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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅱ 魔女協会
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8-2(4/13追加)




 店を出て、背後を一度も振り返らぬままやって来たのは、スプートニク宝石店と同じ並びにある喫茶店だった。

 『営業中』の掛かったドアを引くと、コロンコロンとドアベルが鳴った。スプートニクの店のものよりややくぐもった音。入り口をくぐると、顔見知りの店員がこちらを振り返って花のような笑顔を見せた。

「いらっしゃいませ! ……って、あら、スプートニクさんじゃない」

「やァ、エルサ。この間のレモンパイ、旨かったよ」

「お口に合ったなら何よりよ。それで、今日はどうなさったの?」

「いや、ちょっと――」

 暫く席を貸して欲しい、とスプートニクが言いかけた、それを押しのけるようにして。

「やァ、なんて可愛いお嬢さんだ!」

 視界の外から飛び出して来た影が、彼女の右手を固く掴んだ。

 そのままスプートニクとエルサが何かを言う間も与えず、その人は片膝をついて彼女の手を捧げ持ち、勢いよく言葉を重ねる。

「はじめまして! 俺はソアランと言います君の名は? いや名前なんて知らなくてもいいね何故なら俺たちの出会いは運命なのだから! あァしかしなんと可愛らしいお嬢さんだ君の前ではどんな花も装飾品も霞んでしまって俺は君に何をプレゼントしたらいいのかまったく見当もつかないよということで君これからちょっと時間――てててててててッ」

「お前はナンパのためにコークディエからはるばるやって来たのか? 副支部長殿」

 あっさり正体を現した『客人』の耳を摘まみ、捻じり上げてやる。それでも頑なに手を離そうとしない彼だったが、エルサは気を害した様子もなく、ポニーテールを左右に振りながらいたく陽気に笑っていた。

「あっはっは、面白い方ね! スプートニクさん、こちらは?」

「婚約指輪の依頼に来た客だ。婚約者には内密に作成したいそうで、店の中での話し合いは避けたいと言われてここに来たんだけどな、奥の席、空いてるか」

「うん、空いているわよ。どうぞ使って! あっ、勿論、注文はして頂くけれどね」

 適当な法螺を吹いて尋ねると、そんな冗談とともに、希望通り店の奥まった席に通された。観葉植物と衝立パーティションの影に隠されて、外からは彼らの姿は伺えなくなる。

 出された氷入りの水を口を湿らす程度に飲んで、スプートニクは息をついた。

「さて、と」

「あ、俺アイスティとこれ食べたいな、イチゴタルト! 君はどうする? 俺のお勧めはこれかなっチョコレートサンデー! これ美味い絶対美味いよあーどうしよう俺も食べたくなって来たあっそうだいいこと思いついた俺のイチゴタルトと半分こしない!?」

「コーヒーブレイクしに来たんじゃねェぞ糞が」

 男と甘味を分け合って食う趣味はない。

 しかしキャッキャと一人ではしゃいでいるソアランは、スプートニクの意向も聞かずエルサを呼ぶと勝手にそれらを注文してしまった。店員と軽薄に話すその様子を見ていると、本当に目の前にいるのはあの、薄笑いの苛立つ男と同一人物なのかと疑いたくなってしまう。

 スプートニクはコーヒーを一杯頼んで、エルサを下がらせた。尚もメニューを楽しそうに眺めるソアランを見やり、改めて言う。

「さっさと本題に入るぞ」

「急く男は嫌われるよ」

 いちいち腹の立つ奴である。

「何の用だ。俺を苛立たせるためだけにわざわざ御足労下すったのか? 副支部長ってェのは余程お忙しいご職業とお見受けする」

「御上手な嫌味をご馳走様。ま、普通の人や普通の魔法使いに取っちゃ距離もあるけれどね、俺にとっては一瞬だ。あァ、ちなみに女の子の格好で訪れたのは、君のお嬢さんを無駄に怖がらせたくなかったからだよ。俺が俺として君のところを訪れたとして、君たちは歓迎してくれたかい?」

 歓迎はしなかったろうな、と心の中だけで頷く。副支部長として来ても、魔法少女として来ても。ただあの様子で現れた見知らぬ女性をクリューが歓迎していたかどうかとなると、それもまた、疑問である。

「……と、そうだ。取り敢えず」

 ソアランは何かを思い出したように呟くと、上着のポケットに手を突っ込んだ。――ちなみに女の子の格好をしていたときの服装は魔法で変えたものだったらしく、今は一般的な男性の服装をしている。シャツと細身のカーゴパンツ、ブラウンのブーツにフェイクフード付きのデニムコートを引っ掛けたスタイル。

 しばし後、ポケットから取り出した彼の手に握られていたのは、黒い粒だった。

「これ、返すよ」

 悩むまでもなくすぐに思い当る。ぬいぐるみのボタンである。

 魔法少女が宝石と勘違いして盗んでいった、例のあれ。

「要らん。もう代わりを買ってきた」

「俺だって要らないよォ」

 流石の魔法使いも釦に魔力を詰めることはできないのだろう、情けない声を上げた。げんなりと疲れたような表情で机に突っ伏す――が、ちょうど運ばれて来た品を見ると、パッと顔を上げた。現金なものだ。

 ガムシロップを大量に入れたアイスティを、この世の至福とばかりの表情で掻き回す。初対面のときこそ食えない男そのものであった彼だが、そうしていると確かに魔法少女の面影があった。

 くるくるとストローを回し、伴って揺れる氷を眺めながら、彼は冗談めかしてこう言った。

「さて。今回は大変お疲れ様でした」

其方そちら様も、と答えられるほど俺の懐は深かねェぞ」

 即座に答えてやると、ソアランの顔が苦笑に歪んだ。

「悪いことをしたとは思っているよ」

「となれば当然慰謝料は払ってくれるんだろうな? 言っておくが贖罪の念を現したところで酌量の余地はないぞ」

「後日治療費に色を付けてお支払いするよ。それでいいかな」

「請求先は『魔女協会コークディエ支部副支部長様方魔法少女ナギたん様』でいいのか」

「それは勘弁」

 勿論、本当にやるつもりは毛頭ないが。

 ソアランの、延々ストローを回していた手がようやく止まった。シロップの溶けきったアイスティを一口吸い「甘い」とにっこり笑ったあたり、彼は相当の甘党のようだ。

「いろいろ誤算はあったが、なんとか成果は頂けた。その分の謝礼もつけさせて頂こう」

 その言葉に、スプートニクは思わず首を傾げた。成果?

 今回の一件で、魔法少女に『成果』と言えるような何かがあったろうか。盗まれたものはなかったし、クリューのあれこれに関して言質は取らせなかったはずだ。魔法少女は正体を知られ、スプートニクは足をやられと、互いに得るものはないまま痛みわけで終わっただけだったような。

 尋ねるが、「こちらにもいろいろあってね」とぼかされた。続いた「君の不利益になるものではないから安心してくれていい」という言葉をどこまで信じていいものか迷ったが、スプートニクの結論が出るより早く、ソアランは話題を変えてしまった。こちらに少し身を乗り出す。

「ところで、君、あれのことを教えておくれよ」

「あれ?」

「あれだよ、あれ。『僕』の力を奪った、あれのことだ。勿論、協会には内緒にするから、どうか教えてくれないか。あんな道具初めて見たよ、面白かった」

 話してやる必要は、ないのだ。彼が魔法使いである以上、いつか再び敵としてまみえる可能性がある以上、黙っていた方が得になる。それはわかっていた。しかし、

「あァ、あれか」

 つい種を暴いてしまったのは、互いの『心臓』を握り合っていることから来る、ある種の仲間意識のせいだった。もとより、仕組みを知ったところでどうにもなるまいし。

 手紙にあった内容を簡潔に話してみせると、彼は目を剥き、驚きながらも声を上げて笑った。

「へェ、あはは。面白いことを考える人もいたもんだ。いや、考えるだけでない、作り上げてしまうなんて!」

「笑える話なのか」

「俺にとってはね。協会の人間が聞いたら青褪めるなんてものじゃないだろう。そんな恐ろしい道具、彼らが存在を許すとは思えない」

 その言葉にスプートニクは、例の説明書きにあった一節を思い出す。『なお魔法使いに関係する道具の作成には原則魔女協会の許可が必要となりますが、前述の通り一切の許可を取ってございません。とはいえ――あの腰抜け共、という言葉が二重線で消されている――協会員たちは保守的なものが多く、特に自身の脅威となるおそれのある道具の開発許可は出し渋る傾向にあります。申請をしたところで通ったかどうかは不明です』管理担当の憶測が正しいのであれば、恐らくソアランの言葉は本当なのだろう。しかし、

「お前はいいのか。『それ』の存在を許容するのか?」

「俺は、あった方がいいと思うよ。慢心に胡坐を掻いた奴らを矯正できる」

 ソアランは意味有り気に笑った。魔法少女のそれによく似た笑い方。

 そしてその顔を見てスプートニクは、一つのことを思い出した。

「どうしてお前は、東のこんな場所で魔法が使えるんだ」

 魔法少女の最大の武器。こちらだって道具の仕組みを明かしたのだ、話を聞いてもよかろうと思い、尋ねてみる。と、ソアランは小首を傾げてみせた。

「ううん。君は聞いてもあまり意味はないと思うけどね」

「そうだな。だから、ただの世間話の一環だ」

「世間話で最大の種を明かさなきゃならないのか、俺は」

 しかし彼の口ぶりは、どうもその『種』を明かしたがっているように見えた。まるで、誕生日の祝いに貰ったプレゼントを、誰かに見せびらかしたくて仕方ない子供のように。ただ、どうしよっかな、どうしよっかなと歌うように呟くソアランを待つのも若干腹立たしく、だから先に言葉を続けた。

「幾つか考えてみた。答えが出せるわけなんてないから、やめたけどな」

「うん?」

「魔法少女が魔法を使える理由」

 するとソアランは、目を輝かせ、こちらに身を乗り出して来た。

「面白そうじゃないか。聞かせておくれよ、君の推理」

「理屈も裏付けもない、ただの推測だ。当たってはいないと思うぞ」

「それでも聞いてみたい。こういう話をできる相手が、今はもう、いなくてね」

 まるでかつてはいたような言い回しだ、と思ったが――口にはせずにおいた。代わりに、彼の要望に答えることにする。

「可能性一つ目。魔法少女自身が『始祖』である」

「ふむ」

 魔法使いでも何でもないスプートニクの語る可能性に、否定も肯定もせず、ソアランはただ頷いた。彼らにとってその発想が突飛なのかどうかもわからないが、この場合、未知を恥だとは思わなかった。そのまま続ける。

「始祖の加護がなければ魔法使いは魔法を行使できない。ということはどこにいても始祖の加護があるのならば使えるのでは、という推測。また、同様の理屈から、可能性その二。魔法少女が『始祖』を盗み出して常に持ち歩いている」

 魔法少女が始祖とやらの祭壇に足を踏み入れたことがある、とイラージャが語っていたのを、スプートニクは忘れていなかった。

「だがその理屈からすると、魔法少女が移動するに伴って、魔法の効力が及ぶ範囲も移動していないとおかしい。イラージャは特にそんなことを言っていなかったから、そういうこともないんだろう? というわけで、その二つの可能性は、現実的ではないと言える。……それに何れも、魔法少女に符の効果がないという現象や、お前のあの言葉にはそぐわなかった」

「あの言葉?」

 俺何か言ったかな、と呟きながらフォークを咥えるソアラン。

 眉間に皺を作る彼を眺めながら、スプートニクは続く話をどこから説明すべきか考える。サンデーに飾られたバナナを気分転換に頬張ってみるが、チョコレートでコーティングされたそれはただ甘いだけだった。なんとか咀嚼して、再び言葉を紡ぐ。

「……宝石には力がある。魔力云々という話ではなく、精神的、心理的効果として」

「うん?」

 話が飛んだね、とソアランが不思議そうに言った。しかしスプートニク自身には、特に話を変えたつもりはない。彼はソアランのオリーブグリーンの目を真っ直ぐに見返した。

「例えばペリドットなら『向日性』、サファイアなら『鎮静効果』。それは一種の偽薬効果プラセボに近いものだ。プラセボという言い方が正しくないのであれば言い換えよう。――暗示だ」

 スプートニクの言葉にソアランの、どこか幼さの残る瞳がぱちくりと瞬きをする。ようやく話の繋がりが見えたのか、その拍子に、失われていた焦点が戻ってきた。

 彼の返答を待たず、更に言葉を重ねる。

「お前はお前以外の魔法使いを指して『勝手に自身の足に枷など嵌めている』奴らと言った。通常の魔法使いは『枷』を自発的に作り上げている。となれば、外部環境から強制的に与えられた回避不可能な制約はない、つまるところ実際には枷などないに等しいことになる。そこから想像するに、枷とはある種の自己暗示なのではないか。そして枷とは『加護がなければ魔法が使えない』という魔法使いの制約のことだ。……以上のことから」

 机の端で、ソアランが握り拳を作っていた。やや身を乗り出し、目を輝かせたその姿は、まるで父親に話の先をせがむ子供のようである。

 それに気づかないふりをしながらスプートニクは、自らの考えた結論を、彼に伝えた。

「以上のことから、俺が思ったのは。『加護の存在如何にかかわらず魔法の発動は可能である』……いや、そもそも、『『始祖の加護』などという魔法の効力範囲の制限は存在しない』?」

「見事だ!」

 溜まったものを一気に吐き出すかのような勢いで、ソアランはそう、賞賛の言葉を彼に伝えた。魔法というものの知識のない中で、会話の端々から推測しただけの理屈だったが、どうやら及第点は貰えたらしい。この興奮からすると、もしかしたら及第点どころではないのかもしれないが。

「勿体ない、いや、勿体ない! なぜ君は魔法使いではないんだ! 君が魔法使いであったなら、すぐにでも魔法少女の弟子として迎え入れたのに!」

「御免被る」

 例え魔法が使えたとしても、魔法少女の弟子にはなりたくない。

「そうとも。これはある種の暗示だよ。協会幹部が魔法使いたちに振り撒いている、強固な暗示だ。そして魔法使いの間での揺るぎない『法則』だ」

「それじゃ、魔法が使えないのはただの『思い込み』ってことか?」

「その通り。だからその『思い込み』を捨てれば誰だってどこでだって魔法は使えるよ。ただし、魔法使いにとって『始祖様』は絶対で、『始祖様の加護』もまた絶対だ。協会幹部によって刷り込まれた『常識』だ。それが存在しないなんて到底信じられるはずがないんだよ。例えば突然、『お前が空を歩けないのはそう思い込んでいるせいだ』と言われたら、君は信じられるかい。信じて空を飛べるかい」

 無理だろうな、と思う。常識を覆すというのは生半なことではない。

「幹部とやらは、どうしてそんなものを魔法使いの教えとしているんだ」

 その技術の仕組みさえわかれば、魔女協会の更なる発展に繋がるでしょう――いつかのイラージャの言葉を思い出す。しかしソアランは、それすらも見下すように言った。

「勿論、自分の下にいる者たちに制約をつけるためさ。自身の目の届かない大陸の端で、一揆でも起こされたらことだからね」

「成る程。けどそれなら、どうしてお前はその『暗示』を破ることが出来たんだ?」

 するとソアランは、手を組み、笑った。見るものからすればいろいろな風に読み取れる笑み。けれどソアランはその真意を語ろうとはしなかった。ただ、

「いろいろあったんだ」

 との一言だけで、終わらせてしまった。

 そしてソアランは視線を落とし、自身の手を見た。傷のない滑らかな指はどこか女性的でもある。指輪一本の装飾もないそれを眺める彼は、まるで何かに祈っているようでも、また何かを想っているようでもあったが、実際のところどうであったのかは定かでない。





■お知らせ

 またも区切れ悪いので、早めの次話投稿にしたいと思います。

 水曜日(4/19)までには8-3を追加させて頂く予定です。すみません。よろしくお願いいたします。


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