16. 参謀の夏野
次の朝、速水の家で朝食を食べていたら、速水邸の裏口の木戸をくぐって、杖をついた夏野という人が来た。
最初に速水が翡翠宮に案内してくれた日に、玲の隣にいた人だ。
不揃いに肩まで伸ばした茶色の髪に切れ長の目、長身で怜悧な雰囲気の美形。今日は茶色地に紺色の模様が入った着物姿で、それがまた似合っている。
「夏野さま! 朝からどうされました?」
恐縮して庭にさっと降りていく速水に、夏野は涼やかに笑う。年は私の少し上くらいかな。囲炉裏から振り向いて夏野を見ていた私に、よく通る爽やかな声で言った。
「そちらが薫か。俺は翡翠軍の参謀をしている、夏野という者だ。
玲から聞いてここに来た。
今日、昼の二時から、俺と玲、そして執政の桔梗という男と三人で、翡翠宮の青の間で軍議を開く。そこで今後の君の処遇を話し合いたいと思っているから、君にも参加してほしい」
軍議、と言った一瞬、夏野は私を観察するような鋭い視線を向けた。最初のやわらかさが消えて、冷徹な参謀、という顔をのぞかせる。
「……わかりました。二時に青の間に行きます」
昨日の玲との会話で、少し心が定まっていた私、まっすぐ夏野を見て頷く。
「話が速くて結構だ。
速水、邪魔したな。速水は学び舎での勉強、今日もがんばれよ」
「はい! 夏野さま、ありがとうございます!」
速水の声を背にひらひらと片手を振って、ゆっくり杖をつきながら去って行く。
玲だけでなく、この夏野って人も相当かっこいいなと思っていたら、速水が縁側から囲炉裏部屋に上がってきて、私の斜め前、速水の定位置の席にすとんと座り、そして言った。
「僕、夏野さまにも憧れてるんだ……。
玲さまと双璧ってくらい賢くて、朱鷺子さんから医術も学ばれて、医師見習いもされてるんだよ」
医師見習いと言われて納得する。夏野の口調や所作を見ていて、冷静で無駄がない人だと感じた。でも相手が緊張しないように少し軽く振る舞っている雰囲気だった。
今朝、目を覚ましたとき、頭の中は昨日の玲との会話でいっぱいだった。
玲の熱っぽい顔、いつになく掠れた優しい声、「お前を巻き込みたくなかった」って言葉。全部、胸に残ってる。
髪を整えながら、鏡台で自分の大きな目を見つめる。昨日、泣きすぎてちょっと腫れてるけど、今日も絶対、玲とちゃんと話そうと朝から誓った。私は、どんな驚くような内容を話されたとしても、可能な限り向き合おうと心を決めていた。
「じゃあ、薫。僕、午前中は神殿の学び舎で勉強してくるから、帰って来てから、青の間に連れて行くね!」
速水が朝ごはんの味噌汁を飲みながら言う。さらさらの茶髪が朝の光で揺れて、ほんと癒し系だなと毎朝思う。この子がいなかったら、こんな訳のわからない世界で、私は最初の日に心が折れていたかもしれなかった。
今まで、翡翠宮に裏口から入った時に、玲と夏野以外の人に会ったことはなかった。だけど、翡翠宮は防犯のために軍の人が交代で見回りをしていて、それに見つかると、顔を知られてない人間は詰問されたりするらしい。
「それもあって僕と一緒に行った方がいいんだよね」
と、速水は続けた。
そうか、御殿って言ってたもんね。警備の人だっているはずだ。
私は頷く。
「うん、私、速水が帰ってくるのを待ってるよ。その間、洗い物とか洗濯しておくね」
ここ二日で、洗濯板での洗濯のやり方を速水から習って、今日は実践してみようと思っていたので、私はそう言って笑った。
今日は、速水のお母さんのものだったという桃色の着物と瑠璃色の帯を借りている。
ここ数日で少しずつ慣れてきたけれど、草履の感触はまだ少し違和感がある。足袋も借りているから、靴擦れにはなっていないけれど、気をつけていかなきゃって感じだった。




