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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅱ 魔女協会
30/277

7-5(4/6追加)

■お知らせ

 こちらは日曜日(4/6)追加分です。

 いつもの土曜日追加分(4/5分)は一つ前の7-4になります。





 管理担当から届いたそれの説明は『私は石橋を叩いて叩いて叩き壊して暫し悦に入ってから渡りたい性格でして』という一文から始まっていた。

『無駄な用心を重ねるようで恐縮ですが、もう少々お付き合い下さい。曰く、魔法の発動に必要不可欠な要素は『加護』と『魔力』の二つなのだそうです。いずれか片方でも抑えられては力を行使できないとのことですから、恐らくはその札で対処出来るでしょう。ですが、万が一、加護を制してもなお魔法を使えるという者がいたならば、その場合は単純に、対象から魔力を奪ってしまう方向でいかがでしょうか。宝石には大量の魔力を貯蓄する能力がございます。ならばその能力を変性、倍加させて、魔力を自ずから収着させる性質を持たせたとしたらそれは、魔法使いにとって大きな脅威となるのでは』

 いかがでしょうか、などと意向を伺うように書いたところで、スプートニクに決定権などないわけだが。つまるところ、魔法使いにとってはあまりにも物騒な発想の下に作られたものが『これ』らしい。

 床に転がり、蛇の目のようにぬるぬると不気味に光る宝石。魔法少女の悲鳴が細くなってゆくにつれてその輝きは失われていく。

 やがて光の収まった床に転がっていたものは、やはり少女などではなかった。

 うつ伏せの頭が、ゆっくりと上がる。

 ――すぐに思い至らなかったのは、やはり、それがあの陰気なローブを着ていなかったからだ。

 けれど「お前は誰だ」と尋ねるほどには、スプートニクの記憶力は悪くなかった。色素の薄く癖のない髪、オリーブグリーンの瞳と、中性的な顔立ち。以前に見たときよりやつれて見えるのは決して気のせいではあるまい。数日前、イラージャを伴ってやって来たあの男。魔女協会の使いと名乗ったあの男、ソアランが、宝石にまみれてそこにいた。

 つまるところ『魔女協会を騒がす魔法少女』とは。

 しかしスプートニクが絶句していたのは、魔法少女の正体に驚いたから、ではなかった。

「ふふふ……ふふふふ。ばれては、仕方がない」

 ソアランがゆらり、と立ち上がる。

 解れた前髪を掻き上げ、スプートニクを真っ直ぐに見ると、彼は不敵に笑った。

「そうとも、魔女協会を騒がす怪盗、魔法少女ナギたんの正体はこの俺だよ」

 正体に気付かれたというのに、彼の物言いには怖じる気配が全くなかった。人さし指の先を真っ直ぐにスプートニクへ向け、宣言する。

「こうなったらもう、君を倒して屈服させるしかないようだね」

 けれどスプートニクには彼の宣言など、どうでもよかった。それより遥かに看過できぬことがあったからだ。

「どうでもいいけどお前」

 硬直していた喉が、ようやく幾許か自由になった。

 声帯を何とか奮い立たせ、自身が絶句した理由を答える。

「なんで服装、魔法少女のままなんだ」

「可愛いだろう!」

 痛いところを指摘したはずだったが、どころか逆に嬉しそうに彼は答えた。ふわふわで真っ白なドレスに身を包んだまま、よくぞ聞いてくれましたとばかりに、胸すら張り、誇るように。

「変化の魔法は得意は得意だがね、服装まで変えるとなると結構神経を使うんだ。だから自作をしているんだけど、うふふ、可愛いだろう?」

 しかし成人男性のスカート姿――それもフリルたっぷり――は、こちらの精神に響くことこの上ない。そもそも少女の姿のために作られたドレスのせいだろう、青年にはサイズも合っておらず、あちこち解れ、破れている。

 それがやはり窮屈だったのか、ブーツを脱ぎ捨てながらソアランは言った。

「けれどなかなかこのセンスを理解してくれる人間がいなくてね。こんなに愛らしいのに、まったく心外だよ。ま、美とは得てして常人には理解され難いものであるがね」

「唇を尖らせるな気色悪い」

 魔法使いは特殊な人種で相入れることなど生涯なかろうと思っていたが、変態を受け入れられないという点では真っ当な感覚も持ち合わせているようだ――などと思った、その瞬間。

 不意に、嫌な予感がした。

 原因を理解するよりも早く手は動いており、腰の物入れから芯金棒――指輪作成の際に輪の大きさを固定させるための金属棒――を取り出し構える。それは、突然距離を詰めたソアランがスプートニクの目の前で刃物を突き出したのとほとんど同時だった。

 ソアランは、いつの間にやらスティレットに似た刃物を握っていた。どうも、脱ぎ捨てたブーツの中あたりに忍ばせていたようだ。もしくは、想像はあまりしたくないことだが、スカートの中にでも。

「成る程。なかなか反応速度はいいみたいだね」

「近寄るな変態ッ!」

 精神的攻撃力の高い成人男性を至近距離に見て、思わず声を荒らげる。

 スティレットと芯金棒の鍔迫つばぜり合いはそう長く続かなかった。というよりも、スプートニクが続けることを拒否したわけだが。目の前のそれを成る丈視界に入れたくないというのも勿論だったが、どちらかというと左足の負担のことが気にかかったというのが大きい。魔法少女を追って駆け回ったこと、攣っていたところを無理矢理動かしたこともあって、酷使されきった傷は意識せずにはいられないほどに熱を帯びている。見下ろすと、左の大腿部だけスラックスの色が変わっていた。

 長引かせたところで利はないと踏んだスプートニクは、また物入れに手を入れた。

 取り出したのは異様に輝く青い石一つ。先のものと同様、魔力を吸う加工をされた宝石だ。それを見てソアランは、ふふん、と鼻で笑った。

「まだ残っていたのかい。しかし残念ながら、俺の魔力はまだそれほど回復していない。使ったところで効果は見込めないよ」

 私、僕、俺。一人称がふらふら変わる奴だな、と思った。もしかしたら彼の中では使い分けがされているのかもしれないが。

 スプートニクは彼の言葉に、浅く頷いた。そんなことは百も承知である。だから、

「そうだろう。お前のは、な」

 含みを持たせ、言ってやる。

 するとソアランは訝しげに眉をひそめた。しかし、さすが聡明なる副支部長殿はすぐに意味を悟ったようで、みるみる顔色を変えていく。

「まさか」

 声は掠れていた。その、まさかである。

 左手に宝石を握り、右手を加工室のドアノブに掛けながら、スプートニクはこれ以上ないほど頬をほころばせ、そして、言った。

「テメェの部下が――どうなってもいいのか?」

 店で眠るイラージャの存在を、まさか忘れたわけではあるまいに。

 彼の笑みにソアランが何を見出したのか知らないが、少なくとも友好的なそれとは取って頂けなかったらしい。当然だが。

 ソアランは顔を怒りに染め、一歩踏み出して抗議の声を上げた。

「卑怯者! 彼女は関係ないだろうが!」

「何とでも言え! 勝ちゃァいいんだよ勝ちゃァ!」

 しかしスプートニクもまた、応ずるように吠えてみせる。

 ソアランは如何ともし難い状況に歯噛みしていた――が、けれど体調に不安があるのは向こうも同様のようで、魔力を奪い取られた際の苦痛の名残か、やや足元が覚束無いようだ。その上彼は『人質』を取られている。

 暫しの睨み合いの後、先に得物を構えた手を下ろしたのは、ソアランの方だった。

「……わかった。彼女の身柄は諦めよう」

 思わず安堵のため息をついてしまったが、ソアランは気づかなかったようだ。不愉快そうな表情のまま、次いで彼の要求を伝える。

「その代わり、うちの部下に手を出すな。あとついでに、『魔法少女の正体』についても秘密にして頂こう。代わりに俺は、君の大事なお嬢さんの『体質』を魔女協会に報告しない。この取引、如何かな」

「承諾出来兼ねる」

 迷うことなくきっぱりと、スプートニクは言い放った。取引とは両者が譲歩をすることだ。この変態男には、爪の先一欠片でも譲ってやりたいとは思わなかった。

「大体、その『体質』ってェのは何だ。どこかの粕取り雑誌がうちの店について、あることないこと書き散らしたのか? うちの従業員を馬鹿にするようなら黙っていないぞ」

「あくまでも空とぼけるつもりかい。ならばこちらにも策がある」

「何?」

 眉をひそめる。今度笑ったのは、ソアランの方だった。

 そして彼はスプートニクを睨みつけると、到底受け入れがたいことを彼に宣言したのである。

「以上の二点の要求が飲めないのであれば、今この窓から飛び出して、大通りのど真ん中で『スプートニク宝石店の店主に拉致されてこんな格好をさせられた』と叫んでやる!」

「なっ――」

 スプートニクは目を見開いた。

 店の、店主の評判を地に落とすような、人とも思えぬ所業である。しばしの沈黙の後、苦虫を噛み潰したような気分で低く毒づいた。

「卑怯な……!」

「君に言われたくないね!」

 スプートニクの言葉に重ねて叫ぶソアラン。

 のち、拗ねたように「どうして皆この衣装の愛らしさが理解出来ないのかは謎だけれどね」と続いた呟きを意識の端で聞きながら、スプートニクは考える。

 事実でないとは言え、妙な噂を立てられるのは客商売として到底歓迎されたことではない。この男に承伏させたい案件は他にもあるのだ、今ここで完膚なきまでに叩き潰してしまうのが手立てとしては最善なのだろうが、いかんせんこちらも傷を負った状態である。勝てるかどうかは五分五分だった。

 出来れば譲歩はしたくないが、分の悪い賭けもまた避けたいのである。二つを天秤にかけ、結果出た結論は、スプートニクにとって『苦渋の決断』と言うにふさわしいものだった。

「……わかった。要求を呑もう、痛み分けだ」

「それがいい」

 ソアランは言って、笑った。しかしそれは人を小馬鹿にしたものではなく、力ない、心底から安堵したといった様子のそれだった。

 スプートニクと同様に、彼も相当疲弊していたらしい。壁に寄りかかり、深く息を吐く。

「まァ、なんだ。こちらの要求を呑んでくれた礼に、君が喜ぶ予言を一つ差し上げよう。――『魔女協会リアフィアット支部』の計画は頓挫する」

「何?」

 スプートニクはつい、眉を寄せた。『承伏させたい案件』として考えていたことを、彼の方から言ってくれたからだ。

「どういう意味だ」

「そのままの意味さ。さて」

 何の罠かと勘繰るが、彼としてはただの事実を伝えただけのようで、特別条件を提示することはなかった。

 ソアランは手を頭上に差し伸べると、人さし指をくるり、と回す。すると指先から光が溢れ出して、彼の全身を包み、やがて例の『魔法少女』の姿を形作った。奪い取ったはずの魔力は、どうやらもうそれなりに回復したらしい。副支部長の名は伊達ではない、といったところか。

 彼の姿を青年から少女に変えた光の粒は、しかし収まることを知らない。そのまま彼だか彼女だかの周りをくるくると舞うと、やがて今度は彼の存在自体を、少しずつ希薄にしていった。

「それでは僕は去ろう。約束、くれぐれも守っておくれよ。いずれまた会うこともあろうが、そのときはどうか、敵同士ではないことを」

 言い終わったとほぼ同時、光はひときわ強く輝き――そしてそれが消えたとき、魔法少女の姿は何処にもなくなっていた。

「……終わり、かな」

 呟けど、返事はない。

 この部屋に残っているのが自分一人だけであることを認識した瞬間、どっと疲れが溢れてきた。頽れそうになるのを何とか堪え、作業用の椅子を引き出し座って上半身を机に突っ伏す。

 魔法使いに対し、魔法少女に対し、思うことも解決していないことも多々ある。けれど今は、足は熱く頭は気怠く、何かを考えるのも面倒だった。馴染みの医師だが、三日連続で呼んだら、流石に激怒されるだろうか。それを配慮するのもまた、億劫で。

 そんな纏まらない思考を持て余しつつ机の上で伸びをすると、不意に指先に何かが触れた。

 重い頭を持ち上げて見やるとそこには、見覚えのある、名刺大の用紙が一枚。あまりいい予感はしないが――人さし指で目の前まで引きずってくると、そこにはこう、書かれていた。

『しかし何も盗まず去るのでは、魔法少女の名が廃る。ここにあった宝石を一つ、頂いていこう!』

 最後の最後まで癪に障る奴である。しかし疲労のせいか、それほど腹に溜まらない。

 頬を机に触れさせたまま、呆れた心地でスプートニクは、呟いた。

「……それ、宝石じゃねェけどな」

 クリューから預かっていたぬいぐるみのボタンが、机の上から無くなっていた。





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