19. 身代わり姫の姫教育
翌日からは、翡翠宮での私の「姫教育」が始まった。お妃教育ならぬ、翡翠の代わりとしての私への教育、姫将軍としての帝王学的な勉強だ。
……と言われても、正直、心の底から混乱している。
高校一年生の私が、こんな戦国時代みたいな世界線で姫将軍の代わりを務めるなんて、想像のはるか斜め上を行くことだった。
でも、玲の力になりたいって気持ちは本物だ。気合いを入れて頑張るしかない……! 私は自分の心を、なんとか奮い立たせてようとしていた。
朝から、速水は神殿の学び舎へ、私は姫教育のために翡翠宮の青の間に通うことになった。
速水に聞いたところによると、神殿も翡翠宮も東軍も、日曜日はお休みらしい。
「今日は土曜日だし初日だから、幹部連中と顔合わせして、午後は休みにするか。戦況も小康状態みたいだし。それで、明日は皆休んで、来週月曜から本格的に始めよう」
玲が低くてなめらかな声でそう言って、夏野も頷く。
私はその声の響きからも、玲の体調が少し回復していることを感じてほっとする。あの時、玲の部屋に彼を支えて行った時は少し掠れた声をしていたから。かなり具合が悪かったんだなと、改めて思う。
そして、今日は土曜日、と玲が言ったことを反芻して、日本での日付と心の中で照らし合わせた。
……私は十月一四日の火曜日にここに落ちてきて玲に知らないふりをされ。
翌日の水曜に面と向かって知らないと言われ、翌々日の木曜に待ち伏せして玲の本音を聞かされた。
そして、姫教育を受けると決まり、翡翠宮に入る許可証を渡されたのは昨日、金曜日だ。その紋章は、速水から麻紐をもらって、玲の部屋で拾った勾玉と一緒にネックレスみたいに着物の下に潜めて首にかけている。
今日は土曜日。やっぱり、季節感もだけど暦的にも同じだと思って、そっと玲に聞いてみた。
「ちなみに、今日って、十月十八日であってる……?」
「だな。日本とこっちの暦は同じなんだ」
私の意図を理解してくれたのか、そう言って微笑む玲。私はわかった、と頷き……心の中で、早く教えて欲しかった気持ち半分、でもふとした時にも玲が笑ってくれるのは、泣けるほどほっとするなと思ってもいる。
さて、姫教育とは、本来はいわゆる帝王学的な勉強のようだった。
でも私は何ひとつわかっていないので、まずは、これから戦闘の時に必要な薬草知識や応急処置の仕方、現在の戦況などを教えてもらい、そして来週からは剣術稽古や乗馬訓練もしていくと言う。
「いなくなった翡翠は、子供の頃からすべてを厳しく教え込まれていた」
……と夏野から聞いていた時。
青の間に、厳格な表情をしたいかつい強面の男性と、すらりとした鋭い感じの女の人、そして同い年くらいでがっしりした体格の、赤毛の男の子が入ってきた。
いかつい男性は黎彩さん。
軍神と呼ばれている東軍のトップらしい。三三歳。
短く刈った黒髪、細い眼が鋭く光っている。黒の着物が妙に似合っているけど、背が高くがっしりしていて、畏怖とでも言うのか……恐怖と尊敬が同時に心に浮かぶような、近寄りがたい気を感じる。身長も高くて180 cm を超えている感じだ。
彼は低く重々しい声で言った。
「薫、俺からは東軍と西軍の戦況と戦略を教える。まずはそれを理解しないと、翡翠の代わりは務まらん」
威圧感と同時に、すごく真面目な印象を受ける。私はがんばりますと頷いた。
すらりとした女性は医師の朱鷺子さん。夏野に医術を教えている人。茶色の髪をきりっと結い上げ、白い着物に赤い帯をきゅっと凜々しく締めている。鋭いけれどどこか優しい目。頼りになる女医さんって雰囲気だ。
身長が163 cm の私より背が高くて、日に灼けたような茶色の髪と白い肌。
年は二六歳、賢そうで鋭い目の女性だった。
「薫、よろしくね。今日は基礎的な薬草知識を教えるわ。戦場は怪我人も多いから最初に知っておきなさい」
と落ち着いた声で言う。玲が横から、「紙は大事に使えよ」と言いながら紙と筆を渡してくれて、私は頷いてメモを取りながら覚えることにした。
赤毛の男の子は滝といって、十六歳と言われた。私と同い年。
黎彩さんに次ぐ東軍第二の剣士と紹介されて、こんなに若い子がと驚く。
童顔だけど鋭い瞳で、豪快な雰囲気の男の子だった。身長は玲や夏野より高くて、黎彩よりは少し低い。178 cm くらいかな。
動きやすそうな黒い袴に青緑の短い上着を着て、既に剣も脇に差している。
「よろしくな、薫! 俺は、今日は挨拶だけなんだけどよ。来週からはびしばし鍛えてやるから、覚悟しとけよ!」
豪快に笑う滝を私は恐る恐る見ながら、
「うん、滝。私、がんばる。でも、最初はお手柔らかにお願いします……!」
と言ったら、「おうよ、がんばっていこうぜ」とニヤリと笑われた。
なんか、圧が強いし乱暴と言うか乱雑と言うかって雰囲気なんだけど、そのまっすぐな目を見ていて私は、この滝という人は、すごく真っ直で頼りになる男の子だと、直感的に感じていた。




