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14. 身代わり姫の真相

 玲を支えて、廊下の突き当たりの玲の部屋に辿り着く。

 引き戸を開けて、綺麗に整頓されて落ち着いた雰囲気の和室……その奥に置かれたベッドに、玲をゆっくりと寝かせた。ベッドと言うか……こちらの言葉の雰囲気で言うと、寝台と言うんだろうか。


 力があるから大丈夫と言ったけれど、寄りかかる玲の体重、なんとか支えられた……転ばなくてよかったと心の隅で考える。


「玲、お水飲む?」


 部屋の隅の小さな台に水差しと湯飲みが置いてあるのを見つけて、私は玲を覗き込むように見て、そう聞いた。熱のせいか頬が少し赤くなってきた玲、少しぐったりしていて、見ている私の方が不安になる。

 彼は布団に横になりながら、目を閉じて小さく息をついた。


「……そこの台の水差しの中に水入ってるから……悪いけど、注いでもらっていいか?」

 青磁みたいな淡い緑色をした小ぶりの水差しから、揃いになっているつるりとした手触りのお湯のみに、急いで水を注いで渡す。玲がゆっくり飲むのを見ながら、私は思わず正座をして、彼を待った。



 水を飲み終えた玲、ふうと長い息を吐いて、ようやく私の目を見た。瞳に複雑な光が揺れている。その視線が真剣すぎて、私は思わず沈黙して彼を見た。


「ほんと、おまえ……なんで来ちまったんだよ、ここまで……」


 繰り返す、玲の声。低くて、ちょっと怒ってるように耳に響いた。

「ここは危険なんだよ……。オレが黙って帰ったのは、お前を巻き込みたくなかったからだ」


「だから、なにそれ……」

 私は思わず身を乗り出す。速水が言っていた。翡翠という名の姫将軍が指揮している東軍、その領地の中に自分の家はあると。危ないって、その状況のことを言っているんだろうか?


「玲、どんな事情なのかはっきり教えて? 私、ここまで来てしまってるんだから、一体どういうことなのか、詳しく話してほしいんだ」

 玲は一瞬目を伏せるけど、すぐにまた私を見て。観念したみたいに、でも話し出したら、気持ちを止められない感じになって、続けた。



「俺は、翡翠……東軍の姫将軍の代わりを探すために、日本に行った。

 翡翠は今年の春先から行方不明になっていて、俺は神官として、東軍に属してるんだ。そして俺たち東軍は、西羅(サイラ)って男が率いる西軍と長年戦ってる。俺と翡翠は従姉弟同士で……神官の家系は代々、東軍を支えてきた。


 神官の直系だけが使える『通り道』を使って、行方不明になった翡翠の代わりになる人間を日本で見つけることが、俺の使命……神殿から与えられた、任務みたいなものだったんだ」



 あまりに荒唐無稽な話に思えて、頭の中で玲の話を整理するのに必死だった。

 姫将軍の翡翠。速水から聞いていた人のことだ。

 そして、『通り道』という何かを使って、翡翠の代わりを探しに日本に来た?



 玲が背負っていたことは、私の想像をはるかに超える、とてつもなく大変なもののようだった。そして、姫と呼ばれる人と従姉弟同士ということは……玲もここでは、王子ではないけれど、それに近い立ち位置ということ、なのか。


「それ……どうして言わなかったの……? 半年も一緒にいたのに、なんで一言も」


 玲が痛いところをつかれたように、眉をしかめる。

「……日本で、翡翠に似た人間を探しはじめていた頃に、おまえに会った。薫は……顔は本当に翡翠にそっくりなんだ。うりふたつで……でも性格は驚くほど正反対だった。俺は、最初はお前を翡翠の代わりにできると思った。でも、お前と過ごすうちに」

 そこで言葉を切って、玲は私をまっすぐに見た。




「……俺は、お前のことが大切になってしまってた。翡翠よりずっと」




 心臓がどくんと跳ねて、頬が熱くなる。玲の言葉、急に胸に響いて、言葉に詰まった。


「でも、俺には翡翠の代わりをこっちに連れ帰らなきゃならないって使命があった」

 玲の口調が、急に硬質な響きを帯びる。


「『助け手』とこっちで言われてる人間を……日本からこの世界に連れてくるのが、俺の役目だった。翡翠の代わりとして、東軍の皆の心をまとめる存在が必要だったから。


 でも、俺は……お前をそんな危険に巻き込めないと思った。


 翡翠の立場は東軍の最高位だから、本当に危いんだ。刺客に狙われることもある。戦場で兵をまとめる立場でもある。時には戦に出なければならないことだってあるんだ。


 だから俺は一人で帰った。クロゼットにあけたあの『通り道』、あと少しの時間で消えるはずだったのに……おまえ、なんで飛び込んできたんだよ……大体、それだけ考えても危なすぎるだろ。本来なら、『通り道』を使って出てくる先は、この翡翠宮の祈祷殿って部屋なのに、速水の家の方に出たってこともおかしい。ちょっと遅かったらどこにはじかれて飛んだかわからねえし……家族にも何にも説明しないでここに来ちゃったんだろ? 絶対心配してるだろ」


 一気に言って、玲の息づかいがちょっと荒くなり、声も少し掠れてる。

 熱のせいか、その話の内容のせいなのか、いつになく感情が抑えられなくなってるみたいだった。


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