29. 乗馬訓練開始。
次の課題は乗馬だった。
昼食後、速水から借りてきた乗馬用の装束を出して、治療室で朱鷺子さんに着方を教えてもらう。前日に玲が着方を見せてくれた時も内心思っていたけれど、弓道の袴と紐の感じが少し似ていて、それほど悩まずに着替えることができた。私は玲に連れられ、神殿の裏にあるという厩舎に向かった。
「馬に乗るのは戦場では必須だから……まずは基本の乗り方からな。でも、その前に、最初は厩舎から馬の出し方と、馬を引いて馬場まで行ったり、手入れの仕方とか準備とか。今日はそういうことから始めて、最後に馬に乗って、俺が引いてゆっくり馬場を回るまで出来たらいいなと思ってる」
うんうん、と頷いて私は聞いている。
「こっちが怖がったりすると、馬の方も不安になっちまうから、なるべく平常心でな」
「……むずかしいな。でも、やってみる」
「そうそう、前向きにな」
玲はゆっくり歩きながらにこにこ笑う。私は、青の胴着に墨色の袴という乗馬用の装束に着替えている玲を見て、玲は袴も似合うな……なんて思いながら、隣を歩いているだけでもほのかな幸せを感じてしまっていた。
厩舎に着いて、今日乗ることになっている馬の近くに行く。藁の匂いや、馬の穏やかな息遣いが聞こえてくる中で、玲が一頭の綺麗な馬の前に立って言った。
「今日、薫が乗る馬はこいつだ。もともとは翡翠の馬で、紅玉って名前」
玲が教えてくれたその馬は、栗毛に金色のたてがみを持つ、気位の高そうな美しい馬だった。
「紅玉はまだ四歳くらいで若いんだ。翡翠が子供の頃から乗ってた石英って馬が、戦場を引退する話になって、紅玉が来たんだが……翡翠は、その石英に乗って出かけたまま行方不明になってる」
私は玲からその話を聞いて、そっか、と頷き、紅玉の綺麗な黒い瞳をじっと見つめた。
「寂しかったね、紅玉。私は薫。仲良くしてくれたらうれしいな」
私が優しく言って微笑むと、言葉がわかったのか、紅玉がその鼻を私にすりよせてきた。
玲が驚いたように私たちを見る。
「珍しいな。紅玉、おまえ、薫を気に入ったのか?」
紅玉の首を撫でながら柔らかい笑顔を見せる玲の言葉に、紅玉は、まるでそうだよと言うかのように軽くいなないた。
「こっちにいる青毛の馬は俺の馬で、天藍って名前なんだ。九歳の頃に乗り始めたから、もう八年の付き合い」
玲はうれしそうな笑顔で天藍も紹介してくれた。私も、「天藍、よろしくね」と言って笑う。
天藍はとても賢そうな、つややかな青毛の馬で、玲にぴったりだなと思って見ていた。
「天藍、久しぶり。今日はおまえには乗らないけど、また今度ゆっくり来るからな」
玲がにこにこで話しかけると、天藍は玲にすり寄っている。
賢いなあ。
天藍も紅玉も、言葉がわかるみたいだと思いながら、私は玲から渡された大きな櫛を使って紅玉をブラッシングした。
紅玉は気持ち良さそうに、黙ってされるがままになってくれていた。




