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22. 日本での玲と、彼の父

 (アキラ)が誘ってくれて、翡翠宮の食堂・白龍亭での昼食は楽しく進んでいた。


「学食とはどういうものなんだ?」

 尋ねる夏野(カヤ)に、玲がにこにこと説明する。

「神殿の学び舎は皆、家から弁当持ってくるだろ? それが、弁当を持ってくるやつもいるし、この食堂と似た感じのところで金を払って食うやつもいるんだ。それで、学び舎みたいなもののことを日本では学校って言って、学校の食堂を縮めて学食って呼ぶ」


 夏野、面白そうににやりと笑った。

「そりゃあ……名称を覚えるのも一苦労だったろ」

「ばあちゃんから、かなり徹底的に厳しく指導を受けた」

 と玲は苦笑しながら言う。


 玲のおばあちゃんには私も、半年の間に何度かお会いしたことがあった。目元が玲にそっくりで、すごく上品なご婦人だった。私にはとてもとても優しかったけれど、厳しい指導と聞いて私は驚く。


「え、そうだったの? おばあちゃん、すごく上品で優しい雰囲気だったよね?」

「俺は電気も車もスマホも、何もかも初めてだった上に、中学校レベルの知識も超短期間で詰め込む必要があったからな。ちょっと思い出したくないくらい、めちゃ厳しかった」

そう言いながら、玲はなつかしそうにくすくす笑ってる。


「言ってくれたら私も一役買ったのに……」

 思わず言うと、玲は少し視線を天井の方に流して。


「ま、最大級の秘密だからな。もし俺が、一緒におまえをこっちに連れてくるつもりだったとしても、一週間前とか直前に話しただろうな。でも、薫が英語教えてくれたから、かなり助かったんだ」


 ふうん、と私は真顔で頷く。たしかに、玲は日本で、英語が苦手だと言っていた。

 そして、一週間前か……文化祭の準備でわちゃわちゃしていたから、そのタイミングで言われたら混乱必至だったかもだけど。玲が私を置いてここに帰ってきたことは、今でももやもやしていた。


 でも、あんかけ炒飯とスープだけでなく、青菜のおひたしもおいしくて、私は気を取り直して聞いてみる。

「このランチ代ってどうしたらいいの?」

 私の問いに、玲は首をかしげた。

「ランチ代って……昼食代金? ってことか?」

 私、頷く。玲は少し微笑んで。


「ここは翡翠宮の食堂だから、料金はすべて翡翠宮付け。おまえは姫の代役なんだから、何も気にしなくていい。引け目に感じる必要もない。おまえに姫教育を受けてもらうのはこっちの都合なんだから」

 その口調が、とても優しく確固たるものに聞こえて、私はわかったと頷いている。


 そしてもうひとつ、気になっていたことを私は聞いてみた。

「ここって、お肉とか野菜とかも、日本と変わらないのかな。なんか、速水のお家では魚や、きのことか野菜中心で、お肉はまだあんまり食べてないんだ、私」

「あー……牛肉は比較的少ないな、こっちは」

 玲が、そう言えば、って感じで言う。

「え、そうなんだ。豚肉とか、鶏肉は?」


「ある。西の国と交易していて、羊も入ってくるけど、牛はそれほど多くない。だから牛乳もなくて、山羊農家と翡翠宮は契約していて、週一くらいで山羊ミルクを配達してもらってる。野菜の違いはあんまり気にしたことねえけど……まあ、あっちの西洋野菜みたいなもの……ルッコラとか、バジルとかは見たこと無いな。そして電気がないから、冷蔵庫みたいなものは無いんだ。だから、季節の野菜を食べてる感じだな」

 なるほど、と私は頷く。


「やっぱり、電気もないし、電話もないんだよね。翡翠宮にも電灯ってないのかな」

「電気は無いな。速水の家も夜は行燈(アンドン)だろ?」

「うん。四角い照明器具みたいなのに、速水が火をつけてた」

「そうだよな。翡翠宮は、俺の父さんが置いて行ったランプみたいなのがいくつかあるけど……それ、今度持って行くか?」


 何の気なしに、という感じで玲が言って、私は頷いた。

「すごいね。じゃあ、余分にあるならどういうのか見せてもらおうかな……玲のお父さんって、ここには住んでないの……?」


 もしかしたら聞いてはいけないことかな、と思いながら、私はそっと聞いてみる。玲は特に気にした様子もなく言った。


「俺の父さんは薬師なんだが……あいつは宮仕えが性に合わないとかなんとかで、ここからちょっと離れた、湖のほとりの家に住んでるんだ。距離的には6 km くらい……歩いたら一時間半、馬なら2~30分くらいかな」

「ちょっと離れてるんだね」

「そういうこと」


 特に不機嫌顔ではないけれど、自然にあいつと言ったり、同じところに住んでいないという話で、あまり詮索したらいけないことかもしれないなと思った。以前、玲のお父さんは何をしてる人なの、と学校帰りに聞いたとき、玲が「薬の研究」と言いながら、変に眉をしかめたことを思い出す。ちょっと複雑な関係なのかな?


 でも、学校の図書室で玲が、モネの画集を「父さんが好きって言ってた」と、楽しそうに見ていたことも覚えていた。

 ほんとうは大好きなのかもしれないな。

 でも、何か、事情もあるのかも。  


 複雑な関係だったら? と思うと、簡単に口に出すのも憚られ、黙って炒飯を食べていた。

 すると、玲が私をちらりと見て言った。

「まあ、そのうち……会うこともあるだろ。あいつは薫が会ったばあちゃんの息子で……おまえと同じに、日本からこっちに来た人間だから、参考になる話もあるかもしれないな」


 そうなのか。

 

 考えてみれば、速水から、玲は亡くなった神官の(カナデ)さまの一人息子だと最初に聞いていた。玲のお母さんは亡くなっているという話も聞いたことがあった。そして日本におばあちゃんがいるということは、お父さんが日本の人というのは、言われてみればたしかにそうかもしれなかった。


 それは少し、心強いかもしれない。


 そんな風に考えたら少しほっとして、思わず私は微笑みながらスープを飲み干した。

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