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21. 白龍亭でのランチ

 翡翠宮の青の間を出て、長い廊下の奥を曲がってまっすぐ行った突き当たり。


 そこに大きな両開きの扉があり、そこが食堂らしかった。扉の上に、白龍亭(ハクリュウテイ)と書いてあることに気づき、私は玲に聞いてみる。

「食堂の名前が白龍亭っていうの?」

「そうそう。なんか、料理長の桐矢(キリヤ)が、名前があった方が気合いが入るとかなんとか言って、看板をつけたらしい……天気がいいときに、裏の湖に細く龍みたいに雲がたなびくときがあって、それも兼ねて白龍亭なんだって」

 おかしそうに笑って玲が教えてくれる。風流な名前だね、と私も笑い、夏野も一緒に食堂に入った。



 扉を開くと、湖からの光で溢れた白壁の大きな部屋に、長いテーブルが四列くらい並んでいて、それぞれ椅子が十脚以上並んでいる。まだ少し早い時間帯のせいか、人はまばらだ。


 隣から玲の声。

「この入り口のところに今日の献立が書いてあって、……今日はあんかけ炒飯とスープ、青菜のおひたしか。良い感じだな……それで、奥の厨房のところでお盆にそれぞれ皿を乗せてもらうんだ。結構味もいいぜ」

 機嫌良く説明してくれる。

 なるほど、メニューは決まっているけど、バイキングみたいに各自でもらっていく方式らしい。


 厨房まで歩いて、玲が扉を開けて奥の方にいた男の人に声をかける。

「……桐矢、今日は一人分追加で作ってもらえるか?」

 ぱたぱたと奥から走ってきた少し年配の男性が、玲と私を見てにこにこ笑った。


「はい、玲さま。構いませんよ。こちらさまは……?」

「彼女は、薫。速水邸で世話になってるんだが、今日から翡翠宮で、薫の姫教育というのを行うことになったんだ。それで、特に昼食はこちらで食べることが増えてくると思うからよろしく頼む。今後、翡翠の代わりに戦場に立つことも出てくるから、それに備えて、来週から毎日訓練をはじめることになる」


 私、ぺこりと桐矢さんと呼ばれたその男性に会釈する。

「……なるほど。翡翠さまはいまだお戻りになられませんからね……その代役ということでしょうか? ああ、お顔が似てらっしゃいますね……」

 桐矢さん、50代くらいだろうか……白髪多めの綺麗に整えられた短髪で、すっと立ってる。清潔な生成りの着物に、エプロンのように紺色の布を腰に巻いていた。優しく微笑んでそう言われて、なんだか私は恐縮してしまう。


「そうだ。そして、薫は俺の大事な人だ。丁重に扱ってほしい」


 だいじなひと。


 思わぬ玲の言葉に私は固まってしまった。桐矢さんは驚いた顔で、

「そうなのですか! かしこまりました!」

 と言って去って行く。後ろで、夏野がくすくすと笑っている。

「突然あの言い方は焦るんじゃねえの?」

 笑いながら言う夏野に、玲は憮然として。

「ああ言った方がてっとりばやい」

「それはたしかにそうだな」

「これで薫は、食堂にいつ来ても、昼飯も、晩飯だって問題ないと思うぜ」


 にこにこして玲が言う。あ、そういうことか。玲の大事な人と桐矢さんに言うことで、私が翡翠宮で動きやすいように配慮してくれたのかな? でも、恋愛とか別のところでの話だったかもしれないけど、大事な人、と言われてときめいてしまった。うれしかった。


「……ありがと、玲」

 お礼を言ったら、玲は私に視線を流し、微笑んだまま、うん、と頷いた。

「どういたしまして。席はどこがいい?」

「いつもどの辺りで食べてるとかある?」

「別にどこでも……まあ、近いからここでいいか?」

 食事が乗ったお盆を受け取り、厨房の扉の近くに、玲と夏野、玲の前に私、という感じで座る。私は食べながら、なんとなく楽しい気持ちで話し始めた。


「なんか……学食みたいで楽しいね。そしておいしい!」

 炒飯はぱらぱらとして美味しく、かけてある中華風のあんも絶品で、スープも滋味深い味わいだった。うきうきしてそう言う私に、玲が少し笑った。


「薫は、友達とよく学食行ってたよな」

「うん。なんか、ちゃんぽんとか、ハンバーグとか結構おいしかったよ」

「俺も何度か行ったけど、結構豪華だったよな」


 炒飯をぱくぱく食べながら、思い出すように遠い目をして玲が言う。玲の食欲がありそうなことも、日本の話をできることもうれしくて、思わずにこにこしてしまう私がいた。



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