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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅲ はじめてのおつかい
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9(Ⅲおわり) (7/19追加②)

 7月19日(土)は、朝にも一度投稿を行いました。

 こちらは二度目の投稿になりますのでご注意ください。





 翌朝。

 寝返りを打った頭が強かに壁を打って、クリューは目を覚ました。

「……おはよう」

 ベッドの上で充分にのたうち回った後、じんわり痛みの滲む額に手を当てながら起き上がる。一つ大きな欠伸をして――そこが見慣れた自室と違うことにようやく気付いた。一瞬戸惑うが、すぐに、昨晩スプートニクの部屋に泊めてもらったのだということを思い出す。寝るまで横にいてくれたこともまた記憶に蘇り、自然と頬が緩んだ。

 しかし、寝室の中に彼の姿はない。一体何処に行ってしまったのか――きょろきょろ見回すが彼の姿は見当たらず、ただ、代わりに一枚のメモを見つけた。枕の隣に置かれたそれを取り上げる。ただの紙とするにはやや重みのあるそれ。見慣れた筆跡でそこに言付けられていたのは、とても端的な一言だった。

『起きたら鍵閉めてこい』

 裏返すとそこには重みの原因、鍵がひとつ貼り付けられていた。スプートニクの部屋の入り口の鍵だろう。傷がなく、普段腰につけているのより新しい印象を受けるから、恐らくは、合鍵だ。

 そしてメモの隣には、二冊の本と。それから、それにちょこんと腰掛けている、一体の兎のぬいぐるみ。

「うーちゃん、おはよう……」

 と挨拶をしかけて、気づく。ぬいぐるみは両腕を前に突き出して、その手に折り畳まれた白い布を捧げ持っていた。中央が膨らんでいるところからして、どうも中に何かが包まれているようだ。

 受け取って布を開くと、中には青と黄の宝石が一つずつ入っていた。恐らくはクリューが寝ている間に吐き出したそれで、きっとスプートニクが部屋を出る前に拾い集め、持たせていったのだろう。毒にも薬にもならない悪戯だ。

 クリューは宝石の包まった布と合鍵をポケットに入れ、ぬいぐるみと本を手にするとベッドから降り――かけて、はたと止まる。持ち上げたものを一旦置き、ベッドの端でたぐまっている掛け布団を引き寄せるとぎゅうと抱きしめた。

「スプートニクさんの、おふとん」

 頬を寄せ、瞼を下ろす。触れる柔らかい感覚の中に、想い人の温もりを感じた気がした。

 徐々に頭が傾いていく。そのまま再び眠りに落ちてしまいそうになって、慌てて目を見開いた。カーテンの隙間からは白々とした明かりが差し込んでいる。時計が見当たらないから正確な時刻はわからないが、のんびりしていられないのは確かだ。

 もうしばらくここにいたい、と惜しむ心をかなぐり捨てると、クリューは一式を持ってベッドを降りた。

 スリッパを履いて寝室を出、廊下を歩いてスプートニクの部屋を後にする。持ち出した合鍵で忘れず鍵を掛け、それから自分の部屋にやって来ると、宝石を洗浄剤に放り込み身支度を整え、パンを幾つか口に押し込んで無理矢理咀嚼、オレンジジュースを注いだマグを握って部屋を出た。

 階段を駆け下り、一つ深呼吸して、店舗に続く戸を開ける。同時に、元気良く挨拶をした。

「おはよう、ございますっ」

 そして見回せば、カウンターの中コーヒーを片手に、背を丸めて何かを読んでいる店主の姿。いつもであれば開いているのは新聞であることが多いのに、今日は新聞にしては遥かに小さい、冊子のようなそれであった。なんだろう。

 彼は横目でクリューを見ると、「あァ」といかにも大儀そうに朝の挨拶をした。

「起きたのか」

「起きました。おはようございます。何で起こしてくれないんですかっ」

 合鍵と、洗浄済の宝石を押し付けながら、抗議の声を上げる。

 自室で時計を開き、とうに開店時間を迎えていたと知ったときの驚きといったらなかった。それに、隣で眠る自分をそっと揺り起こしてくれるような、そんな恋人みたいなことをしてくれたら、とてもとても幸せな一日の始まりだったろうに。――邪な想像は頑なに隠して、頬を膨らませ、睨みつける。

 しかしスプートニクは意に介さぬといった様子で、再び冊子に目を落とした。

「まだ客来てねェし気にすんなよ」

「気にしますっ。時計見て凄く慌てたんですからっ」

如何いかにも『私はアホです』みたいな馬鹿面で寝てたからな。起こそうとして手でも噛み付かれたら、洒落にもなんねェもんよ」

「そん、そんなこと、しませんっ」

 とは答えるが寝ている間のことなど自分ではわからない。彼女の動揺を読み取ったか、スプートニクがニヤニヤ笑って「本当かなァ」などと言う。

「そ、それより、何読んでるんですか? ベビーリングのお勉強ですか、私にも見せてください」

「いや。これは……」

「医学書?」

 尋ねた一瞬、スプートニクがそれを引いて隠そうとしたように見えた。だから余程都合の悪い、或いは如何いかがわしいものなのかと思ったが、蓋を開けてみればごく普通の学術書である。しかし何故彼は朝からこんなものを読んでいるのだろう。転職の予定が? まさか。

 不思議に思いながら彼を見ると、スプートニクはしたり顔を浮かべていた。そして彼女の疑問に答えてくれるがそれは、やはり彼であると言うべきか、非常に俗っぽく下卑たものであった。

「知っときゃ役に立つんだよ。避妊とかな」

「ひにっ」

 体中の血液が逆流するような強烈な嫌悪感と熱が、同時に彼女を襲った。続いて、やはりそんなことか、という怒りと、聞かなければよかったという後悔がやって来る。苛立ちを言葉にし切れなくて、行動で示してやろうとクリューはぷいと背を向けた。

 ――と。

「クー」

 名を呼ばれ、首だけを動かして不承不承スプートニクを見る。彼はこちらに向け手招きをしていた。何事かわからないが、こっちに来い、ということだろう。

 低い声で、問いかける。

「なんですか」

「いいから」

 怪訝に思いながら近寄る、と目の前でおもむろに彼の手が上がった。

 それを見て、はっと昨日のことを思い出す。褒美に撫でてやるから来いと彼が言ったときのことだ。ぬか喜びして寄って行ったら、おでこに一発、鋭い攻撃を食らった。

 あのときは大好きなあの本を使って誤魔化されてしまったが、今回はそうはいかない。なんといっても今の自分は、怒り心頭でいるのだ。

 営業時間中だが関係ない、今日もまたそんなことをされたら、大声で怒鳴ってやろう。腹の中を不機嫌に任せ、そんなことを決意する。

 けれど。

 彼はそんなことはしなかった。そっとクリューの頭に手を乗せると、その手でゆっくりと数度、撫でてくれたのだ。

 拍子抜けしつつも、髪を梳く手の心地良さについ、目を細める。

 彼はクリューの髪を充分に撫でると、ぽんぽんと二度軽く叩いてから、手を離した。名残惜しく思うが――それ以上に、不思議に思った。褒めるにも特に理由はなく、そして彼は理由もなく彼女の機嫌を取ろうとするような人ではない。一体、どんな風の吹き回しだろう。

「どうしたんですか? 突然」

「なんでもない」

 顔を背け、ニタリと笑うと彼は、『なんでも』なくなさそうな口ぶりでそう言った。そして、

「その程度で拗ねるなんざ、まだまだ子供だなァと思っただけだ」

「むっ」

 子供じゃありません、と言ってやりたかった。しかしそう抗議したところで、きっと彼はあれやこれやと語彙を操り、クリューがまだ『子供』であるとする理由を並べ立ててくるのだろう。――自分だって子供染みたところばかりのくせに、大人ぶって。

 それがわかっていたからこそクリューは、反論するのをやめ、彼の意見に乗っかることにした。ジュースのマグを一気に傾け、吐きかけた文句とともに腹の奥に飲み干す。それからふんっと一度、荒く鼻息を吐いてみせると、こう告げた。

「そうです。私はまだ子供なんです。だから可愛がってあげなきゃいけませんよっ」

 と、スプートニクは、まさかそんな返事が来るとは予想していなかったのか。含み笑いを引っ込め言葉を失くし、意表を突かれたように瞬きをした。一本取ってやれた嬉しさに、クリューはしてやったりと笑みを浮かべる。

 けれど彼の驚きはそれほど長くは続かなかった。すぐに調子を取り直すと人さし指と親指で丸を作り、クリューの目の前に突き出して、

「開き直るな、ガキが」

「はうっ」

 人さし指が強かに彼女の額を打ち、ぱちん、と音がした。

 知らずのうちに、ぷうっと頬が膨らむ。両腕を振って暴力反対、暴力反対と不服の申し立てを行うが、それも面白かったのか、スプートニクはニヤニヤと笑うだけ。きっとこの人は、自分を小馬鹿にし怒らせることに対してばかり、創意工夫と心血を注いでいるのだろう。……そうではないと理屈ではわかっているし、また知っていても、彼のこういうところばかりを見ていると、どうしてもそう思えてきてしまう。

 ああ、どうにかしてこの人をぎゃふんと言わせてやりたい! 我慢し切れぬ不満に心の底から思った、ちょうどそのとき。

 ――カラン、カラン。

 ドアベルの音がした。本日一番目のお客様だ。

 来客に気づいて、クリューはスプートニクから顔を背け入口扉を見る。その一瞬、彼が珍しくも優しい瞳で笑っていたような気がしたが、そんなものはきっと気のせいか、でなければ錯覚だ。この人がそんな情に満ちた表情を意味もなく向けてくれるわけがないのである。

 素行不良の店長を、気にかけるのはやめにする。今はもう、お客様のことを考えなければ。

 かくして彼女は頭を切り替え、扉に向かって気をつけをすると、すっと大きく息を吸い。

 花のような笑顔を作って、看板娘らしい挨拶をした。



「スプートニク宝石店へ、いらっしゃいませ!」




 そしてまた、一日が始まる。










 おしまい。






 お付き合い頂きありがとうございました。お粗末様でございました。

 予告通りクリューの『はじめてのおつかい』話でしたが、ある意味でⅣに繋げるためのお話として書いていたため、あちこち話が飛んでしまった印象があるかと思います。失礼を致しました。


 Ⅱのあとがき部分でお話していた第二回なろうコンに関しては、拙作は敗退となりました。

 残念な気持ちがないわけではないですが、それでも、たくさんの方々のお目にかかれたことは、とても嬉しく思っています。ありがとうございました。力及ばなかった点に関しては今後とも精進したいと思っております。


 それではまた、お時間を頂いて、続きの構成のようなものを作ってきます。

 また遅くてもひと月以内には戻ってきて、次は「Ⅳ」を書きたいと思っております。スプートニクの正装の話がどうこう、という話を致しましたので、Ⅳでは宝石商会のこと、また『管理担当』の話になるかと思います。お付き合い頂ければ、幸いです。

 ところで、書きたい短編もいくつかあるのですが、そういったものは章分けを利用するのではなく、また別のページを立てた方が、読み手さんとしては読みやすいのでしょうか。

 まだなろうさんの機能に慣れておりません。プロット、下書きを作ると同時に、その辺りも少し調べてきます。


 ありがとうございました。書いていて、とても楽しかったです。

 続くⅣも、引き続きお付き合い頂ければ幸甚です。



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