20. 姫教育の時間割
自己紹介が終わった後で、滝、じっと私を見て言った。
「翡翠にそっくりとは聞いてたが……ほんっとうに、似てるな、顔は」
「うり二つだからな……滝、おまえは翡翠命だからな。変な気起こすなよ」
翡翠命……。冗談めかして玲が笑うと、滝はまっ赤になって玲を見た。
「へっ、こんなガキに興味ねえよ! そっくりと言っても、翡翠みたいな上品な女らしさは欠片もねえだろ。身長も胸も足りねえ!」
……なんだと?
「うるさいなあ! これから成長するかもしれないだろ! 同い年なのにガキってなんだよ!」
思わずカッときて怒鳴ったら、皆が驚いたように私に注目して、玲が一人、くすくすと笑った。
「……薫、言葉遣い。翡翠は滝が言ってるように、上品で女らしい。男言葉なんて使ってるところは見たことねえからな。おまえはまがりなりにも姫の代わりだ」
言いながら、おかしそうに笑い続けている。私が少ししゅんとして、
「……気をつけるよ……」と言ったら、夏野も滝も黎彩さんも、朱鷺子さんまで、皆がどっと笑った。
三人の紹介が終わって、今日は一時間ほど黎彩さんから戦況についてと、その後一時間は医師の朱鷺子さんから薬草知識を学ぶことになった。終わった後、
「来週以降の時間割は俺が組めばいいか?」
と夏野が玲に聞いて、玲は、
「そうだな。おまえの方が合理的に組めそうだ。時間的に許すならよろしく頼む」
と言っている。
「まあ、基本的に午前中は座学で、昼食後は滝からの剣術稽古か、玲から乗馬訓練かって感じだろうな」
と夏野。
「一日おきにするか?」
少し首をかしげる玲に、夏野は頷いて。
「だな。薫は弓も初めてか?」
「あっ、私、中学の頃に週三くらいで弓道クラブに入っていて、弓を引いたことは何度もあるよ」
そう。弓道、好きだったんだ。高校に入ってからも続けるか少し悩んでいたけれど、玲との通学を優先して帰宅部になってしまっていた。夏野は面白そうに私を見る。
「じゃあ、水曜は俺が弓を見よう。向こうの弓ってどれくらいの大きさなんだ?」
「身長より高くて……二メートルちょっとくらいだったかな?」
私が言うと、夏野、ふむと頷く。
「こちらの女性用の弓より少し長いか?」
「慣れの問題じゃねえ?」
と、くだけた言い方で玲が言って、夏野もうんうん頷いた。
「矢の長さも見た方がいいだろうからな。まあ、少しでもやったことがあるなら慣れるのも速いか」
「そうだな。そしたら、水曜に夏野が弓を見てやればいい。……っていうか、夏野の日々の事務処理なんかを考えると、何曜が時間的に空いてるとかあるのか?」
「今、出納関係の仕事は基本的に午前中にやってるからな。俺は担当の一人と言っても、桔梗の補佐役だから、午後はどうにでもなる」
肩をすくめて夏野が言う。
「夏野は、おまえもこの前会った、執政の桔梗と一緒に神殿とやり取りして、税金とか翡翠宮の収支の確認もしてるんだ」
と、玲は私に教えてくれて、それからスケジュールの確認をはじめた。
「じゃあ、午後は、月曜は滝の剣術訓練、火曜は俺が乗馬、水曜に夏野が弓、木曜は滝、金曜は俺……、土曜は午後休みにするか? それか、乗馬は薫、初めてなんだろ? 土曜の午後もできそうなら乗馬訓練するか」
どこか楽しそうに玲が言っている。私は、馬は小さい頃に動物園でポニーに乗った程度で、内心、乗馬は玲が見てくれると聞いて安心感が増している。
「そうだな。来週はひとまずそれでやって、様子を見ながら変えて行けば良いだろう」
夏野が頷いた。
速水が、『夏野は玲の親友』と言っていたけれど、会話を聞いているとぽんぽん進んで行き、時間割は夏野に任せると最初に言っていたけれど、いつの間にかほぼ確定している。
ツーカーってこういうことを言うんだなって感じ……本当に仲がいいんだなと感心して見ていると、ある程度スケジュール決めが終わったかなと思ったとき、玲が私の方を振り向いて、言った。
「薫、今日は翡翠宮の食堂で昼飯食っていけよ。料理長に話してやるからさ」
言われた途端にぐうとお腹が鳴った。食堂があって、料理長がいるんだ。そう言えば、玲は日々の食事はどうしてるんだろうとうっすら思っていたけれど、まだ聞けずにいた。
私はお腹の音が聞こえたかなと恥ずかしさ半分、でも、食堂を見てみたい気持ち半分で、一も二もなく頷いていた。




