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昨日スプートニクが、急ぎで出した手紙。それはクルーロル宝石商会の、スプートニク宝石店の管理担当者宛てだった。
小包に括り付けられ届いた封筒の一辺を鋏で切って開けると、中からは数枚の便箋が出てきた。『スプートニク宝石店店主 スプートニク様』と始まった文章は、時節の挨拶もなしに淡々と要件だけが認められている。走り書きに近いほどの荒れた筆跡からするに、それは息災であることを疑っていないというよりは、郵便物の一刻も早い完成を目指したと言った方が正しいようだ。
『商会に出入りする魔法使い幾人かに話を聞いてみましたが、魔法少女の話は、「聞いたことがある」程度の話しか仕入れられませんでした。調査をするには時間が不十分過ぎます。出来ますればもう少しの猶予を頂きたかった』
「俺に恨み言を言われても、困る」
思わず呟くが、便箋は一息も置かず、次の言葉を続けた。
『現時点で魔法使いへの対処として考え得るものを郵送させて頂きます。願わくば、これが効力を現しますことを』
そう本文を締め括り、そして改行。クルーロル宝石商会と管理担当者の署名が認められ、それを最後に手紙は終わっていた――いや。
『追伸。何事も、程々に』
釘を刺すように認められた最下段は、無視をした。
箱を開けるとまず一つ出てきたものは、『最重要』と赤で書かれた封筒。何かと思って開けてみると中には一枚の紙が入っていた――『請求書』。金額の隣には「魔法使い対処用品代として」と但書がされていた。そんなもの、差出人にとっては重要でも、こちらにとっては二の次である。元のように封筒に戻すと、脇に置いた。
その下にはまた、封筒が入っている。しかしこちらは少々様子が違い、中から出てきたものは札のようなものであった。何やら不思議な文様がつらつらと踊っている。ただし一番下に入っていた便箋だけはスプートニクの知る言語で書かれていた。先ほどの手紙と同様の筆跡で、『こちらは魔法使いが魔法を使うに不可欠な『加護』を遮断する札です。犯罪行為を働く魔法使いの捕縛等の際、対象を無力化するための道具として広く一般的に使われます』。
しかしそれは、恐らくイラージャの言っていた――スプートニクは思わず唸り声を上げた。「それは、効果がないんだ」と呟くが、遠く離れた商会支部へそんなものは伝わらない。
『魔法少女ナギたん』を名乗る謎の魔法使いに窃盗予告を受けたというだけしか情報のない手紙一通で、的確かつ効果的な対処法を教えてくれというのは流石に虫のよすぎる頼みであったか。項垂れながら、箱の中に手を伸ばす。と、まだ何か入っていた。小箱が一つ。
何だろうと取り出し開けたその中には、やはりまた手紙が添えられていた。さほど期待せずに開けたそれであったが、他でもないそちらこそに、スプートニクの希望へ応える文章が添付されていた。
『先の札が効果を為さなかった場合の為、理論上効果を示すと考え得る道具を取り急ぎ作成しました。ただしこちらはあくまで私個人の独断で設計・作成・試験したものであり、作成に当たって魔女協会の許可も取得してございません。くれぐれも徒にお使いにはなりませんよう。また魔女協会と宝石商会にはくれぐれもご内密に』
続いて、その『理論』とやらが簡潔に書かれている。二度ほど繰り返し読んで、思わず笑みが漏れた。まったくうちの管理担当者は、この上なくいい女である。
スプートニクは、符とそれに同封されていた説明書きを、丸めてゴミ箱に放った。請求書には符の代金も含まれているのだろうが、急を要するとして用意させた品が返品できるのか甚だ疑問であったし、そうであれば敵に効かぬ武器を取っておく道理はない。そして小箱の中に収められたものを取り出そうとした――
が、それを遮るようにしてドアベルが鳴った。
顔を上げ、入口扉を見る。しかしすぐにまた手元へ視線を落としたのは、やって来たのが客ではなく、また特別会いたいとも思わない人間だったからである。
「へいらっしゃい」
「アンタちょっとは接客する気見せたらどうなの」
これ以上ないほど意欲の欠如した挨拶を答えてやると、訪問者ナツは相変わらず小憎らしい様子でそう言ってきた。
「って言ったってお前、買い物に来たわけじゃないんだろう。何の用だ」
「これ」
尋ねると彼女は、鞄から幾枚かの紙の束を取り出し、スプートニクへ差し出した。かっちりした手書きの文字が躍っている。ナツの筆跡。スプートニクは手紙を小包の中に無造作に戻すと、その紙束を受け取った。
「市役所のリアフィアット市滞在記録から、ここ数年の魔法使いの訪問記録を写してきたの。でも、怪しいものはなかったわ。あの魔法使い、訪問に偽名でも使っているのかしら」
もしくは魔法を使って違法に侵入したか、だ。しかし、
「こんなもの、勝手に複製していいのか」
「煩いわね、駄目に決まってるじゃない」
胸を張って言えることでもないと思うが、何にせよ。
記録には、訪問者名と訪問日、滞在日数、滞在理由が認められている。が、その件数は、スプートニクが予想していたより幾分多かった。
「リアフィアット市って、魔法使いの訪問者、こんなにいるのか」
「ここ半年で急激に増えたみたいね。その前見てちょうだい、年単位でいないから」
「……確かに」
一枚めくると、下の用紙は半分以上白紙だった。リアフィアット支部の設立に関し、下見でも行っているのだろうか。現にここ半年の滞在理由の多くは『実地調査』になっているし、と近日の記録欄を眺めていて、不意に気づく。
「ここらへんの何件か、滞在理由『警察局訪問』ってあるぞ。お前、魔法使いは二、三度しか会ったことないって言ってなかったか」
特に責めるつもりはなかったが、ナツの方はそう取らなかったらしい。もしくは自身でも気にしていたのか。彼女は不快そうに唇を歪めると、「仕方ないじゃない」と呟いた。
「ちょうどその頃忙しくて、誰が来てるかなんて逐一気にしてなかったもの」
「忙しかった?」
「嫌だ、もう忘れたの」
問い返す――が、そんな必要はなかったのだとすぐ気付けたのは、それを受けた彼女が驚いた表情をしたからだった。彼自身、そこまで記憶力は悪くない。
しかし。二人がそれについて話し始めるより早く、バタン、と大きな音がした。ドアが開いた音だがドアベルが鳴らなかったことを思うに来客ではない。そもそも入口扉とは方向が違う。音の方向を見ると、『従業員専用』の戸が開いていた。
「スプートニクさん!」
そしてそこに佇んでいたのは、あの魔法使いの様子を見に行ったはずのクリュー。
二階で何を話し合い、またどのような結果に落ち着いたのか、行ったときの様子とは少々様子が異なっている。それはさながら、臨戦態勢、といったところか。
ふんっと荒い鼻息を吐いて胸の前で拳を作り、その様子のまま叫ぶことは。
「イラージャさんと協力して、あのふざけた魔法少女を捕まえて、市中引き回しの上打ち首獄門で、生きたまま魔女協会さんに引き渡してやるのです!」
「打ち首されて生きてる人間は見たことないぞ」
どこでそんな言葉を覚えてきたのか知らないが、流石の魔法使いも頭を切り離されては回復できまい。
けれど彼女はスプートニクのそんな指摘もどこ吹く風で、目端をきっ、と吊り上げたまま、両腕を大きく広げた。――アリクイの威嚇は確かこんなようだったなと、どうでもいいことを思い出す。
「恋する乙女は無敵です!」
発言の意味は不明だが、察するに、どうもあの女魔法使いに対し何らかの仲間意識を持ったらしい。両腕を大きく振りながら鼻息荒く「粛清です!」「殲滅です!」と苛烈なことを吐いてから、またばたばたと二階に戻って行った。
「どうしたの? あれ」
そしてスプートニク以上に困惑しているナツが、クリューの消えて行った戸を力なく指しながら彼を見る。知ったことか、と言いかけてしかしやめた。
理由などわからないが、わからないなりにわかったことが一つある。スプートニクはそれを、呆れとともに吐き捨てた。
「……面倒くさいことになった」
恋だの愛だの、量りようがないものを尺度とする人間は、大抵の場合、面倒くさい。




