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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅱ 魔女協会
34/277

8-4(Ⅱ おわり)(4/19追加)




「ありがとうございました。またいらしてね」

「是非とも!」

 エルサの見送りの言葉を受けながら、またソアランの調子のいい挨拶を意識の端に聞きながら、スプートニクは喫茶店の扉を開けた。来たときと同じようにドアベルが鳴って、彼らを送り出してくれる。

 昼は越えたが夕暮れには程遠い。あとを続いて出てきたソアランが額に手をかざし空を見上げ、「やァ、良い日差しだ」と言った。雲の少ない青空が広がっている。これだけ良い陽気だというのに室内で黙々と仕事をするのも面白くない、もう暫くどこかで遊んでから帰ろうか――そんなことを考えていてふと、聞き忘れていたことを一つ思い出した。

「だけど、お前」

「うん?」

「魔法少女がうちに来た理由が裏付けだったっていうなら、あそこまでやる必要はなかったんじゃないのか。俺を縛り上げ、クーを眠らせてまで攫おうとする必要がどこにあった」

「下手に手加減したり、やることやらないで協会や君から疑われても面倒だったからね、やるならしっかり全力でやるしかなかった。……あとは嫉妬、かな」

「はァ?」

「あれだけいちゃいちゃされたら仲を裂きたくもなるじゃないか、寂しい独り身としては」

 呆れた動機である。

「でもまァ、負け犬は負け犬らしくこうべを垂れるとするよ。もし何かあったらコークディエの魔女協会まで連絡をおくれ、君の力になろう。君のところの名を出すのが嫌なら宝石商会の名義でも構わない、親展扱いにして頂ければ部下が開封することもないし……君の所属している商会はクルーロルでよかったかな。あそこの事務員は可愛い子が多くてよろしいね。コークディエ周辺のしか知らないけれど」

「そんなこと考えながら仕事してるのか。セクハラだ」

「四六時中猫を被っているんだ、頭の中くらいは獣であっても良かろうよ」

 そして彼は少しだけ、唇を吊り上げて見せた。どこか作り物のような『魔女協会の使い』の顔。中性的で整った顔をした青年の薄い笑みは、やはりそれなりに絵にはなった。

 が、やはり小憎らしい魔法少女の方がよほど人間味があるな、と再確認したような思いになる。血が通っている、というのか。だから恐らくそちらが本物の彼なのだろう。敵ばかりの魔女協会せかいで伸し上がるために捨てた顔。

「しかしお前、いいのか」

「何が?」

「協会に害なす魔法少女なんかやっていて。全霊を以て協会に仕えることを、協会に誓ったんじゃないのか」

 すると、ソアランは。

 ヒヒヒ、と声を上げて笑った。

「イラージャか。あの子は俺を、買い被りすぎだ」

 それだけ俺の外面の作りが上手いっていうことかな、と冗談交じりに言う。けれどスプートニクが笑わないことを知ると、彼は観念したように、また困ったようにため息をついた。

 空を見上げる。何もない青を見たところで、オリーブグリーンには何が映ることもないが。

 彼は言った。

「彼女はね。いい奴だった」

 その代名詞が指す人がイラージャではないことは明らかだった。

 彼の世界の中に、今はもう、いない人。

「互いに恋することはなかったが、とても良い相棒だった」 

 何もない虚空を眺めて、嬉しそうに、目を細める。

 それを見ながらスプートニクは、魔法少女の言葉を思い出していた。『僕もね、昔、銀の指輪を作ったことがあるよ』。人と人が出会うまでにどのような歴程があったとしても、それによって生まれたえにしまでもが偽物であるとは、限らない。彼は一体、その指輪をどういった機会に、何を思って、何のために作ったのだろう。何のために、――誰のために。

 どこかの店がタイムセールでも始めたか、賑やかな街並みが一層彩を増した。笑い合う女性二人が、各々の子供を連れて目の前を過ぎてゆく。人通りがにわかに増え、慌ただしい雰囲気に包まれる。

 ともすれば掻き消されてしまいそうな喧噪の中で、けれど確かに彼は、こう言った。

「大事なものを裂かれてなお笑っていられるほど、俺は人間が出来ていない」



 それじゃァね、と手を上げると彼はスプートニクに背を向けた。再会を約束する言葉はなかったが、またいつか会うことにはなるのだろうということは心のどこかでわかっていたから、スプートニクは「あァ」と「うん」の中間のようなそれを、曖昧に返した。

 上げた手をひらひらと振った後ろ姿は、やがて人の波の中に紛れ、消えていった。

 見失ったのではなく、本当に消えたのだろう。




     *






「ずっとこうだったら、やっぱり嫌ですっ」

 喧しい音を立てつつ閉まり行く扉に向けて、クリューはキィッと吠えてみせた。

 ドアベルの余韻にまるであざ笑われているような錯覚を感じる。エプロンの裾を握ってばさばさ上下に動かしストレスの解消を試みるが上手くいかず、彼女の不満は更に増した。

 まったく油断のならない店主である。魔法少女の一件で怪我をして、暫くは大人しくしているだろうかと思ったのに、復帰早々鼻の下を伸ばして! 大体、女性を口説く暇があったら、看病したクリューに感謝の言葉の一つも伝えたらどうなのだろう。老医師に絶対安静を命じられた数日間、どれだけこちらが神経をすり減らしたか、あの俺様店主はわかっていない。

 男児たるもの清廉潔白で優しく勤勉であれ、とまでは言わない。ただせめて、もう少し思いやりの心を持っても罰は当たらないのではなかろうか。

 そう、もう少しクリューのことを思いやってくれて、褒めてくれて、感謝を伝えてくれて、たまには優しくしてくれて、一人の淑女として接してくれて、そして、そして、そして――

 ――『クリュー。俺はずっと、お前のことが』

「だだだだ駄目ですスプートニクさんそんなそんなくくくクーなんかクーなんかでっでもスプートニクさんがどうしてもとおっしゃるのならクーとしてはやぶさかではないといいますか大歓迎といいますかっあのっそのえっとっ」

「あの、こんにちは」

「ひわぁっ!?」

 突如背後からかけられた声に、クリューは飛び上がらんばかりに驚いた。振り向くとそこには、いつの間にやら顔なじみの郵便屋が立っている。

「あわっ、えっと、こ、こんにちは!」

「郵便なんですが……大丈夫です? 虫退治か何かでも?」

「いえっなんでもないです!」

 いつからか無意識のうちに壁を全力で叩き続けていたようだ。手のひらが赤く腫れ、熱く脈打っている。クリューは手をさすりながら妄想のスプートニクをかき消すと、改めて郵便屋の青年に向き直った。

「そ、それで郵便屋さん、何でしたっけ。大丈夫です、受け取ります」

「お手紙が一通になりますね。速達です」

 鞄から封筒を取り出し、朱印を確認しつつ彼は言う。スプートニク宝石店宛に速達で送られてくる郵便は決して珍しくない。商会からの納期が遅れる旨の連絡とか、顧客からの急いで仕立ててほしいという要望とか――しかし今回の速達はそのいずれでもなかったようだ。続いた言葉に、クリューは思わず瞬きをした。

「クリューさん宛です」

「えっ?」

 何の冗談か、と思ったがこの郵便屋が冗談を言うような人ではないことはよく知っている。とすれば聞き間違いかと、自身の顔を指差しながら聞き返した。

「私ですか?」

「はい」

 けれど彼は当然のことのように頷いた。

 訝しく思いながらも、彼の握るそれを受け取る。住所こそスプートニク宝石店のそれであったが、宛名は確かに彼女の名前になっていた。思わず首を傾げる。街の友人たちがときどきお遊びで彼女に手紙を宛てることはあるが、速達扱いで郵便をくれるなんてことは。

 差出人の名前を探して、封筒を裏返す。と。

 思いがけない人の名前が、そこにはあった。

「イラージャさん?」

 先日知り合った魔法使いの名前。つい素っ頓狂な声で彼女の名を呼んでしまうと、今度は郵便屋の方が不思議そうな表情をした。

「どうされます? 覚えがないのであれば、受け取り拒否されますか」

「い、いいえ。受け取ります。ありがとうございます」

 礼を言うと郵便屋はにっこり微笑んで、いつものように「では確かにお渡ししました」と挨拶すると入口扉から仕事に戻って行った。

 一人になったクリューは手紙を握ったまま、その差出人について思いを馳せる。憎き魔法少女を捕らえ損ね、失望した様子でスプートニクとクリューへ頭を下げた彼女。さもありなん、捕獲に失敗したということは、彼女の想い人の運命もまた確定したようなものと言えたのだから。

 かけられる言葉なくただ彼女の様子を伺うクリューに、青い頬で、それでも気丈に「なんとか、他の方法を模索してみます」と笑いかけた彼女の姿はそう簡単に忘れられるものではなかった。

 そんな彼女が、はて、何の用だろう。不思議に思ったが、いずれにせよ開封すればわかることである。

 文房具を収めた箱を探して、カウンターの下を覗き込む――と、それらの更に奥、暗がりに灰皿が見えた。同時に、一度開封した様子のある小箱が目に入る。どうやら、悪戯に気付いたようだ。してやったりと、頬がにんまり歪むのを自覚しながら、箱の中からペーパーカッターを取り出した。

 開封し、出てきたのは便箋数枚。不安定な場所で書かれたのか、筆跡は微妙に震えている。『親愛なるクリュー様へ』から始まった、他でもない彼女に宛てられた文章を、彼女はゆっくり目で追った。



 親愛なるクリュー様へ

 魔女協会コークディエ支部所属のイラージャです。先日は大変お世話になりました。店主様のお怪我は良くなりましたでしょうか?

 本日は、先日のお礼と、それからクリューさんにお伝えしたいことがあり、お手紙を書かせて頂くことにしました。少しでも早く知って頂きたく、帰還の馬車の中で書いておりますため、輪をかけて悪筆になっておりますがどうぞご容赦下さい。


 伝えたいこととは他でもありません、私の上司のソアランのことです。

 先ほど帰還の道すがらにある協会支部に立ち寄った際、一足先にコークディエに戻られている彼と魔法で通話をすることが出来たのですが、そこで一つのことを知らされました。

 曰く、リアフィアット支部の設立の話が白紙に戻ったらしいのです。

 それに伴い、彼のリアフィアット支部長就任の話もまた立ち消えになったとのこと。魔法道具に映し出された彼は、昇進(名目上ではありますが)の話がなくなったことに、「残念ではあるが仕方ない」と苦笑しながら肩を竦めておりました。

 そうですか、と答えると彼はおどけたように「魔法から離れたのんびり隠居生活も良かったかもしれないね」「そのときは君も連れて行こうか」などとも言っておりました。

 恥ずかしながらその瞬間、私は魔法使い同士の争いのない平和な土地で、ただ彼にそっとお茶を淹れるだけの日々など想像してしまい、それは、二人で肩を並べて穏やかな日々を過ごすなんて、その光景は、まるでその、いえ実際にはもちろん有り得ないのですがそれでもそれはそれではまるで私が彼の


 取り乱しました。

 突然のことに私が何も言えずにいると、彼は「冗談だよ」と笑いました。「君には迷惑な話だったね」とも。慌てて、迷惑だなんてとんでもない、そうであったら如何に光栄であるかを語りましたが、彼がどれほどまで信じてくださったかはわかりません。けれど私の必死な様子を見て、道具の向こうの彼はほほ笑んでくれました。きっと私の努力は彼に通じたと信じています。

 なぜあれほど順調に進んでいた計画が突然白紙に戻ってしまったのか理由はわかりませんが、少なくとも私自身としてはとても嬉しい話に思いました。

 ただ、それでナギたんを捕まえる理由がなくなったわけではありません。魔女協会の未来のため、魔法使いの発展のため、これからも魔法少女ナギたん捕獲のために全力を尽くしていこうと思います。


 それから、もう一つ。

 あの日、私の横たわるベッドの脇で、私の彼に対する想いを聞いて下さって、ありがとうございました。

 身分違いの、叶うことのない想いであることは重々自覚しておりましたので、誰かにこの想いを話したことなど一度もなく、秘めたままでいようと決意してはおりました。が、秘密というのはやはり負担を強いるもので、誰にも言えないそれをつらく感じるときもありました。

 ですが今回、クリューさんに話を聞いて頂けて、とても、とても楽しく、嬉しかったです。また、私なんかが、と弱音に近いことを吐いた私に、愛するのは自由だと、愛していていいのだと言って下さって、ありがとうございました。お前は間違っていない、と背を押されたようで、心が軽くなりました。

 恋の話とは、こうも楽しいものだったのですね。


 ただ、私の慕う人は、最愛の婚約者を忘れた彼ではなく、婚約者を想う面も含めた彼なのです。

 いつか未来に、彼が私の方を振り向いてくれる日が来るのかはわかりませんが、今はただ彼の隣で、婚約者を喪った彼の心の傷が癒えるのを、じっと待てたらと思います。


 本当に、ありがとうございました。

 クリューさんさえ良かったら、また、相談に乗ってください。



「……イラージャさん」

 最後の署名に至るまで、ゆっくりと、時間をかけて読み終えて。そして呟いた彼女の名前は、まるで吐息のようになった。

 真面目で仕事熱心で、けれど心に秘めた想いは普通の女の子と大差なく。

 返事を書こう。そう思い、クリューは深く頷いた。封筒と便箋は部屋にあったはずだ。遠距離郵便の送り方なら、恐らくはスプートニクが知っている。書くことは、こちらこそ世話になったということ、希望が叶ったようで嬉しいということ、相談ならいつでも歓迎しているということ、恋路を応援しているということ――その他、たくさん。

「やっぱり魔法使いさんにだって、いい人はいるんです」

 温もりを感じたような気がして、そっと手紙を胸に抱く。

 ――それに。思ったそのとき、背後でドアベルが鳴った。

「ただいまァ」

「魔法使いじゃなくたって、性格の良くない人はいるんです」

 低く呟いたそれを、帰宅したスプートニクはどうやら耳聡く聞き留めたらしい。

「? 何か言ったか」

「言ってないです。おかえりなさい。ぷん」

 そっぽを向く。聞かせる理由のないことをわざわざ再度言う必要はあるまい。

 手紙を陳列棚の上に置くと、彼の方を見ないまま、機嫌を損ねている様子を前面に押し出して問いかける。

「で、あの女の人、何の用だったんですか。ついにスプートニクさんも年貢の納め時ですかっ。ぷん」

「縁起の悪いこと言うな。突然来た割には大した要件じゃなかったよ」

 その証言がどれだけ信用できたものかはわからないが、たとえそうであったとしても彼の素行がすべて清算できるわけではない。明後日の方を向いたままでいると、「機嫌直せ」と声がした。たったそれだけの説明で、置いてけぼりを食らった私の機嫌が直るわけなんてないでしょう――身勝手な物言いにそう噛みついてやろうとした、そのとき。

 クリューの目の前に、突然彩が広がった。

「えっ?」

 瞬きをして、彩を見つめる。その正体は、宝石のように光りはしないが、同じように鮮やかで、甘い匂いと瑞々しさを帯びて佇む――花の束。

 驚きに何も言えずにいると、楽しげな声が振ってきた。

「おみやげ。花屋で、新装祝い代わりに注文してきた」

 そういえば数日前、郵便物に混じって花屋のチラシがレジの横に置いてあったような。

 渡されたものは、ピンクと白を基調にした、可愛らしいブーケ。両腕で受け取り、顔を寄せれば優しい香りがふわりと鼻腔に届く。包まれた花の中にはまだつぼみの状態のものも幾本かあり、管理に気をつければしばらくは楽しめそうだった。

 花瓶はどこにしまったろうか。そんなことを思いながら花から顔を上げると、スプートニクと目が合った。何が面白いのかニヤニヤ笑いながら彼女を見ている。

 どうせまたつまらないことを思っているのだろう、と気づきながらも一応、尋ねる。

「……なんですか?」

 しかし、返ってきた言葉はクリューにとって予想外のそれだった。

「『君の前ではどんな花も装飾品も霞んでしまって俺は君に何をプレゼントしたらいいのかまったく見当もつかないよ』」

「えっ」

 半ば棒読みではあるが、かけられた不意の賞賛に何の反応も出来ず、つい硬直してしまう。

 が、このスプートニクがそんな言葉を意味もなく彼女へ言うわけがないのである。どうせまた、何かの裏があるか、良くてもただのご機嫌取りだ。

「見え透いたお世辞言われたって嬉しくないですっ」

「頬が緩んでるぞ」

「ゆるゆるゆるゆるゆるんでなんかないですっ」

 空いた左手で自分の頬を持ち上げるようにして、崩れた表情をなんとか戻そうと努力する。そんな彼女にスプートニクは大仰な仕草で腕を広げ、やはり嘲るようにこう続けた。

「どうして俺の思いが伝わらないのかわかんねェよ。俺は四六時中お前のことを考えているのになァ」

「へ、変な嘘ついたってクーは騙されないのです。クーだっていつまでも子供じゃないのですっ」

「子供じゃない、ねェ」

「そうですっ。……お、お花、花瓶に移してきますっ」

 結局戻せなかった頬を隠すように、スプートニクに背を向ける。早足で歩くと『従業員専用』のノブを握って戸を開き――

「クー」

 名を呼ばれ、反射で振り返る。

 スプートニクは目を細め、ただ微笑んでいた。

「似合ってる」

 ――ああ、駄目だ。

 そうわかっていながらも、胸が高鳴るのを抑えられない。

 花の香りと届いた手紙と、笑いかけてくれる灰の瞳。それらの揃った店内に、例えようのないぬくもりを覚えながら、クリューはブーケを優しく抱きしめた。

「ありがとう、ございます」

 どうやっても消せない笑顔を隠すことをやめ、そしてゆっくり、礼をした。

 まだ届かない自身の想いが、いつかは彼に伝わるように。




 そうしてクリューは『従業員専用』の戸の中に消え、店にはスプートニクだけが残される。

 店内の気温のせいか、つい沸いて出た小さな欠伸を噛み殺しながらスプートニクは思考に耽る。糖度の高い言葉などつい呟いてしまったのは、恐らく今なお口の中に残る甘ったるい味のせいだ。あれからそれなりの時間が経っているというのに、チョコレートの甘さは喉の奥から蘇ってなかなか消えることがない。

「ただ甘いだけのものなんてそう食うもんじゃねェわな」

 呟きながら、本日の業務日誌に『軟派な呆れた魔法少女に甘味を無理矢理注文された』と書き残すことを決意する。彼女が戻ってきたらコーヒーでも淹れようと考えつつレジカウンターの椅子に腰を下ろした、そのとき。

 ショーケース上に置かれた、開封済みの手紙に気がついた。

 なんだあれは、と怪訝に思いながら席を離れ、歩いて行って取り上げる。封筒に認められた受取人は珍しくも店主スプートニクでなく従業員クリューになっていたが構うまい、読んで下さいとばかりにこんなところに放置しておく方が悪いのだ。

 差出人は先日ここを訪れた女魔法使いになっていた。数枚に渡って綴られたそれを、ざっと斜め読みをする。先ほど聞いた話の一部が、視点を変えて綴られていた。

 最初こそ何の用かと思ったが、読んでみれば特に真新しい情報はない。そしてクリューに害悪となりそうな話も、また。それがわかるとスプートニクは、便箋と封筒を元のように戻した。自分宛の手紙を無断で見たと知れれば、きっと彼女は怒って文句を言うだろう。最近小難しい言葉を使いたがる年頃のようで、知識を得るのは良いことだが、それはそれで煩いものだ。

 しかしながら――思いを馳せる。陳列棚上の卓上鏡に映った自身の顔は、眉間に深い皺が刻まれていた。

 彼女はこれに、返事を書きたいと言うだろうか。市内はともかく、市外の、コークディエ市ほどの中遠距離郵便の送り方はまだ、教えていなかったはずだ。返事を出すとなったなら、きっと自分に方法を聞いてくるだろう。

 手紙を出すのは構わない。彼女の交友関係が広がるというのもまた、彼女の成長のためには歓迎すべきことである。ただ問題なのは、彼女の手紙の受取人が、魔法使いであるということだ。それが元で、魔女協会に彼女のことを不審に思われたりはしないだろうか。ただの友人であると言って、先方はそれを信じるだろうか。何かの細工をする必要は――

 そんなことをぐるぐると考えて、不意に。

 つい先ほど、自分自身の吐いた言葉を思い出した。


『俺は四六時中、お前のことを考えているのになァ』


 彼女が嘘だと糾弾した、その言葉。

 嘘、ねェ。思いながらスプートニクは、スラックスのポケットに手を入れた。

 指に当たった異物がひとつ。人さし指と親指で摘まんで取り出し、窓から差し込む陽光に透かす。魔法少女より先ほど返却されたそれ、黒一色の小さなそれは、もとは瞳だったことなど、言われなければわからない。

 それを眺めながらスプートニクは、まァ、いいかと嘆息する。郵便程度、いくらでも誤魔化す手段はある。どうしても問題があるのなら、『魔法少女』でも脅迫、もとい協力を依頼すればいい。

 何とでもなるのだ。――今までだって、そうしてきた。

 しかし。

「嘘、か」

 小さな色なき瞳の奥に、贈った赤など見出しながら、スプートニクは呟いた。

あながち嘘でも、ないんだがなァ」

 ついこみ上げる感情を、抑えきれずに喉で笑う。

 それもまた、彼女が知る必要のないことだ。




 おしまい。

 









 お付き合いいただきありがとうございました。お粗末様でございました。

 Ⅱもまた予定よりはるかに長くなってしまいましたので反省しております。短くまとめる癖をつけたいものです。

 なお、週一更新を謳っているにもかかわらず、途中おやすみを挟みまして失礼いたしました。おかげさまで資格試験に合格できました。ありがとうございました。


 連載中、第二回なろうコン(エリュシオンライトノベルコンテスト)にて、一次、二次選考通過対象作品に選出して頂きました。

 コンテスト参加者として長く楽しませて頂けたこと、それによって拙作がたくさんの方の目に触れられたこと、知って頂けたこと、とても嬉しかったです。ありがとうございました。

(エリュシオンライトノベルコンテスト http://www.wtrpg9.com/novel/)


 続きを上げるまで少し日が空くかと思いますので、一旦こちらで「完結」という形にさせて頂きます。なるべく早めにプロットつくって戻ってきたい所存ですが、何か不都合ありましたらどうぞお教え頂ければ幸いです。

(4/21追記:「連載中」の方がとご意見頂き、修正いたしました。ありがとうございます)

 まだ宝石の話とか、装飾品の話とか、商会の話とか、諸々不足しているところがたくさんありますので、続きを書くときにはそういったことを書いてみたいと思っています。スプートニクの宝石商の正装とかそんな話もちらっと別所で申し上げましたし、話の中でも商会の管理担当の手紙など出てきていたので、続きはそのあたりも踏まえつつ書いてみたいです。

 今回これを書く上で、沢山の本を読みました。装飾品、奥が深いですね。


 ありがとうございました。書いていて、とても楽しかったです。

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