日から土曜日まで、午前中は朱鷺子から、簡単な医学や薬草知識と手当の仕方を。黎彩(レイサイ)から東軍と西軍について、そして戦術について学ぶ。

 初めての知識を短期間でたくさん詰め込み、我ながらかなり必死だった。


 午後は(ハヤセ)のスパルタ指導による剣術稽古、(アキラ)のちょっと癒しの乗馬、そして夏野(カヤ)との弓の練習もあり、訓練に明け暮れる毎日だ。


 そんな中、私は少しずつ、大変なのは私だけじゃないことがわかってきた。

 着物や食べ物、寝る場所を提供してくれている速水も、様々なことを私に教えてくれる玲をはじめとした皆も、私を翡翠に代わって東軍を導く存在にするために全員が必死なのだ。知識も体力も戦闘技術も、早急に上達して皆の尽力に応えなければと考え始めていた。


 最初の頃に滝から言われていた、寝る前の腹筋・腕立て三十回を五十回に変更して、早朝に速水邸の周りを走ったり、自主的に体力強化にも勤しんでいた。



「薫! もっと重心下げろ! 刀は力任せに振るだけじゃねえ、流れも大事だ!」

 滝の声が響く中、私は汗びっしょりで鞘を付けたままの剣を振る。


 最近、実際の剣に慣れるようにと、鞘を付けたままの重い剣で素振りをすることも増えてきた。

 腕はつりそうだし、かなりきつい。でも、この鍛錬もいつか玲や皆の役に立つのかもと思うと、負けられない気持ちが湧いてくる。


「くそ~! あと十回!」


 私が叫びながら刀を振ると、滝がにやりと笑った。

「おお? いい感じじゃねえか、薫! そのままあと三十回振れ!」

「三十回? ふざけんな、滝!」


 思わずかっときて滝を睨む私を見て、滝はにっこり笑う。

「ふざけてねえよ! それ終わったら、俺と打ち合ってみようぜ!」


 最近、滝と重めの木刀で打ち合いをすることも鍛錬の中に入ってきていた。私は連戦連敗だったが、ほんの少しずつ、滝が「おっと!」と言ったり、「今の調子だ! あと一歩踏み込め!」と言ったりと、好意的なコメントが増えてきていた。


「薫、戦場じゃあ、一瞬の隙が命取りだぜ! 集中しろ!」

「わかってる!」

 鞘から抜いた真剣ではまだ危険すぎるので、木刀を持って滝と打ち合う。


 ……今!

「うお!」

「やった! 一本!」


 初めて滝の脇に私の振るった木刀が当たった。……と言っても危ないからギリギリで止める。滝は驚いた顔で、でも次の瞬間、ヒュウ! と口笛を吹く。


「すげえなお前! ここ半年、黎彩以外で俺の脇腹捉えたやつは薫だけだぜ!」


 今度はこちらが驚く番だった。滝は珍しく全開の笑顔だ。

 自主練の成果があったかなと私も内心喜んでしまう。


「いい感じになってきたな。お前は剣を振り始めると最後まで止まらねえんだよな……吸収もはええし、教え甲斐あるからこっちも楽しみだぜ!」


 わくわくするような雰囲気で滝が言って、その日の鍛錬はそこまでとなった。


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