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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅲ はじめてのおつかい
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8-2(7/16追加)



 ベッドでクリューがもぞもぞ動いている。

 何かと思い見やると、兎のぬいぐるみを一生懸命振っていた。「うーちゃん巨大化して王子さまを守ってー」とかぶつぶつ呟いているところを見ると、まだ暢気に夢を見ているらしい。巨大化とか言っている辺り、密偵としての職務はすっかり忘れたようだが夢とは所詮そんなものだ。

 ソアランが肩を揺らして、うふふ、と笑った。

「可愛いねェ」

「そうかね」

「そうとも。あの女医より、よほど可愛いよ。無垢で」

 引き続きもにょもにょと何事かを呟くクリューを、慈しむように見ているソアランに、ふとどうでもいいことを一つ、思った。

「なァ」

「うん?」

「お前の婚約者って、年下だったのか」

「いや、年上だったよ。背は俺より低かったけどね。ついでに言うなら、大人しいとは到底言い難い人だった」

「そうなのか」

 これの時折言う『可愛いもの好き』は、喪ったそれが由来なのかと思って尋ねたのだが、どうもそうではないようだ。スプートニクの思考を見透かしたかのように、小首を傾げ言う。

「所詮は『あてがわれた人』だったからね、俺の好みとは関係ないよ。……いやァしかし、可愛いな。少女は概して可愛いものだ」

らんぞ」

「そいつは残念」

 睨みつけると、彼は冗談めかして肩を竦め、笑った。こいつには前科があるのだ、油断は出来ない。

 夜には限りがある、長話をしたいとも思わなかった。きさげを握ったまま、左手を腰に。右手のリングサイズ棒の先を彼の頭に向ける。

「用が済んだならとっとと帰れ。俺はもうお前に用はないぞ」

「いやいや。いやいやいや」

 しかしソアランは大きく手を振った。

「俺の要件、まだ何一つ済んでないよ」

「チッ」

「わかってて言ったね君」

 残念ながら、ここに来た目的を忘れてくれてはいなかったらしい。スプートニクが舌打ちすると、彼は頬を膨らまして拗ねた表情を作って見せた――可愛くない。

 増す苛立ちを自覚しながら、スプートニクは彼に尋ねた。

「端的に言え。何しに来た」

「使うだけ使ってその言い草、まったく酷いなァ。それでも従業員を雇う身なのかい、きちんとした雇用関係を結べているのか他人事ながら心配に……わ、わかったよわかったからそれは仕舞しまってくれないかな」

 無言で棒の先を向けると、彼は頬を引きつらせて両手を振った。

 あまりにも怯えるので望み通り机の中に片付けてやる。と、彼は仕切り直すように咳払いを一つし、それからぽつりと言った。

 睨みつけるように恨みがましく告げられたそれは、しかしスプートニクにはまったく身に覚えのない告発であった。

「君、俺のこと、探ってるだろう」

「はァ?」

 思わず、素っ頓狂な声が出た。

 こんな変態のことを探ったところで、何の益になると言うのだ。ただでさえ魔法使いには関わり合いになりたくないのである、火中の栗を拾うような真似をするわけがなかった。だからこそ、今度はスプートニクが拗ねる――気分を害すことになる。

 頬を膨らます代わりに眉を寄せて、尋ねる。

「なんで俺が」

「俺と言うより『魔法少女』に関してだね。恍けても駄目だよ、誰かが俺の――『僕』の周りを嗅ぎ回っているのはわかっている。何を知りたいのか知らないがね、仕事がやりにくくて仕方ないんだ。ぷん」

 そっぽを向き、またも拗ねたように膨らましたその頬を、全力で殴りつけたい衝動に駆られる。――まったく、可愛くない。

「第一、なんで俺なんだ」

「魔法少女の『仕事』中に妙な気配を感じるようになったのは、あの件の直後からなんだ。となれば容疑者は、君以外にいなかろう」

 あの件。具体的に何のことかは言わなかったが、自分が魔法少女と深く関わった事件など、ひとつしかない。そうであるなら確かに、彼が自分を疑うのは当然のことだった。

 しかしながら、とスプートニクは思う。あのとき初めて魔法少女の存在を知ったのは、何もスプートニクだけではないのである。あの件に関わったのは、他ならぬ魔法少女の被害者である我が従業員、あの忌々しい警察官、それから、そう。

 ――だから、恐らくは。

 スプートニクは、ベッドをちらと見た。正確には枕元に置いた、一通の手紙を。

「お前の副業を嗅ぎ回っているのは俺じゃない。……だけどうちの身内だ」

「なんだ、やっぱり君の差し金なんじゃないか」

 差し金、ではない。それではまるで、彼女が自分の手駒のようではないか。あれを手駒として操るだけの力量や技能など、自分にあるとは思えない。

 しかしそんなことを論じたところで、あの女を知らぬ彼には伝わらないだろう。だからこそ、その誤解に関して何かを言うのはやめた。

「あれには俺から、やめるように言っておく。もう魔法少女の危険は去ったと伝えれば、あれも調査をやめるだろう」

「感謝」

 よほど辟易していたのだろう、ソアランは心底嬉しそうに笑った。

 あの女がこれのことを、義務感でなくただ純粋な好奇心で調べているのだとしたら、またそれは別の問題になってこようが、そのときはそのときだ。フン、と荒く息を吐いてその話を終わらせた。

 ちょうどそのとき。

「むう、むう」

 ベッドから声がした。まごうことない、クリューのそれだ。呻きながら、何か両手をごそごそやっている。

 指をさし、怪訝そうにソアランが言う。

「どうしたの?」

「……さァ」

 曖昧に答える。が、ベッドに歩み寄り覗き込むと、理由はすぐに予想がついた。ぬいぐるみが彼女の手から離れ、膝のあたりに転がっていたのである。眉は不快そうに寄り、腕は届く範囲をあちこちまさぐっている。

 まったく。スプートニクはぬいぐるみを取り上げると、忙しなく動く手に握らせた。

「ほら、これだろう。兎」

「むうっ」

 しかし予想は外れたようだ。彼女は握らされたそれをぽんと放り投げてしまうと、またもそもそ何かを探し始める。

「何なんだ、こいつ」

「夢の中の彼女なりに、何か思うことがあるのだろうよ」

 呆れて呟くと、ソアランは自分の返した答えが傑作であるとばかりに、くつくつ笑った。まったくわからん、とため息をついてベッドに腰掛ける。

「話は以上か? 終わったなら、さっさと帰れ。こいつが起きたら面倒だ」

「おや、紹介はしてくれないのかい。俺達、親友じゃないか」

「シンユウ? 『死んでくれ誘拐犯』の略か」

「おや、お題作文が上手いね君。語彙はそれほど多そうではないが」

「喧嘩売ってんのか。言い値で買うぞ、表出ろ」

 顎で外を示してやるが、彼は肩を竦めて「結構だ」と言った。

「さっさと話を終わらせよう。だが、今から話すことは君にも深く関わることだ、よく覚えておくといい」

 短く息を吐いて――彼の、纏う雰囲気が変わる。少しばかり低くなった声で、彼はこう、スプートニクに告げた。

「彼女の件に関して、俺の報告を信じていない輩がいる」

 笑って聞き流せない話であるのは、よくわかった。

 姿勢が自然と前屈みになる。ベットが軋んで、ぎしりと不穏な音を立てた。

「君も想像してはいるだろうが、俺は清廉潔白な魔法使いではない。それは裏の顔だけでなく、表の――副支部長としての俺も、そうだ。ここに至るまでいろいろ阿漕あこぎな手も使って来たからね、恨んでいる人間も、両手両足の指ではまったく以って足りない。協会内の俺の敵と味方……利害関係で利になる方と害になる方を各々天秤に載せて、どちらに傾くかなんてやったら、まず微妙なところだ」

 両の手のひらを上にして、動かして見せる。秤のジェスチャー。

「そしてその敵のうち小物がね、よく騒いでいる。『『ほうき』など信じるのか!』と」

「箒?」

「男の魔法使いの蔑称」

 ソアランはニヤリと笑った。そういえば魔法使いは鏡やら箒やらといったものを道具として魔法を行使することがあると言う。男という生き物を『女の道具』と捉えていることから来ているのだろうか。

「ま、彼らは俺が、男の魔法使いがどんな報告をしたところで気に食わないのだがね。だからこそ、そうではない冷静な魔法使いたちは皆、彼らに冷たい目を向けているわけだが。彼女のことに関しては、『奴ら』のいい炙り出しになっているよ、有り難いことだ。……怖い目をしないでくれ、囮に使っているつもりはないよ。いや確かに、結果的にそうなってしまっているけれどね」

 付け加え、苦笑いを浮かべる。目を細めたスプートニクへ牽制するかのように。

「そういう奴らは見つけ次第、俺の方で何とかしている。また、既にシロだとされた一般民を、無駄に魔法使い同士の争いに巻き込みたがらない魔法使いも数多い。だから君らのもとに、何らかの火花が飛んでくることはないだろう――けれど」

 逆説を口にした、彼の頬が少しだけ強張ったのがわかった。認めたくない自身の不行届きを、認めることへの不愉快か。

「俺は万能ではない。奴らが、どこからどう、彼女に手を伸ばそうとするかわからない」

「だから、忠告をしに来た、と?」

「そういうことだ。これから何が起こるかわからないから、自衛はしておけと」

 大きなお世話だ、と言えるものなら言いたかった。

 幾つかのことを胸算する。魔法使いのこと、彼女のこと、彼女の体質のこと、自身の後ろ盾のこと、全て踏まえ、考える。リアフィアットは確かに大抵の魔法使いが訪問を厭う場所だ。しかしそれは魔法使い等の魔の手が伸びないというわけではないのである、現にいつか来たではないか、魔女協会の使いとしてこの男が、またこの男の部下が。この大陸の中、何処にも十全はない。ならばどうするのが得策か――

 スプートニクが巡る頭を持て余し始めたそのとき、

「痛ェ」

 ベッドについた手に、衝撃を覚えて見やる。

 どうも、ベッド上を忙しなく動いていたクリューの手が、偶然にも彼の手首を叩いたらしかった。

 何をするんだ、と睨みつける。しかし眠ったままの彼女には通じない。ただ、何故だろう、彼の腕に触れたその途端、その手がぴたりと止まった。

 触れなかったほうの手も合わせて伸ばし、彼の手首を両手で握ると、ようやく拠り所を見つけたとばかりの嬉しそうな笑みを浮かべる。

 そしてもごもごと、彼女は言った。

「……王子さま。ご無事で」

 それはひどく、幸せそうに。

 つい、目を剥く。ソアランを見ると、彼もまた、同じような顔をしていた。

「ご安心を、王子さまは、クーが……クーが守ります」

「これは、また」

 ソアランがアハハハ、と声を上げて笑った。しかしクリューが睡眠中だということを思い出したらしく、すぐにはっと手に口を当てる。しかし恐らくはその向こうで吹き出しそうになるのを堪えているのだろう、晒した目はしっかりと笑みを浮かべながら、こんなことを言った。

「要らぬ心配だったかな」

「あァ?」

「君の宝石店には可愛い騎士ナイトがいるようだ」

 どうやらこの愛らしい寝坊助ねぼすけは、密偵から騎士に昇格したようだ。

 しかしそうしてお道化たソアランの様子はいやに他人事めいていて、当事者としてはひどく腹立たしくなる。

「コレが俺を守ってくれる、って言いたいのか」

「違うよ」

 しかしそれに彼は、いとも容易く否定を吐いた。

 床から立ち上がる。ローブの尻を軽く叩いて埃を落とすと、右手のひらをそっと差し出した。ほろほろと白い光が零れ、ほんの少し、暗い部屋の中を照らす。

 それをお手玉のように虚空で自在に操りながら、彼はばちんとウィンクをした。そして――

「こんな可愛い、男なら、守らずにいられるわけがないじゃないか」

 そして彼は、現れたときと同様に、やはり唐突に、消えていった。




(続く)




 次回でⅢおしまいの見込みです。どうぞお付き合いください。



■おまけ

 今回の話の下書きの端に落書きしていた「みっしょんくーぽっしぶる(仮)」の設定だけ書きだしてみました。(※更新報告です)

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/31681/blogkey/946545/

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