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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅱ 魔女協会
13/277

2-3




 魔法使いを名乗る奇妙な二人組が帰路につき。

 誰もいなくなった店内でなお扉を睨んだままのスプートニクへ歩み寄ると、クリューはそっとティーカップを差し出した。

「紅茶です。少し、ブランデーを混ぜてあります」

「馬鹿。これから店開けるんだぞ、酒飲めるか」

「ほんの少しですから大丈夫ですよ。スプートニクさん、落ち着いていないみたいですから」

 言われてようやく、自分の表情が強張っていることに気付いたようだった。驚きに目を見開いた後、疲れたように俯くと、カウンターの椅子に腰を下ろす。ティーカップを取り上げると一口啜り、まるで溜息のように呟いた。

「旨い」

「ありがとうございます」

 礼を述べ、クリューもまた自分のカップを傾ける。こちらにアルコールは入れていないが、茶自身の持つ温もりが腹を温めてくれる。

 温かさは人に安心を齎す。それがスプートニクを癒せばと思いながら淹れた茶だったが、その思惑はどうやら成功したようだ。彼の眉間の皺が幾分か和らいだのがわかった。

 やがて飲み干して、空いたカップをクリューに返す。それからまたあの魔法使いのことを口にしたが、それは怒りというよりは、単なる愚痴のようであった。

「あの男、腹が立つ」

「ソアランさんですか」

「俺が協力を断ることを見越していたようだった。胸糞悪ィ」

 彼がそう言ったことに、クリューは些か驚いた。腹の探り合いでこの性悪店主と渡り合う者はなかなかにして珍しい。

「とはいえあの魔法使いに関しては、何事もなく帰ったのだからよしとしよう。残る問題はあの、よくわからんコソ泥だが――」

 そのとき不意に、ドアベルが鳴った。

 スプートニクが椅子から腰を浮かし、クリューの盆を支える手に力が入る。本来ならば客を迎える挨拶と、まだ準備中である旨を伝えなければならないが、身構えていて声が出そうにない。今度は誰が?

 警戒する二人の視線の先、開いたドアから入ってきたのは、

「おはようクリューちゃん、今日も日課のパトロールに来たわよ……って、何事?」

 誰ということはない、顔見知りの警察官でありクリューの友人、ナツだった。

 店内のいつにない緊迫した様子に、ぎょっとしたように目を剥く。しかしそんな彼女と対照的に、スプートニクは気が抜けたような表情をすると、再び椅子へ腰を下ろし、呟いた。

「なんだ、ナツか」

「何だとは何よ、ご挨拶ね」

「いや。入ってきたのがお前で良かったよ」

 喋るのも大儀だとばかりに、気怠そうな様子で手を振るスプートニク。しかしその返答に、ナツの怪訝の色はますます濃くなる。

「あんた、熱でもあるの?」

「安心しろ、そう思った俺自身も驚いてる」

 心底疲れ果てた様子のスプートニクに、ナツは意味が分からない、と言いたそうに首を傾げる。それはそうだろう。犬猿の仲であり、顔を見れば文句或いは喧嘩をするのが日常である二人だというのに、今日に限って「お前で良かった」とは。

 明日は槍でも降るのかしら、と窓の外を伺うナツ。しかしつまるところスプートニクは、それだけ魔法使いを嫌っているということだ。首を傾げ、クリューはナツに問いかけた。

「あの、ナツさん。ナツさんは『魔法使い』って知ってますか?」

「魔法使い? 知ってるわよ。あの、トンデモ能力使う集団でしょう」

 青く晴れ渡った空を見ていた視線をクリューに向け、ナツは言った。それを受けて、カウンターに肘をついたスプートニクが問う。

「実際に会ったことは?」

「そうね、二回か三回くらいかしら。リアフィアット市内で会ったことはないわ。あいつら、東は嫌いなんだって聞いたことあるけど」

「大陸の西の端に協会本拠地があって、そこから離れれば離れるほど魔法使いの行使できる力は弱まるんだそうだ。そのせいで、大陸中央以東にはあまり来たがらない」

「詳しいのね」

「元、旅商人だぞ。俺は」

 知らぬわけがあるかといった物言い。クリューは彼が自分と出会うまでどのあたりをどう旅していたのかは知らないが、その口ぶりからするに、恐らく大陸全土を渡り歩いていたのだろう。

「で、その魔法使いがどうかしたの?」

「さっき、うちに来た」

 吐き捨てるスプートニクは、理不尽に怒られ拗ねた少年のような表情をしていた。ナツはそれをからかうだろうか、と思ったがそうもならず、どころか珍しく彼女がスプートニクに同情するようなことを言ったのだから、クリューは些か驚いた。

「げ。それは御愁傷様」

「ナツさんも、魔法使いさんはお嫌いですか」

「嫌いというか……あまり警察局と相容れる存在ではないわよね。異質な力を使う集団だもの」

 困ったように眉を寄せて頬を掻く。差別は良くないとわかっているが、素直に歓迎はし難いといったところか。

 しかし、とクリューは思う。たった数例の魔法使いを見ただけで、すべての魔法使いを敵と決めつけてしまうのは如何なものだろう?

「でも、魔法使いさんみんながみんな、悪い人ばっかりなんて思っちゃうのは失礼です。きっと、いい人だって中にはいますよ」

 するとナツとスプートニクが、同じような困った表情で視線を交わした。どう説明したものか、といった顔だ。

「そう、ねえ……」

「あのな、クー……」

 しばし後、ナツは曖昧な笑顔を作り、対してスプートニクはやはりまだ苦い顔。そんな二人に更に言葉を重ねようと、口を開く。

 だがそれより早く、クリューの意見を後押しする声があった。

「そう、彼女の言う通り。一概にどうと語るのは良くないよ、魔法使いと言えど志向は様々だ」

「そうは言うがな――」

 スプートニクが、そうして言いかけた口を閉じたのは、恐らく、彼を批判したその声が、クリューのものでも、ナツのものでもなかったからだろう。

 扉が開く音は、しなかったはずだ。

 スプートニクは即座に椅子から立ち上がり、声の発生源を見やる。それは店の中央ほど――クリューも追ってそちらに視線を向ける、とそこには。

 歳は十を越えたくらいか、一人の少女が立っていた。

 細い四肢と愛らしい顔貌。肩口で切り揃えられ、さらりと流れる髪の色は白だが、光の加減で青が混じる。天然で有り得ないのは一目瞭然であった。大きな瞳はサファイヤを埋め込んだかのような見事な濃青で、人の目を奪う。大きく丸い銀縁の眼鏡はファッションらしく、度は入っていないようだった。

 膝丈の白いドレスと、同じ色のマントを羽織った少女。いつの間にやら全員の死角に立っていた、まったく異様なその子供に、警戒感を隠すことなくスプートニクは尋ねた。

「誰だ」

「あれあれ? 寂しいなァ。僕のお手紙、読んでくれなかったのかな?」

 顎に人さし指の先を当て、小首を傾げながら彼女は言った。

 斜に構え、唇を人を馬鹿にするような笑い方に、スプートニクの頬が強張るのが見えた。ああ、苛立っている、とはらはらしていると、彼の視線がクリューを見た。目が合ったことに驚くが、その視線はすぐに横に移動し、ナツに言う。

「ナツ。クーを」

「ええ」

 頷くとナツは、クリューの脇に来て肩に手を置いた。何か不測の事態が起きたとき、クリューをすぐ逃がせるようにということだろう。自分の身は自分で守れる、補助などいらないと振り払いたかったが、生憎ともう膝が震えはじめている。クリューはぎゅっと固く拳を握った。

 片手を腰に当て、壁に寄りかかりながら、スプートニクはその少女に尋ねた。

「お前が『魔法少女』か」

「ナギたん、って呼んでほしいな。美少女魔法使いナギたん、でもいいよ。どうぞ宜しくお見知り置きを。そして以後もご贔屓に」

 そしてばちん、という擬音が似合いそうなウィンクをした。非常に自然な仕草で、慣れた様子が見受けられたが、そんなものはクリューたちにとっては何の助けにもならない。

 スプートニクがそっと、腰に左手をやるのが見えた。魔法少女からは死角になって、見えていないはずだった、が。

 魔法少女は片眉を跳ね上げ、嘲笑うように頬を歪める。

「あァ、下手な抵抗はしないほうがいいと思うよ。僕は『規格外』だ」

「抜かせ」

 しかし彼は怯まなかった。ばれてしまったのではと開き直ったのか、強い音を立てて一歩踏み込み、手に取ったものを投擲した。

 放たれたのは、万年筆、たがね、コンパス、金切かなきばさみいずれも彼の愛用の道具で、そして孰れも先端の尖っているものだ。彼の手から放たれたそれは凄まじい速さで魔法少女のもとに飛んでいく、しかし。

 それが魔法少女に危害を加えることは、残念ながら、なかった。

「えっ」

 目の前で起きた奇怪な現象に、声を上げたのはナツだった。クリューは驚きに、声さえ出なかった。

 スプートニクが怪訝に眉を顰める。魔法少女は反対に、したり顔で笑った。

 ――放たれた凶器はすべて、彼女に触れる直前、空中で静止したのである。

「残念」

 更に。魔法少女の『芸』はそれだけで終わらなかった。

 驚く彼らの目の前で、見る間にくるり、と四つの切先が回転し――向いた先には、スプートニクがいた。うち三つが彼の放った勢いのままに、持ち主のもとへと戻っていく。

 無造作に振るった腕で叩き落とせたのは、万年筆一本だけだった。

「スプートニクさん!」

 二本の凶器が彼の右肩と左腿に刺さる。

 激痛であったろうに、彼が悲鳴を上げることはしなかった。その場に膝をつくことと合わせて、それらは彼のプライドが許さなかったのか。

 腰を折りながら壁に寄りかかって、右肩を押さえ、苦しそうに表情を歪める。

「――どうして」

「どうしてこんな東の果ての場所で、これほどの魔法が使えるのかって?」

 魔法少女は両腕を広げ、毒々しく笑った。

「言ったろう、僕は『規格外』だ。勝手に自身の足に枷など嵌めている、頭の悪い奴らと一緒にしないでおくれ。さて」

 とどめを刺しておこうかな。意味に似合わぬ明るい声で、魔法少女が言った。

 そして虚空に残った一本のコンパスが、宙でくるりと回転する。その先がスプートニクを向いた瞬間に、クリューの頭の中で何かが爆ぜ――

「やめて!」

 叫んだのは、まったくの無意識であった。

 けれど体は勝手に動いていて、自分でも気づかぬうちに、クリューは魔法少女の前に立っていた。彼女の視界からスプートニクを消そうと両腕を大きく広げる。

「クリューちゃん!」

「やめろ、クー!」

 魔法少女の向こうからナツが、自身の背後からスプートニクの静止の声がするが、構わない。まさか従業員クリューが出てくるとは予想していなかったのか、ただ目の前で驚いたように瞬きをしている白髪の少女を、クリューは真っ直ぐに睨みつけた。

「スプートニクさんに、酷いこと、しないで」

 これ以上何かしたら、許さない。

 吐いた言葉は、自分でも驚くほどに低かった。自分に何が出来るのか――出来ることなどないことはわかっていたが。それでもこれ以上彼に何かをするのなら、魔法少女の指を食い千切ってでも止める気でいた。

 四肢が震える。涙が零れそうになるが、泣いたら負けだ。負けてたまるものかと、目に力を入れ歯を食いしばる。

 そうしている時間は、それほど長く続かなかった。

 突然背後から強く引っ張られ、クリューはその場に尻餅をつく。痛みに思わず目を瞑ると、その瞬間、正面に影が現れた。慌てて顔を上げようとするが、上から頭を押さえつけられ叶わない。抵抗できずにいると、そのまま影に固く抱きすくめられた。

 思わずパニックになりかけたそのとき、耳元で「動くんじゃない」と声がした。魔法少女から守るように彼女を抱えたのは、他でもないスプートニクであった。

 彼の肩越しに、クリューは魔法少女を見る。彼女は肩を竦めてにっこりと笑った。

「今日は挨拶に来ただけだ。君たちが何もしなければ、僕だって何もしないよ。――あァ、見目麗しい警察官のお嬢さん。お願いだから、君も余計な行動は慎んでおくれ。女の子に手を出すのは好きではないのだ」

 魔法少女の背後で特殊警棒を握ったナツが、びくりと震える。それが見えたわけではないだろうが、魔法少女はスプートニクに視線をやり、不快とばかりに唇を尖らせた。

「まったく、嫌われてしまったようだね。君のせいだよ」

「玄関から入ってこない訪問者なんて嫌われて当然だ」

 肩越しに振り返りながら、スプートニクは答えた。

 宙に浮いたコンパスがゆっくりと降りてきて、魔法少女の手の中に納まる。もしや投げ返してくるのでは、と体を強張らせるが、彼女はそうしなかった。手近なガラスケースの上に音もなく置き、言葉を続ける。

「玄関から入ってくる怪盗なんて怪しくもなんともないじゃないか。まァいいや、今日は予告に来ただけだよ。予告状に予定を書き忘れてしまったことを、思い出したんだ。――明後日の昼十二時、予告状に書いたものを頂きに参上致します」

「明後日の、十二時」

「うん。忘れないでね」

 繰り返すと魔法少女は、満足したように笑い。そして右手を高く掲げた。

 と、その指の先から光る滴が出現する。まるでちいさな宝石のような光の粒は、細雪のようにゆるりゆるりと舞い降りて、彼女の頭に肩に降り注ぎ――そうしてやがて光の粒が彼女の爪先にたどり着いたとき。

 自称魔法少女の姿が、消え去った。

 音も、埃ひとつも残さず、まるで、初めからそこには何もなかったかのように。

「……消え、た」

 スプートニクの肩越しに見た光景に、クリューは呆然と、呟いた。

「行ったか」

 呼応して聞こえたのは、吐息のような呟き。

 それを契機としたように、彼女を抱えていた腕から、ずるずると力が抜けていく。彼女の上に倒れ込むのを避けようとしたのか、彼はクリューの肩を軽く押して自身の重心をずらすと、そのまま彼女の左側に転がった。

 鏨のない腕で身を持ち上げ、壁を背にして座り込む。それから彼は天井を見上げ、長く長く息を吐いた。

「す、すぷ、スプートニクさぁぁんっ」

「泣くな、クー。大丈夫だから」

 言われて初めて、自分が泣いていることに気が付いた。

 胸元に縋り付く。と彼は怪我のない左腕を持ち上げた。温かい大きな手のひらがクリューの頭に乗る。自身にもわからぬ大きな衝動に堪え切れなくて、クリューは彼の胸元に強く頬を寄せた。髪を撫でる手が背中に移動して、彼女を安心させるようにさすってくれる。

 やがて窓の外を確認していたナツが、特殊警棒を握ったままやって来た。強張った表情のまま、二人を見下ろし、言う。

「外にはいないわ。本当に、どこか行ってしまったみたい」

「そうか。盗まれたものは?」

「ざっと回った限りでは、ガラスケースの中の商品は全部揃っているように見えたわ。……そんなことよりあなた、その傷、大丈夫なの」

「大丈夫なわけあるか、今どう抜くかを考えてる。それなりに深く刺さってるぞ、あァ、痛ェ」

 鏨の持ち手を指で示し、ここで抜いたら血が吹き出すかもしれないからな、と他人事のように喋る。が、その言葉の持つ意味自体は確かにおおごとである。この程度で済んだからいいものの下手をしたら――最悪の想像が頭をかすめ、クリューの瞳から、また、ぼろぼろと大粒の涙が零れ出した。歯を食いしばるが、もう止められない。

 そんな彼女を見て、スプートニクが苦笑を浮かべる。

「あァ、まったくお前は。泣くなって」

「だって、だって。痛いって。腕、痛いって」

「痛いは痛いが死ぬほどじゃねェよ。彫金始めたばかりのころはよくあちこち抉ってた――いや、始めはそうでもないか。少し慣れてきた頃の方が多かったな、そういう時期の方が調子乗って油断するんだ。……そうだクー、お前は怪我は」

 人のことではなく今は、自分のことを気にするべきだろうに。そう思いながらも、止まらぬ涙を両手で擦りながら、答える。

「なんとも、ないです」

「そうかそうか、良かった。雇い主として、従業員に怪我させるわけにはいかないからな。ただでさえお前は不器用なんだから、怪我のせいで更に不器用になられたら困る」

 負傷した状態でも、我が上司はそうやって一言多いのだ。どうにもならない苛立ちを覚え、クリューは拳で軽くスプートニクの胸を叩いた。

 特殊警棒で自分の肩を叩きながら、ナツは首を傾げて言った。

「で、あなた、どうする気なの」

「どうするもこうするもねェよ」

 床に落ちていた万年筆を拾い上げる。魔法少女の攻撃から、彼が叩き落とした唯一のそれだ。

 インクの滴る銀色を見つめ、彼は楽しそうに笑った。

「魔法使いだか何だか知らんが、貴重な贈り物を二つも頂いたんだ。礼儀として、お返しはさせて頂かないとなァ」

 その瞳はまるで、獲物を見つけた蛇のようであった。




■12/21追記

 再開します。


■お知らせ

 来週(12/7)と再来週(12/14)は次話投稿お休みします。

 次回の投稿は再々来週(12/21)にさせて頂きます。すみません。よろしくお願いします。

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