30. 紅玉と天藍
「紅玉って、林檎の名前にもあるけど、宝石のルビーのことだよね。天藍はどんな意味?」
手入れが終わって馬の鞍や鐙を準備して、馬を引いて馬場に連れて行くやり方を習いながら、玲に聞いた。
「天藍は、かぎりなく美しいって意味。綺麗だったろ?」
「うん。玲にぴったりと思った……。でも、紅玉もめっちゃ美人だよね!」
天藍をほめていたら、紅玉が不満そうにいなないたので、私は笑って紅玉をフォローする。
そんな私と紅玉を見て、玲も微笑んでいる。
「結構気が合ってるみたいだから、予定より早いけど乗ってみるか?」
「え、いいの!」
「じゃあ、やってみるか。
最初は俺が手本を見せるから、……紅玉、一回俺を乗せてくれな」
玲がやさしく紅玉に話しかけると、紅玉はいいよと言わんばかりにフンと鼻を鳴らす。玲は説明しながら実演してくれる。
「まずは馬の左に立って、手綱と馬のたてがみをつかんで、左足を鐙にかける。それで、右手は蔵の後ろ側をつかんで身体を持ち上げる。右手を蔵の前側に移して支えて、蔵に座って、右足も鐙にかける。……こんな感じだ。
降りるときは、また実際にやるときも教えるけど……まず、右の鐙から右足を抜く。
それで、左手で手綱とたてがみをつかんで、右手は鞍の前側に。右足は馬の尻を超えて、馬の左側で両足を揃えて、自分の腹を鞍の上に置いて安定させて……左の鐙を抜いて両足そろえて降りる。手綱は放さず最後まで持っておくこと」
「実際にやってみた方がはやいかな?」
「薫は運動神経がいいから、そうかもな。ゆっくりやってみて」
交代して、玲の説明をもう一度聞きながらやってみたら、乗れた。
「乗れた! 玲、紅玉、ありがとうね!」
私がにこにこして言うと、紅玉がひひんと鳴いた。本当に言葉わかってる。
玲も微笑んで、
「そしたら、俺が引いて、馬場を一周してみるか。
背筋を伸ばして、つま先はまっすぐ……膝の力を入れすぎないように注意しろよ。紅玉が嫌がるから」
「うん、わかった。こんな感じ?」
「そうそう。いいな。もう少し気楽にしていいぜ。馬は乗り手の緊張を感じ取るからな」
玲の言葉に、紅玉がフンと鼻を鳴らす。
「紅玉、めっちゃ賢いね! 言葉がわかってるみたい!」
「紅玉は気難しい馬なんだが……薫には優しいな。気性が合ってるのかもな」
「お互い短気っていうこと?」
「短気と言うか……情熱的? みたいな」
玲の言葉に、私は思わず笑顔になる。
いつもどこかクールな雰囲気のある玲が、馬と接するときは子供みたいな笑顔で無邪気さが増して、いつも以上に優しい。私は玲の知らない一面を見た気がしてそれもうれしく、乗馬の腕も自然に上達していった。
紅玉と私の相性が良かったせいもあるのか、玲の教え方の上手さなのか、乗馬の基本はすぐに覚えた。手綱の握り方、馬を進ませる時や止まる時の足の使い方、玲の指導は細かくて徹底的だったけど、前日の滝の激しさとは違って、私のペースに合わせてくれていた。
訓練の合間に、私は少し気になっていたことを聞いてみた。
「翡翠が私にそっくりとは聞いてるけど……西軍の、西羅ってどういう見た目の人なの?」
玲は少し考えた後で、一言、
「……でかいな」と言う。
「体格が、ってこと?」
玲、頷いて。
「黎彩もかなり背が高いけど、西羅は同じ位か少し超えるかもな。
筋肉質で、がっしりしてる。色素が薄い……たぶん西の国か北の国の血が入ってると思うんだが、金に近い茶髪で、目の色は暗い色……光の加減で緑に見える。
夏野によると、ここ数回の小競り合いには西羅自身はいないときもあったらしい。
出てくるとしても、姫将軍の立ち位置の薫と同じで、戦の時は西羅も一番後衛だ。直接やり合うことになるかどうかはわからねえな。だが、あいつはちょっとおかしいくらい強いから、相対したら気をつけろよ」
「おかしいくらいって、滝よりも強いってこと?」
「滝は剣を振るってるときも至極まともと言うか、正気だ。西羅は、なんて言うか……正気じゃない感じがするんだよな」
「それは怖いね」
玲の話を聞いて、私は改めて120%の力で取り組まなければと決意を新たにしていた。




