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31. 心のお守りと、加護の護り

乗馬訓練が終わって紅玉から最後に降りたとき、私が首にかけていた翡翠宮の通行証が、胴着の隙間からするりと外に滑り出た。


 襟の内側に入れ込もうとして、私はふと思い出す。


「あ、そうだ、これ」

「うん?」

 私の声に、紅玉を撫でていた玲が振り向く。

 ……優しい視線。


 私がこの世界に来てしまったことで、玲自身が動揺したと言っていたし、夏野にパニックと言ったことも聞いていた。ということは、私に最初の頃みたいなひどい言葉をぶつけたりすることはもう無いのだろう。私も、最初の二日間は悪い夢だったと思いたかった。


 そして、玲のものは、ちゃんと返さなければ。

 そう思って私は玲を見上げた。


「これ、玲のマンションのクロゼットのところで拾ったんだ……玲が日本でお守り代わりって言ってた勾玉だよね? 返さなきゃと思って忘れてた……」


 それは半分本当で、半分は嘘だった。


 これを持っていたら、ほんの少しでも玲とつながっているんじゃないかって。

 バカみたいだけど、頭の隅でその勾玉を、この知らない世界に飛び込んで来た私の方の、心のお守りみたいに思っていたのも本当だったから。


 私の掌の上で西日に照らされて淡い緑色に光る勾玉を見て、玲は少し微笑んだ。


「……薫が持ってたらいい。

 これには、加護の護りというのが施されていて……持っている者を護ってくれるから」


 優しい口調に、私は玲をじっと見る。

 またしても涙目になっているのも自覚している。玲は続けた。


「こっちに戻って来る直前に、俺の誕生日におまえがくれた、あの木彫りの飾り……あれと付け替えていて、床に落ちたんだ。あの時、俺はちょっと焦ってたから、木彫りだけが心のお守りみたいに俺の手元に残ればいい、勾玉はもういいやと思ってそのまま拾わずに戻ってきたんだけど……、今思えば俺は、おまえにこれを見つけてほしかったのかもな……」


 その言葉を聞いて、私は驚きと納得が同時に心に浮かぶ。


 心のお守りみたいに。

 木彫りだけが俺の手元に残ればいい。

 その言葉の本当の意味は?


 誕生日プレゼントを渡したあの時、おそらく玲は心の中で、ひとりでここに戻ると決めていたのだ。だから、「一生大事にする」なんて言った。

 でも。


「……玲のマンションで、スマホからストラップが外されてるのを見て……どこかに持って行ったのかなって思って……そしたら、クロゼットの近くにこの勾玉が落ちてたから、ぜったい、この渦の先に玲がいるんだって思って、飛び込んでた……」


 私は、またしても涙目になっている。


 怖かったんだ。玲がいなくなってから、ずっと怖かった。


 飛び込む時も、知らないふりをされた時も、姫の代わりと言われている今も、理由はその都度変わってきたけれど、怖いのは同じだった。

 でも、ひとつ違うのは、今は傍に玲がいて、優しく笑ってくれているということだけだった。


 私の目に涙が浮かんでいることに気付いて、玲はかすかに息をつく。

「だから、なんで泣く……」

「ここでまた会えてよかったと、思って」


 私の言葉を聞いて、玲は少し沈黙して。その後静かに頷いた。

「……そうだな。今は俺も、本当に、そう思う……」

 そう言って、玲は私をそっと抱き寄せた。


 そんな私たちを、紅玉は静かに見守ってくれていた。


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