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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅳ 宝石商会
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2-5(9/6追加)



「なるほどねェ」

 スプートニクの説明を聞き終えて、ユキはふんふん、と二度ほど頷いて見せた。

 話したことは、スプートニク宝石店が魔法少女を名乗る魔法使いに窃盗予告を受けたこと、それにより魔女協会の使いが来たこと、魔法少女に襲撃を受けたがなんとか撃退したこと、など。――魔法少女の正体に関しては、言わなかった。後に追及されたら「言い忘れていた」と謝罪すればいいと自分を納得させて。

 話は終わりだと腕組みをして黙るスプートニクに、ユキはかくん、と首を横に傾げた。

「それで、その魔法少女と協会の使いはどうしたの? ちゃんとシメた?」

 自身の首の前で親指を横に走らせながら、彼女。

「……。逃がしたよ、きちんと」

「えェ」

「下手なことして火種を生みたかないからな」

 まったく物騒なことを言う女である。不満そうな顔をするユキへ、手短に答えて茶を啜った。

 逃がしたといっても、正確には痛み分けを取るしかなかったわけだが、そんなことを正直に答えれば「軟弱な」と叱責されるのは目に見えており、ともすれば折檻の準備でも始め兼ねないので黙っていた。

 チッ、と放たれた舌打ちも聞こえないふり。代わりに、別のことを言う。

「お前はつくづく、魔法使いが嫌いだな」

「まァね」

 と、ユキは肩を竦めた。この女の魔法使い嫌いは筋金入りだ。魔法使いが、というよりは魔法使いの集団、魔女協会が嫌いなのか。

 魔法使いのことはスプートニクもそれほど好いてはいないが、これの嫌悪ぶりとは比べ物にならない。魔女協会に対し、妙なスパイのようなものすら仕込んでいるようである。恐らくはそのおかげで、対魔法少女用の道具などすぐに用意できたのだろうが。彼女には、魔法使いの手駒――もとい協力者もいるようだから、魔法およびその力を扱う者が嫌いというよりは、あの奇妙な団体そのものが嫌いなのだろう。

 そういえばあの変態魔法使いに、自分のことを探るのをやめさせるよう依頼されていた。十中八九この女が原因だろうが、さてどのように言ったものか。下手に頼んで、こちらに妙な疑惑が向くのは避けたい。思案していると、不意にユキが言った。

「彼女は……、どう?」

 囁くような声音だった。

 応接室には自分たち以外誰もおらず、また他に誰が聞いているわけでもないというのに、姿勢はやや前のめりで、顔をこちらに寄せている。

 彼女。誰のことかは、よくわかっていた。

「相変わらずだ。いいものを創る」

「そう」

 笑って、答える。ユキの返事は、まるでため息のようだった。

 ユキは彼女――クリューの体質のことを知っていた。他でもないスプートニクが話したのだが。

 かつて旅の商人であり、頼れるものも信用できる人も他にいなかったスプートニクには、ユキの助けを借りる以外に手がなかったのだ。妙な体質の子供を保護したがどうしたらいいかわからない、そもそも自分が女子おんなごの育て方など知るわけがない――クリューを雇ったあの日、そう走り書いた手紙を送ったら、その夜じゅう馬を駆って来てくれたことを思い出す。

 しかし。この女にこういう表情をされると、スプートニクとしては、どうも調子が狂う。まるで慈しむようにほんの少し緩んだ目元と、頬。あれの話をするとき、この女はよくそういう顔をする。あれのことが可愛くて仕方がないのか、自身と同じ親なし子であるあれを他人と思うことが出来ないのか、どちらなのかは知らないが。

「クリューちゃん、元気にしてる?」

 元気そのものだ、と答えようとして。

 けれど言葉を変えたのは、先程の惨状を思い返したからだ。青白い頬で、涙の滲む目で、苦しそうに喘ぐ姿はどう贔屓目に見ても「元気そのもの」ではあるまい。

 自然と浮かんだ苦笑を隠さぬまま、スプートニクは答えた。

「丸きりの元気ではないな。酔っ払ってベッドで伏せってるよ」

「酔っ払い? お酒を飲むの?」

「違ェよ。久々に馬車に乗せたら酔ったらしい」

「馬車?」

 疑問符付きの言葉が繰り返される。とはいえ、背景を知らなければ当然か。意味がわからない、と下手に怒りを買う前に、答えを教えてやることにする。

「連れてきてる。そのせいで到着遅れたんだけどな」

 目を見開き、後、ぱちくりと瞬き一つ。

 眼鏡の向こうでとても子供じみた顔をしたが、長くは続かない。スプートニクの言葉の意味を理解して、やがて喜色がまず頬に、目に、そして顔全体に広がっていく。

 手を打ち合わせ、握り締めると、ユキは甲高い声を上げた。

「あら、あらあら、あらあらあら!」

 嬉しくてたまらない、と言った様子。そうなの、あら、そうなの、と『近所のオバさん』めいた言葉を何度か繰り返して、それからユキは自身の顔を指し示し、スプートニクに向けて問うた。

「クリューちゃん、私のこと覚えているかな?」

「恐らく覚えてないだろう。俺から話したこともないからな」

 ――と。

 直前までの勢いはどこへやら、がっくりと頭を落としてしまった。

「えェ。覚えてくれてないのォ」

 彼女はあのときまだ健康状態にも難があった上、スプートニクの存在にすら怯えていたから、ユキのことが記憶に残っているかどうか。当時世話になった医者の一人とでも間違えて覚えていればいい方だろう。

 しかしユキは納得しない。唇を尖らせ、嘆くように言いながら、ファイルから大きな茶封筒を取り出した。

「酷いな、こんなにたくさん協力しているのに。……これだって」

 そして机の上を滑らせるようにして、その封筒を差し出した。次いで、黒い長方形の箱をひとつ。スプートニクはそれらを手元に引き寄せると、封筒を取り上げて糊付けされていない頭を開いた。

 中を覗く。思った通り、中には数枚の書類が入っている。

 ――『鑑定・鑑別書』。書類の頭には、そう記されていた。

 鑑別書は、『該当の宝石が本物であることを保証する』書類である。クルーロル宝石商会の業務の一で、書かれている内容は宝石の種類等によって異なるが、該当の宝石が天然か人工か、よく似せて作られた紛い物でないか、また今に至るまでにどのような加工を施されたか、などといった事項が記載されるものだ。該当のそれが本物の宝石であるという保証が商会によって為されれば、それは取りも直さず宝石の保証に繋がる。

 宝石の鑑別書を発行するには、該当の石がどのような加工を経て現在の形に収まったのかを商会の鑑別士が確認、証明する必要があった。――しかし。

 スプートニクの場合、問題は、自身の販売する宝石のうち幾つかが『決して紛い物ではないが本物とは言い切れない』という点にあった。他でもない、クリューの宝石のことである。

 彼女の吐き出す宝石は、彼女の体内でどういう理屈にか創り出されるもので、宝石の産地から正しく産出された、或いは何らかの加工を正しく行うことで産み出された『本物』ではない。だが、だからといって似せて作られた紛い物であるかと言われてみるとそうでもなく、石を構成する物質は天然のそれとまったく同じだ。

 だがそれでもスプートニクは、安心できなかった。流石さすが宝石商会お抱えの鑑別士とでも言おうか、鑑別士等かれらの目は限りなく正確だ。鑑別を行う上で、石に一分いちぶの怪しいところでもあれば鑑別士は訝しむだろうし、まかり間違って「どうやってこの石を加工したのか、どこでこの石を入手したのか」など問われてしまえば、クリューの身柄は――面白くないことになる。

 鑑別書がなければ絶対に売れない、売ってはならないというものではない。しかし鑑別書のない宝石は、また装飾品は、確実に販売価格が下がる。儲けが出し難いのを渋ったというのもあるが、それ以上にスプートニクは、質のいい石を安く買い叩かれるということが、宝石を商う者として許せなかったのである。

 と、いうわけで。

 鑑別書は欲しいがクリューの秘密に関して危ない橋を渡りたくはなかったスプートニクの取った手が、これだった。

「そっちが頼まれた奴ね。一枚目がルビーの、次がサファイア、オパール」

「あァ」

「で、こっちが『作った』奴。こっちがエメラルド、こっちが、えェと、ブルートルマリン。一応、産地証明書も作ったから忘れず持ってってね」

 言ってユキは、先ほどと似た小箱と、そしてやはり似た封筒を、机の上を滑らせて寄越した。

 頼まれた奴と作った奴。そう称された封筒の、中身の一枚目だけを取り出して並べてみる。いずれも同じような文面になっており、初めに発行日、宝石の種類とその内包物、施された処理内容等、該当の宝石のデータが記されていた。最後に『内容に虚偽のないことを証明します』の一文、クルーロル宝石商会の印と、商会長であるクルーロル氏の署名。

 渡された箱の蓋を開けると、エメラルドとブルートルマリンが並んでいた。それらは以前にクリューが生み出したものだ。そしてそれは、それに付随することになる鑑定書は、やはり『本物』ではない。ユキが偽造したものである。

 ――始めてクリューに会わせた日、彼女の創った宝石を見てユキは「素敵ね」と呟いた。その時点で何かを察していたのかもしれない。

 クリューの『体質』が世に知れることと、鑑定・鑑別書の偽造の罪がばれること。天秤に載せるまでもなく、傾く方向はわかっていた。だからこそスプートニクは、後に彼女へ鑑別書偽造の話を持ち掛けたのだが、その提案にユキはスプートニクに一度の念押しすらせず、ただ商会職員としての笑顔で「畏まりました」と言い、数日のうちに本物と寸分 たがわぬ偽造書類を作ってみせた。それ以来、クリューの作る宝石のうちとりわけ質の良いものは、ユキのもとで偽の鑑別書を作成させている。

 だから猫を被ったままの彼女が「偽造疑惑」話を持ち出した際、つい表情が強張ったのは、当然のことと言えた。

 ルビーの鑑別書と、エメラルドの『鑑別書として渡された書類』を重ね、何度かめくって印を比較する。二枚の印影は、全く違わないように見えた。

「つくづく思うんだけどな」

「うん?」

「コレ、どうやって作ってるんだ」

 一商会職員が簡単に重要印を持ち出し使用出来るほど、商会の管理体制は甘くない。商会印などとなればまさにその最たるものである。

 と、いうのに。彼女は毎度、あっさり引き受けては、いとも簡単に偽造を遂行してみせるのだ。

 偽造の鑑別書を掲げ持ち、尋ねる。と、彼女は人さし指二本でバツ印を作り、自身の唇に当てて小首を傾げた。

 そして花のように微笑み、

「女の子には、秘密がたっくさん」

 などと言うからつい、

「もう女の『子』って歳でもなかろうに」

「その口縫い付けてやろうかクソガキ?」

 笑顔のまま万年筆の先を眉間に当てられ、「冗談でス」と言うほかなくなる。






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