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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅱ 魔女協会
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7-2(3/22追加)




 店内中にりんりんころころと鳴り響くオルゴールは、まるで劇伴かのようだ。

 初め見間違いかと思うほど小さかったその光は、床にたどり着くと少しずつ膨れ上がる。閃光弾とするには勢いの弱い正体不明のそれに、下手に手出しも出来ず、ただ眺めていると、光のうちから声がした。

「一筋の光携えて、闇に瞬く白き魔女。群れを離れた孤独の中、一人戦う謎の美少女――」

 大きく膨れ上がった光はやがて、朗々と響く口上に応じ収束し、やがて人の輪郭を形作っていく。はっきりとした形を取ったのはまず足先だった。それから膝、スカート、マント、上半身――最後に頭部。纏った大方の色は前回同様目に痛いほど白く、ただやはり瞳だけは狂おしいほど青い。

 そうして現れた魔法使いは、右手を天に高く掲げ左手を腰に当てると、にっこり笑って派手にウィンクをし、前口上を締めくくった。

「――魔法少女ナギたん、素敵に華麗にただいま参上!」

 まるで何かの子供向け小説でも読んでいるかのような登場の仕方に、思わず呆れを覚える。しかし彼女自身は年相応にというべきか、その有り様がとても優れていると信じて疑っていないようで、恥じた様子は欠片もなかった。

 自称、魔法少女ナギたん。スプートニクに怪我を負わせ、従業員を泣かせと、先日散々当店を馬鹿にしてくれたその小生意気な小娘が、そこにいた。

 スプートニクは腕組みをしたまま、吐き捨てるように告げる。

「予告時刻ぴったりの登場、ありがとうよ。そのまま来ないでくれたほうがもっと有り難かったんだが」

「うふふ。喜んでもらえて嬉しいな、時間には正確な方なんだ」

 皮肉を皮肉とわからなかったわけではなく、わかった上で敢えて笑って見せたのだろう。それもそれで腹の立つ子供である。

 しかし彼女の笑みはそれほと長く続かなかった。「ところで」の一言と共に、魔法少女の瞳が動き、機嫌の良さそうだった表情がさっと歪む。そしてまるで吐き捨てるように、彼女がスプートニクへ言うことは。

「なんで、こいつ、いるの」

「今日こそ捕まってもらうわよ、魔法少女ナギたん!」

 二人の視線の先、イラージャは、びし、という擬音が似合いそうな様子で魔法少女を指さした。生真面目を拗らせた瞳に灯る力強い意志は、魔女協会員としての誇りかそれともただの意地か。その手にはスプートニクにも見覚えある札が数枚握られている。

 魔法少女は眉を寄せ、唇を歪め、苛立たしげに髪を掻いた。「参ったな」と心底困ったようにぼやく様子からするに、どうもイラージャを苦手としているのは本当のことらしい。

「ま、彼女のことだ。今回もいるかなと思ってはいたけどさ……捕まれと言われてハイわかりましたと答える怪盗がいるかねェ」

 いかにも面倒だ、といった様子で魔法少女。呆れたように大きく首を振ってから、彼女が構えた札を睨む。

「それに、その札。僕には効かないことがわかっているだろう。頼むから、余計な行動は謹んで頂けないかな」

 それは諭すような口調だった。母親が聞き分けない子供に言い聞かせるのにも似ている。

 しかし宿敵の説得など、いったい誰が聞くものか。落ち着かせるどころか、自身の未熟をあざ笑われたように思ったらしいイラージャは、怒りに頬を赤く染め、ハンドバッグから更に数枚札を取り出すと、高らかに吼えた。

「前がそうだったからと言って、今日もそうとは限らないわ! やってみなければわからないでしょう! ――覚悟!」

「ちょ、ちょっと! ちょっとイラージャ、ま、待っ」

「問答無用!」

 狼狽える魔法少女、しかしイラージャはお構いなしに握った札をまっすぐ前に突き出した。そして彼女に向かい走りだし――かけて。

「きゃっ」

 足が縺れた。

 そこからの一瞬は、きっと当事者イラージャにはとても長い時間に思えたろう。もしかしたら走馬灯を見ていたかもしれないし、慣れないパンプスなど履いてこなければよかった、と後悔していたかもしれないが、その辺りはスプートニクには知る由もない。

 体勢を崩した彼女が札を放り棄てなかったのは、魔法使いとしてのプロ根性か。だがそのせいで、支えとなる何かを掴むことは出来なかったようだ。転んだ勢いを殺すことなく、頭部がまず陳列棚の強化ガラスに当たり、やがて床を打ち、いずれも、ごいん、と派手な音がして。

 そのままイラージャは、泡を吹いて動かなくなった。

「あー……」

 目の前で突然始まりそして終わった、一連の非常に良く出来た間抜けな光景に、流石のスプートニクも言うべき言葉も見つけられず――

 ――しばしの沈黙、のち。

 ぴきゃー、という、間延びした奇妙な声が店内に響き渡った。

 その正体はすぐに知れる。目の前の光景を現実のものと認識した魔法少女が上げた悲鳴だ。目を剥き口をあんぐり開けて腕を突っ張らせ、不幸にも伏した女魔法使いを見つめている。

 やがて魔法少女は我に返ると、勝手に騒いでいる魔法使い二人のやりとりについていけぬままただ立ち尽くしているスプートニクへ向け、両手を大きく振った。

「ちょ、ちょっ、ちょっとごめんね! ちょっと待って! 今なしだからね、今なしだからね! ……イラージャ! イラージャ大丈夫、イラージャ!」

 目を回したままのイラージャに駆け寄り抱き起こすと、慣れた様子で触診を始める。

「呼吸は……問題なし。うん、うん……こぶが出来てるだけだね、うん、回復魔法……」

 ぶつぶつと呟きながら、右手を彼女の額にかざす。ふわふわと出てきた白い光は、彼女の側頭部に染み込んで行った。それに伴って、うなされていたイラージャの様子が落ち着いて行く。しばらくすると、くう、くうと落ち着いた深い寝息が聞こえてきた。

 不意に魔法少女が、何か茶色い大きなものを掲げてスプートニクに見せた。どこかで見覚えがあるなと思ったが当然だ、それは営業時間外、陳列棚に掛けている布である。棚の下に丸めて収めておいたのを引っ張り出したようだ。「悪いんだけど」と恐縮したように口を開いた。

「ごめんちょっと、この布、借りていい?」

「構わねェけど、寝かせるならそっちのソファ使えよ」

「あ、それじゃお言葉に甘えて……」

 ご迷惑おかけします、と馬鹿丁寧に一礼をすると、イラージャを背負って応接用のソファまで連れて行く――身長差のせいでイラージャのつま先はずるする引き摺られていたが。この少女にそれほど力があるようには見えないから、恐らくは何かの魔法を使っているのだろう。

 魔法少女は、ようやっとイラージャをソファに寝そべらせると大きくため息をついた。

「ごめん、お待たせ。……ええと……あっそう、うん、喜んでくれて嬉しいな!」

「仕切り直し、雑だな」

「ほっといてくれないかな!」

 指摘すると、裏返った声で叫んだ。涙交じりのため息を、もう一度吐く。

「だから嫌なんだよ、この子。僕、出来るだけ関係者に怪我とかさせないように立ち回ってるのにさ、勝手に自滅するんだもん……君も何で立ち合わせるかなァ、もうちょっと考えてくれないかい」

「あァ成程、気合入れ過ぎて空回りする系統の人間か、こいつ」

 魔法少女は彼の言葉に「その通り」と答えた。がっくりと肩を落とし、半泣きで。

 以降もブツブツと、彼女のせいでいかに自分がどれだけの案件で肝を潰したか、また冷や汗をかかされたか愚痴を零し続ける。あれもそうだった、そういえばあのときも、あれは彼女のせいとは言い難いがしかし要因の一つとして――そんなことを語り続ける魔法少女は。

 彼の目には酷く、隙だらけに見えた。

 今しかない、か。言葉にせずに呟いて、息を細く、長く吸う。右手を尻のポケットにやるが、先日傷ついたはずの右肩に、それほど負担は感じなかった。上々だ。

 後ろ手に引き抜いたものは鏨一本。一昨日壊したものの代わりに購入した、まだ新品同様のものだ。スプートニクはそれを、彼女に気づかれぬよう低めの位置で構えた。

 だがそれが、彼の手を離れた瞬間。

 同時に魔法少女の青い瞳が彼を見て、奇襲は無駄だったことを悟る。魔法少女はダンスのステップでも踏むかのように軽やかに後方へ跳んで避け、彼の投げた鏨は木目の床に突き刺さった。

「やだなァ、先日のあれで学習しなかったのかい? 大人しく降伏しておくれよ」

「そりゃこっちの台詞だ」

 新たに右手に罫書き針と金属箆スパチュラを握り、後退する彼女を追うように更に一歩踏み込む。と、先程投げた鏨がふわりと浮いた。焦点をずらして魔法少女を見やると、彼女は面白そうに笑って「前回と同じ轍を踏みたいのかい?」と言う。

 嘲るようなそれ、しかしその一言で、次に魔法少女がどう来るのか予想がついた。スプートニクは腰を少し落とし、空いている左手で陳列棚の下部引き出しを開けると、中からチェーンを一本取り出す。比較的長めのネックレス用ゴールドチェーンである。それを鞭のように勢い良く、飛び来た鏨に向けて振るってやると、チェーンはばちりと派手な音を立てて鏨にぶつかり、絡みついた。チェーンに締めつけられた鏨は勢いを失くし、軽い音を立てて床に落ちる。高く跳んだ魔法少女を追って、スプートニクも陳列棚に飛び乗った。宝石を守る強化ガラスは人が一人乗った程度では傷一つつかない。今度は上手うわてで罫書き針を投げる。しかしそれも、彼女は苦もなくひらりと避けた。針は強化ガラスに当たって落ちる。

 店内はそれほど広いとは言えず、逃げる敵を追い込むにはそれほど苦のない場所である――はずだったが。狭い店内をちょろちょろと逃げ回る魔法少女は非常に厄介だった。的が小さいせいか、飛び道具もなかなか中らない。ならばと肉薄して拳を打ち込もうとするが、それもまた上手くいかない。追われることに慣れた様子で、ひらりひらりとかわしてしまう。

 何発目かの拳を避けられスプートニクは、接近戦も得策ではないと悟り、距離を取るため陳列棚から飛び降りた。それではどうするのが懸命か、考えながら目の前に落ちていた箆を拾い上げ――直後、違和感を覚えた。

 ――動かない。

 左足が攣った。先日受けた傷の影響だろう。

 立ち上がるのが遅れたのはたった一瞬。けれど魔法少女はその一瞬を見逃さなかった。

「鬼ごっこも飽きた。そろそろお終いにしようかな」

 声を受け、はっと顔を上げる。彼女は陳列棚の上からスプートニクを見下ろしながら、人さし指を頭の上に掲げていた。

 彼女はくふふ、と笑った。甘ったるく鼻にかかった、苛立ちを煽る笑い方。同時に指の先からほろほろと零れ落ちた光の粒が、何もないはずの宙を伝ってスプートニクの元にやって来る。痛む左足で無理矢理背後に跳んだがさほどの抵抗にはならなかった。追い払おうとチェーンを振るうが叶わず、どころか光は逆にチェーンに纏わりつく。

 早くチェーンを捨てるべきであったと気付いたときには、遅かった。

 光を吸ったチェーンは彼女の力を受けてみるみる形を変えていく。白い光を纏い、膨れ、長く伸び――やがて巨大な金色の大蛇へと変貌した。

 彼女は少女のものとは思えぬ低い声で、大蛇へと命令する。

「そいつを拘束しろ」

「ふざけ――」

 魔法だか何だか知らないが、生き物ならば刃物が効くだろう。元の素材が金属だとしてもペンチなら。そう思い右手をポケットに伸ばすが、魔法の効果か、手足もない癖に大蛇の動きは相当に素早く、彼が何かをするよりも大蛇が彼の体に巻きつく方が遥かに早かった。

 魔法少女は陳列棚からふわりと降りた。マントを翻し、拘束された彼の目の前まで歩いてくるとスプートニクの顔を覗き込み、人の神経を逆撫でする笑みを見せる。

「毒蛇だ。死にたくなければ僕の問いに正直に答えるといい」

「死ぬのが怖くて商人なんぞやってられるかねェ」

 全身を蛇に縛られたまま、ニタリ、と笑ってみせたのは単なる痩せ我慢だ。けれどそうせずにはいられなかった。売り言葉に買い言葉のつもりだったから、死ぬのが怖い商人なぞざらにいるだろうが。

 それがわかったのだろう、魔法少女は呆れたように肩を竦めた。

「君は傭兵にでもなった方がよさそうだ。ま、いずれにせよ身動きは出来なかろうがね。さて、お宝を頂きたいんだけれども」

「今日の商品はここに並んでいるのですべてだ。あとは未加工の物しかない」

 大蛇の重みに耐えかねて、壁を背に座り込みながら告げる。

 その言葉にほぼ嘘はない。しかし彼女は「何を言っているんだい」とくすくす笑った。

「君も気づいているはずだよ。だから聞かなかったのだろう? ――僕が狙った君の『お宝』はこんなものではないはずだ」

 腰を折り、顔をスプートニクに寄せて、囁いた。青い瞳の瞳孔が少しばかり収縮しているように見える。

 魔法少女はやはり老婆のような鬼気迫る声で、彼に『宝』の在り処を問うた。

「彼女をどこへやった?」

 スプートニクは、腹の底で呟いた。

 ――やはり、それか。

「彼女?」

 通用するとは思えなかったが、空とぼけるように言ってみせる。

「何のことだ、うちの従業員のことか。あれなら今朝、暇を出した。数日間郷里に帰した」

「嘘をつけ。傷ついた君を身を挺して庇うような彼女が、この非常時に、怪我人の君を置いて自分だけ避難できるものか」

 その口ぶりではまるで自分は人質ではないか。屈辱に血が上りかけるが、ここで冷静を失っては元も子もない。熱を帯びそうになる頭を必死で耐える。

「早く答えろ。でなければ蛇の毒が君を殺すよ。――僕は野郎に興味はないんだ」

 首筋にくすぐったい感触がした。蛇の口でも触れたか、温もりはない。

 けれどスプートニクは無言を貫く。女尊男卑の青い瞳を平然と見返し、恐れなどないことだけは頑なに主張して。

 睨み合いに先に飽きたのは、魔法少女の方だった。

 つまるところ物騒なのは口先だけで、無用な殺しをするつもりはなかったのだろう。スプートニクに口を割る気がないと悟ると、彼女は「まったく、意地っ張りめ」と肩を竦めた。

「まァ、いい。どうせどこかに隠しているのだろう、探させてもらうよ。……お、これはいい。もう一体、保険を掛けておこう」

 彼女が見つけたのは、カウンターの中に入れてあった、暇潰し用のシルバーワイヤー。それをひと撫ですると、そちらは銀色の大蛇に変貌する。

 大蛇は宙を飛んでくると、やはり彼の体に巻きついた。

「僕が用事を済ますまで、そいつらと精々遊んでいるといい」

 魔法少女はスプートニクに背を向けると、宝石加工室の戸を開けた。「待て」と叫んだ制止の声も、彼女は聞こえないふりをする。

 やがて加工室の戸は閉まり、店内に静寂が、否、落ち着いた寝息だけが満ちる。ソファに横たわった彼女の名を呼ぶが、深く眠り込んでいるらしく、寝息が乱れることはない。きっとあの子供が何らかの魔法をかけたのだろう。

 腹に満ちるこの感情は、果たして誰に対するものか。

 自身でも判別がつかぬまま、スプートニクは左手をそっと握り込んだ。







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