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12. そして彼は。

「……あきら」


 玲の首元からすべり落ちてきたチャーム……私が玲の誕生日にプレゼントしたそれを、しばらく見つめた後で。私は涙が出るような気持ちで、私より背の高い彼を見上げて名前を呼んだ。

 そして静かな声で、続けた。



「いい加減にしろよ。なんで知らないふりするの? 半年、一緒にいたよね?

 それに、本当に私のこと知らないんだったら……これ、なに?」



 月と星のチャームをもう一度見つめて、そう言った私の声は、震えてた。


 本当は、また玲から拒絶されるのが……知らないと言われるのが、怖くてたまらなかった。

 でも、私は気力を振り絞って玲を睨むように見上げる。すると私が言葉を切った一瞬……玲の視線が、揺れた。



「……薫……」



 そして、玲は低い声で、ここに来てはじめて私の名を呟いた。


 たった三日程度のことなのに、その声の響きがなつかしい。どこか優しく、ベルベットを触るような、耳に心地よいその口調に、やっぱり彼は私のことを覚えていたと確信する。



「玲」

 私はゆっくりと、彼の名前をもう一度呼んだ。


「事情があるなら、話して? 私、こんなわけわかんない世界まできたんだから、さ」


 私は少し心が静かになって、ささやくように玲に言っている。こんな状況なのに、玲に会えたことが嬉しいなんて思う私はどうかしている。そして反面、悲しいとも思う。知らないふりをされてることが。



 玲を壁に押しつけたまま、じっと見つめる。玲はしばらく黙ったままで、何か考えているみたいだった。心臓の鼓動がうるさいけど、今は引けない。涙が出そうな緊張感だ。


 空き部屋の静けさの中、私が泣きそうなのを堪えて一生懸命に深呼吸している息遣いだけが響く。



 玲はいま、この状況をどう思っているんだろう?




 はああーっ。




 彼はしばらく黙ったまま目を伏せていたけど、突然、観念したように長く長く吐息した。そして、ぽつりと、まるで独り言みたいに呟いたのだ。


「……なんで来たんだよ、おまえ……」



 ……!



「やっぱり覚えてた……!」

 私は小さく叫んで、玲の着物、その胸元をきゅっと掴む。自分を抑えきれなくて、思わず責めるように言ってしまってた。


「玲、 なんで……、あんなこと言うなんて、ひどい……!」

 声が震える。

 腹も立つし、でも、耳元で玲の声を聞いたら、喉が、胸が締め付けられたみたいに熱くなって、私は涙目になっていた。



 知ってるよ。何かはぐらかしたいことがあるとき、伏せ目がちに話すこと。

 絶対、なにか隠してる。

 私、この半年、玲のことを見てきたからわかったんだよ。



 玲は、なんだかとても疲れているように見えた。彼は目を伏せたまま、またしばらく黙っている。


「教えて、玲。私、ちゃんと聞くから……。ここがどこで……一体何が起こって、私たち、今ここにいるのかを」


 私は、そっと囁くように、でも一生懸命にそう伝えた。

 玲はまだ沈黙したままだ。

 部屋の空気がずしんと重くて、時間が止まったみたいだった。



 私はまだ言葉を続けようとしていた。だって、玲の「知らないな」なんて嘘、許せないと思った。たった半年と言っても、十六歳の私にとっては、かなり長い時間だ。

 彼にとってはどうでもいいような短い時間だっただろうか?

 ……そう考えたら少し震えた。

 でも、ここに来てしまったからには、どんな秘密があってもちゃんと話してほしいと思った。



 その時、不意に玲が動いた。


 彼はゆっくりとその長い腕を伸ばして。次の瞬間、私をぎゅっと抱きしめていた……。

 強い力で抱きしめられて、一瞬、呼吸が止まりそうになる。



「ちょっと黙って」



 玲の低い声が耳元で響く。いつも、なんて魅力的な声なんだろうと思ってた。私は急に抱きしめられて、言葉も止まり、何も考えることができなくなっている。


「玲……?」


 私の声は自然に小さくなり、言葉が止まった。その腕はどこか優しい。半年の間、笑いあったりふざけたりしていた中で、こんなことは何度かあった。

 でも、今、こんな風に抱きしめられるなんて思わなかった。


 この三日間のことが頭の中に蘇ってくる。


 急にいなくなった玲。空っぽだったマンションの部屋と、ブラックホールみたいな謎の渦。そして私は、昔話みたいな雰囲気のこの世界に放り出された。速水の素直さに助けられたけど、玲からは知らないふりをされ。冷たい目で見られて、「この女誰?」なんて言われた。


 そのすべてが胸に、抜けないとげみたいに刺さって、うずくように痛む。思い返していたら目が熱くなって、涙がぽろぽろと私の頬を滑り落ちていた。


「っ……玲、なんで」

 声が震える。自分の短気さや男勝りな性格は影をひそめて、ただただ悲しい。

 玲はまだ黙ったまま、私を抱きしめてる。空き部屋の静けさの中、玲の心臓の音が近くて落ち着くけど、私は真相がわからないままで、まだ怖さも感じている。


 部屋の外、どこか遠くで、からすか何かの鳥が鳴く声が聞こえていた。夕暮れ時で、どこかから夕餉の匂いも漂ってくる。



 今日も、時間があったから街を散策した。

 皆、テレビドラマで見たことがある鎌倉時代や室町時代みたいな和装……馬に乗った武者風の人たちも見かけた。もしかしたら戦国時代か、そのちょっと前なのかもしれないと思った。


 速水が言っていたことが脳裏をかすめる。玲は神官の家系に生まれて、参謀の仕事もしているって。


 神官とか、参謀とか、よくわからない。


 ここどこなの?

 私たちこれからどうなっちゃうの? 


 数限りない疑問も、不安もあった。でも、今この一瞬、玲の体温が、その胸のあたたかさが、すべてを忘れさせてくれるような気すらした。



「玲……話してよ。どんなことでも、私、聞くから」

 私はやっと声を絞り出して、もう一度言った。

 泣き顔なんて玲に見られたくないけど、でも、今は向き合いたい。そう思った。


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