24. 姫教育、はじまる。
翌日は一日お休み。
秋晴れの日曜日、速水の家で、かまどの火のおこし方を習ったり、庭の大きな盥で洗濯板を使って洗濯していたら、あっと言う間に一日が終わっていた。
電気もガスもないから、お湯を沸かすにも火をおこすところから始めなきゃならない。キャンプと思えば結構楽しいよねと思いつつ、文明の利器って大事だな……と実感していた。
初めてのことばかりでさすがに疲れて、翌日からの姫教育に備えて早い時間に布団に入る。翡翠宮も日曜日はお休みと聞いていたけれど、最初の頃の玲の冷たさが結構なトラウマになっていて、私の方から玲に会いに行ったりすることも憚られ、速水に楽しく家事を習って一日を過ごしていた。
そして、翌月曜日から、本格的な姫教育が始まった。私は相変わらず速水の亡くなったお母さんの着物をお借りしていて、気合い入れもあり、前週に玲がほめてくれた淡いオレンジの着物を選んで、背筋を伸ばして翡翠宮へと向かう。
まず午前中は、先週に引き続き朱鷺子さんから薬草の種類や使い方、手当の仕方を学び、続けて黎彩さんに東軍と西軍の戦況について手ほどきを受けた。巻物に描かれた地図が広げられ、東軍は風雅の国の中心から東側と北側にかけて、西軍は北西から南西側にかけて展開していると教えてもらう。
そして翡翠宮は小高い丘の上にあり、背後に湖があるのですぐには攻められない立地だと学んだ。でも翡翠が行方不明になってから、東軍は防戦することが多くなっているようだった。
「西羅は狡猾な相手だ。奇襲や、時には呪術で獣を操って仕掛けてくる。油断は禁物だ」
黎彩さんが低い声で言う。この世界には呪術まで存在するのかと背筋が冷える。
「呪術って怖いですね…」
私のつぶやきに、黎彩さんが応えて言う。
「呪術のことについても、近いうちに薫に教える必要があるな。だが、姫将軍たるもの、何が起ころうと動揺を見せるな。翡翠の代わりになるなら、冷静に対処することが肝心だ」
鋭い視線で大事なことを教えてくれている。私は真剣に頷いた。私に必要なのは、かっとして突っ走らないこと。冷静さを学ぶこと。玲や速水のため、皆のためにがんばるしかないと思って聞いていた。
戦局を教えてくれる黎彩さんは、軍神と呼ばれる東軍のトップ。
その日の午後は、黎彩さんに次ぐ第二の剣士と言われているらしい、同い年の滝から剣術指南を受けることになっていた。
午前中、黎彩さんの講義が終わって食堂で昼食を食べている時、滝が一度顔を見せた。炎みたいな赤毛で童顔、でも長身でがっしりした体躯、獣のような鋭い目をした同い年の男の子だ。
「午後の稽古は裏の湖のところの空き地でやるぜ」
と言われて、食べ終わって指定された場所に向かうと、滝は先に来て私を待っていた。
燃えるような赤毛を無造作に束ねた彼は、動きやすそうな黒い袴に、今日は紺地に赤い線が入った短い上着を着て、腰に剣を差した格好でやる気満々といった雰囲気だ。
……と、私を見るなり、丸い風呂敷包みを手渡される。
「動きやすい着物に着替えて来いよ。男女兼用の練習着が軍の倉庫にあったから持ってきてやったぜ。そこの階段から治療室に行けっから、朱鷺子に断って着替えてきたらいい」
ぶっきらぼうだけど、真っ直でどこか優しい。私はありがとうと言って、建物に続いている階段を駆け上り、朱鷺子さんの治療室で着替えさせてもらうことにした。
……だが。
一瞬でも、優しいなどと思った私がバカだった。
その日、午後一時から三時まで、たった二時間ではあったけれど。そして、合間に何度か休憩は挟んでくれたけれど……思い出したくもない、私にとって地獄の訓練が、滝により展開されたのだった……。




