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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅱ 魔女協会
29/277

7-4(4/5追加)



「さァて、と」

 頬を寄せ、目を細めて甘えるクリューの髪を、存分に撫でてやってから。

 スプートニクは、青年の姿をした予告窃盗犯改め誘拐犯に向き直った。

「不ッ細工なツラに化けやがって。誰の真似だ? コラ」

「聞くまでもなくアンタじゃない。よく似てると思うわよ? 勿論、不細工なところも」

 背後からの棘のある声。それに反応して、クリューが腕の中で顔を上げた。そちらを見、そしてそこにいる人を目の当たりにして素っ頓狂な声を出す。

「ナツさん。どうしてここに」

「あなたのことが心配で、午後だけ休暇を取ってきたの。どうやら正解だったみたいね」

 返ってきたものは、彼にかけられるのとはまったく違う友好的なそれ。舌打ちして小声で「お節介ババァ」と呟くと警棒で脇を突かれた。暴力女め。

「ご、ごめんなさい、あの、私、ナツさんに嘘を。実は私、里帰りなんて」

「いいのよ、最初からわかってたから」

「えっ」

「職業柄ね、人が言ったことが本当かどうかを見分けるのは得意なの」

 とはいえクリューの嘘の場合、あの態度では誰でも嘘だとわかりそうなものだが。ただ目を輝かせて「ナツさんすごいです」と感動しているクリューを邪魔するのも気が引けたし、よしんばそれを指摘して嘘が上手くなられても面倒だったので、黙っておくことにした。

 それに今構うべくは、この愛らしい従業員の素行についてなどではなく。

「的がデカくなって助かるなァ、オイ。ムカッ腹立つのは変わんねェけどな」

 傷ついた手を庇って佇む、青年の姿の魔法少女。よくよく見ると、手の辺りに光がほろほろ舞っている。どうも傷を癒しているようだ。

 魔法少女は、傷一つないスプートニクを訝しげに見ていた。

「君、僕の蛇はどうした――そうか」

 魔法少女はスプートニクの答えを待たず、忌々しそうに彼の後ろ、ナツを見た。

「警棒なんて持っていたから、警察官だと思ってしまったよ。君、どこの支部の魔法使いだ。名は? 彼を襲わせた蛇は僕が作ったものだ。この僕の魔法を跳ね除けるとは、余程名のある魔法使いなのだろう?」

 魔法少女の勘違いに、スプートニクはつい声を上げて笑ってしまう。

「聞いたか、ナツ。お前、あれに魔法使いと思われたらしいぞ」

「何よそれ。まったく失礼ね」

 当のナツは、憤懣やるかたないといった様子で懐から手帳を出すと、魔法少女に向けて翳した。

「警察局リアフィアット支部のナツです。階級は警部。申し訳ないけどあなた方とは違う人種よ」

「えっ?」

「ていうか、蛇って何。私が来たときにはこの人は、針金とチェーンにぐるぐる巻きになって遊んでただけだったわよ」

「遊んでたんじゃねェ」

 思いの外絡まっていて取れなかっただけだ。

 一方、その返答を受けて、魔法少女の呆気に取られたような表情が不快そうに歪んでいく。苦く低い声でぼそぼそと、呟くように彼に問うた。

「何をした」

当店うち管理担当バックはいい人材おんなでねェ。どんな無茶な要求でも的確に答えてくれるんだ」

 しかし魔法少女にはその意味すら理解出来ないようで、振る舞いからはみるみる余裕が失くなっていく。その様子もまた、滑稽だ。

 せいぜい嫌味に笑ってみせると、魔法少女は憎々しげに彼を睨みつけ。やがて彼女が、我慢ならなくなったとばかりに吠えるまで、さほどの時間はかからなかった。

「わかったよ。――面倒なことはやめた、それなら君ごと攫って行くとしよう!」

 言うが早いか魔法少女は、自身の両腕を大きく振るう。と、彼女の目の前に、大きな光る投網が出現した。

 腕の中で、それを見たクリューがびくりと震える。ああ、全く怖がらせやがって。背中を軽く叩いて宥めてやるが、その努力をも掻き消すように、魔法少女が大声を上げた。

「そいつらを捕まえろ!」

「嫌っ――」

「大丈夫」

 クリューがそれに向かって飛び出してしまわないよう、口を寄せ囁いて、彼女を右腕で固く抱きしめる。そしてスプートニクは、襲い来る投網に、ただ真っ直ぐに、自身の左手を翳した。

 ただそれだけの動作。けれど魔法少女の絶叫を聞くには、それだけで事足りた。

「なんだ……なんだそれは!」

「さて。何だと思う?」

 魔法少女へではなく、腕の中から彼をきょとんと見上げるクリューに向けて、スプートニクは言った。

 無理もない。大きく広がっていた光の投網は、スプートニクの指先に触れるか触れないかの距離で突如収縮すると、跡形もなく消えてしまったのである。種を知らなければ、驚くのも当然か。ナツを見やると、そちらも目を剥いていた。三者三様の驚嘆ぶりに、つい笑みが湧いてくる。

「アンタ、いったい何したの」

「実は俺も、少し魔法を齧っててね」

 また警棒で突かれた。今度は左肩を。

 まったく冗談の通じない奴である。舌打ち一つだけをそれに対する返事とし、次にクリューを見た。安堵すべきか警戒を続けるべきか迷っている様子の彼女の肩を軽く押して、ナツの方に行くよう指示をする。

「クー。お前はナツと避難してろ」

 すると想像通り、クリューの眉が寂しげに寄る。口を開こうとするが、言うことはわかっていたので、それより先に答えてやった。

「俺もすぐ行くから」

 不思議な現象を引き起こした彼の手をじっと見つめ、それから次に、スプートニクを見上げた。潤んだ瞳に、余裕綽々の笑みで返す。

「……絶対ですよ」

 いたく不満げに唇を尖らせながらも、どうやら心配はないと判断したようだ。彼を離れてナツの元へ移動する。お前はどうするとばかりにナツが目配せをしてくるが、軽く手を振って返した。いいからさっさと行け、のサイン。

 ナツがクリューを庇うようにして、部屋を出ていく。それを引き留めようと手を伸ばしたのは魔法少女だった。

「あ、待っ――」

「行かせねェよ」

 追いすがる彼女が制止の言葉を切ったのは、他でもない。

 その瞬間踏み込んだスプートニクの拳が、みぞおちに入ったからだ。利き手でのそれではなかったから渾身とは言い難いものであったが、数歩よろめいたところによると、それなりには効果があったらしい。だが正直なところ、衝撃自体が与える影響はどうでもよかった。

 魔法少女を襲ったのは、物理的な痛みだけではなく。

「いっ……ギャァァアァァァァァっ!?」

「アッハッハッハッハッ!」

 突如部屋中を響き渡った絶叫に、スプートニクは思わず声を上げて笑った。

 魔法少女は足から力が抜けたように、突然その場に膝をつく。そのときスプートニクは、彼女が今子供の姿をやめてくれていたことに、些かの感謝を覚えた。――これならば、欠片の良心も痛まない。

「痛いか? 熱いか? 残念ながら俺には魔力というものがなくてねェ。どういったものなのか、よければ教えてくれないか――『体内から無理やり魔力を奪われる感覚』というのは」

「てめ……何を……何を、ッ!」

 左手の指輪に嵌った緑の石が、まるで意志あるようにヌルリと光る。――想像以上の、効果である。

 荒い息に目を血走らせ、床から彼を見上げる青年の姿の魔法少女。ナツはその顔を評して「スプートニクに似ている」と言ったが、あの女の目には蛆でも湧いているのだろうか、いったいどこが似ていると言うのだ。例えばそれが自分なら、こんな負け犬のような顔はしない。

 黒一色だった髪に灰が、白が、茶が、金がまだらに混じり、姿が保てなくなっていく。

 魔法少女を自称するこの魔法使い。しかし――この青年の姿は言うまでもないことだが――あの可愛らしい少女の姿もまた、魔法の産物であることは明らかだった。光の加減で色を変える白も青すぎる瞳も、いずれも自然の人間に見られる現象ではない。

 であるとすれば、その正体は。どれだけ醜いものなのだろう?

 スプートニクは、腰の物入れからざらりと幾つもの宝石を取り出した。原理こそ不明なれど指輪のそれと同じ効果を持っていることに気付いたのだろう、這いつくばった魔法少女がびくりと震える。その怯えようも滑稽で、笑みが腹の底から湧いて止まない。

「うちの店をここまで虚仮にしてくれたサービスだ。存分に振舞ってやるよ」

「や、やめ、やめ――」

「正体見せろ、クソガキがァ!」

 苦痛に涙を浮かべ、懇願する情けない自分の顔に、同情など到底覚えるはずもなく。

 スプートニクは、握った数多の宝石を、惜しむことなく撒き散らした。




■お知らせ

 区切りがあまり良くなかったので、明日(4/6日曜)に7-5を追加したいと思います。

 変則的ですみません。よろしかったらお付き合いください。


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