「情けない大人」って?
「……忙しいところ、すまない」
上司の一声によって、私八神知久と職場の仲間達は自分の席から立ち上がり、視線を一点に集めた。
「前々から言っていたとおり、本日をもって仲間が一人、この会社を巣立っていくことになった。…………」
「……今まで、お世話になりました。これからは専業主夫として、妻と二人で、歩いてゆきます。本当に、ありがとうございました!」
「元気でな!」
「幸せになってね!」
この場を包む、幸せの空気。
懐かしい。
私にも、祝ってもらった時期があった。
今となっては、遠い昔の話だ。
◆
「原見さん⁉︎」
帰宅途中の高架下で、原見さんが二人の学生達に襲われているところに遭遇した。あの胸の校章……市外にある名門高校の物だ。
「いったい、どうしたんだい? 訳を聞こうか?」
「こういうダメなおっさんがいるから、大人が腐っていくんだよ! 馬券なんか握りしめて、馬鹿みてぇ」
「この場で破り捨ててあげましょう」
「や、やめてくれ! 財布の残りで買えた最後の一枚なんだ!」
「うるせぇおっさん! こんなちっぽけな紙切れに夢見てんじゃねぇよ!」
「大人なら、現実を見るのが筋かと」
現実を見る。
確かに、彼らの言う通りかもしれないな……。
「大人なら大人らしく働け」
「我々若者に未来を託すのが、あなた達のすべきことでしょう。要するに、賞味期限切れなのですよ」
「君達、それ以上言うのはやめよう。お互いに良くない」
「常識人ぶってんじゃねぇよ」
「え?」
「さきほどから聞いていれば、この場をやり過ごそうとしているだけ。まるで戦う意思が感じられません」
「はー、やめたやめた。こんな情けない奴らと戦っても意味がねぇ。やっぱ、俺らが能動的に政治に参加しねぇとなんも変わんねぇな」
「年長者が腐敗しているのなら、我々若者が立ち上がるまで。僕が総理大臣になった暁には、あなた達のような価値のない人間を迫害してあげましょう。それまで、呑気に年老いていってください」
「じゃあな」
なんとか、難を逃れたらしい。最近の若い人達は、随分と積極的なものだ……。
「だ、大丈夫ですか、原見さん」
「どうして、どうして俺ばかりこんな目に……」
「今日のところは、もう家に帰りましょう。現実は辛く、悲しいことばかりです……」
「うぅっ、せっかくの資金が……」
……こんな時、君ならどんな風に言ってくれるだろう。
今の私は、逃げている一方だ。
こんな情けない私を許してくれ。




