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宝石吐きの女の子  作者: なみあと
Ⅴ 彼女の想い
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4(Ⅴおわり)



 ――というわけで、家出の計画は実行しませんでした。

 でもいつか、別の機会に、イラージャさんの住む町に行ってみたいと思います。

 そのときは、町を案内してくれたら嬉しいです。




「もちろんです」

 東の町の宝石店で働く、友人からの手紙。そこから遠く離れたこのコークディエ市で言ったところで届くことはないとわかっていながらも、イラージャはつい呟いた。

 手紙の送り主は、少し前に仕事の関係で、大陸東部の町リアフィアット市を訪れたときにできた友人だった。彼女とはそれ以来、ずっと文通をしている。会ったことがあるのは仕事のときの一度きりで、簡単に会いに行ける距離でもないけれど、その際に想い人の話で意気投合したこと、なかなか想いを伝えられない人がいるという共通点が、二人を強く繋いでいた。

 最近彼女がお気に入りだという、可愛いひよこの便箋は、一枚で終わっていなかった。イラージャは人のいない廊下を歩きながら、手紙の一枚めを後ろに回して続きを読む。



 お説教もされましたけど、最後にスプートニクさんは「一人で悩まないでちゃんと言うように」って言ってくれました。「面倒くさい真似すると、余計厄介なことになるってわかっただろう」って言われて、ちょっとぐさってしましたけど、でも、スプートニクさんが私のことちゃんと、気にしてくれてるってわかったことが嬉しくて。

 けっきょく、家出はしませんでしたけど、それがわかったってだけでも、家出してみようって勇気を出してよかったと思います。



 友人の文字は、想い人の名を綴るときだけ、筆跡が少し丁寧になる。他の文字もころころと丸みがあって可愛らしいけれど、その、無意識だろうちょっとの背伸びが、彼女が彼を大切に思っているのだろうことを雄弁に語っていた。

 そしてその文字を見る度に、思う。――自分の手紙は、さて。どうだろう?

 二枚めも、後ろに送る。

 しかし驚いたことに、そこに続いた文章は、まるで彼女の心を読んだかのようだった。



 そういえばこの間、ソアランさんに似た人をリアフィアット市で見かけました。



「しょあっ!?」

 不意に想い人の名を文面に見て、つい妙な声を上げてしまった。聡明で、優しくて、けれど仕事にはとても真面目な、上司の名前。穏やかな微笑みのうちにどこか陰のある様子も、また素敵なのだ。

 歩く速度を下げ、便箋を食い入るように見つめる。文章は、「ソアランさんのお顔がうろ覚えなので(ごめんなさい)、きっと気のせいなのだと思いますけど、世界には三人の似た人がいるって言うし、もしかしたらそのうちのお一人が私の見かけた人だったのかもしれないですね」と続いていた。

 驚かせないでください、とイラージャはため息をつく。リアフィアットは遠い町で、魔法の力も及ばないから、魔法使いであっても馬車で数日かけて行く必要のある場所だ。ここ毎日忙しそうに会議室と副支部長室を行き来しているのを見ているのだから、どうしたらそんなところに行けようか……訂正。友達の住んでいる町に対して『そんなところ』なんて言ったら失礼だ。

 ともかく、彼はこの魔女協会コークディエ支部で、毎日忙しそうに仕事をしている。イラージャは誰よりそれを知っている。だって、いつもいつも目で追っているのだから――

 ――とそんなことを思いながら歩いていたから、不意に現れた影を避けることができなかった。

「わっ」

「ひゃっ」

 廊下の曲がり角で人にぶつかり、手紙が散らばる。すいませんすいませんと頭を下げながら封筒と便箋をかき集めていると、その人が一枚拾ってくれた。

「大丈夫?」

「はいっすみませんっ私の不注意で――ぎゃあっ!?」

 顔を上げると同時、至近距離でその人と目が合った。無理な姿勢で強引に身を引こうとしたせいで、強かに手と尻を打つ。

 そんな彼女を、その人は呆れたような顔で見ていた。

「イラージャ。言うにこと欠いて、ぎゃあ、はないだろう、ぎゃあ、は」

「す、すみませ、ちょうどあなたのことを考えいえなんでもないえしゅ!」

 噛んだ。

 目の前に現れたその影は、彼女の上司であり、想い人でもあるソアランその人だった。緊張に震える指先で、なんとか便箋を受け取る。

「手紙?」

「は、はい。あの、クリューさんから。届いたのを読んでいて」

「歩きながらものを読むのは感心しないな」

「す、すみません」

 慌ててもう一度、謝罪する。けれど彼はすぐに釣り上げた元に目を戻すと、

「なんてね。学生時代は俺もやったよ、先生によく怒られた」

「そうなんですか」

「歩いて読書なんて、可愛い方だ。昔は悪ガキだったよ、俺もね」

 と、肩を竦めて語るから、ちょっと悪戯心が湧いて出て、こんなことを聞いてみた。

「今は違うんですか?」

「さァて。どう思う?」

 けれどにんまり笑って返されて、またその意地悪そうな表情も大変整っていて、だからイラージャはつい言葉を失くす。

 絶句するイラージャに、彼は笑い「冗談だよ」と答えた。

「さて、俺はそろそろ仕事に行かないと。会議の前に、いくつか処理しておく仕事がある」

 手に持っているそれらをイラージャの目の高さまで上げて、ひらひらと動かして見せた。

 書類が数枚と、あと封筒が一通。後者は、イラージャがクリューから貰ったものと大きさは同じだけれど、彼のものは真っ白で、発信者の名前すらも見当たらない。もしかしたら表側に描かれているのかもしれないけれど、そちらを窺うことはできなかった。

 そのときソアランが、小さくため息をついた。黄緑色の瞳が、少しだけ曇って見えるのはなぜだろう。

 ――ソアランが、コークディエの支部長である女性ジャヴォットと『よからぬ関係にある』と、一部で噂されているのを知っていた。その噂話をイラージャは、きっと彼らは『仲が』良くないのだろうと解釈していた。

 そして彼の歩いてきた廊下の向こうには支部長室がある。

 ということは、きっと、また。

 つい、眉が寄った。協会の中でも下っ端のイラージャには、支部長に何か言うことなどできないし、何ができるわけでもない。それがとてもとても、もどかしくて――

 思い、目を伏せたその瞬間、不意に手の中の便箋の、一行が目に入った。



 勇気を出してよかったと思います。



 たった一行。でも。

 今こそ、年下の友人を見習ってみるべきなのではないだろうか。

「あ、あの」

「ん?」

 自分の目線より少し高い位置にある彼の瞳が、イラージャを映した。

 せっかく湧いた勇気が、溶けて流れてしまわぬうちにと、短く早く息を吸う。そして、

「負けないでくださいね。私はソアラン様のこと、応援してましゅから!」

 噛んだ。

 と、気圧されたか彼は目を丸くしたが――その瞳の翳りが、先ほどより薄らいだように見えるのは、ただの自意識過剰だろうか。

 やがてソアランは、笑ってくれた。からからと声を上げて、心の底から楽しそうに。

「うん。頑張るよ、ありがとう」

「ど、どど、ういたしましてっ」

 礼を言われて、急に、恥ずかしくなった。魅力的な笑顔が更に魅力的に映って、頭を素早く二度振って挨拶に変えると、彼に背を向けて、元来た廊下を駆け出した。

「走ると危ないよ!」という彼の声にも、高揚した感情のせいで足を止められない。

 走りながら、手紙を書こう、とイラージャは思った。貰った手紙のおかげで勇気を出せたこと、彼が自分のためだけに笑ってくれたこと、それからそれから――

 ――廊下の角を曲がった瞬間、ローブの裾を踏んで盛大に転んだけれど、それでもたいそう幸せで。

 イラージャは込み上げてくる感情を抑えきれず、つい、にんまりと、笑った。




     *




「……大丈夫かなァ」

 何やら上機嫌そうに駆けていく部下イラージャを見送って、ソアランは呟き、頬を掻いた。

 あの子は性格も器量も良くて、よく頑張る子なのだけれど、どうも気合が空回りする節がある。それは彼の表の顔の前でも、また『裏の顔』の前でもそうで、今も駆けて行った先でこけてはいないだろうかと心配になる――が、それにかまけている暇がないのも事実だった。

 二通の主は違うもので、勿論内容も異なり、ただ指示としてはよく似ている。

 手紙の方に差出人はなく、だからこそ誰のものかはすぐに知れた。


『お前の婚約者のことを調べろ』


 送り主の傲慢さが透けて見える、たった一言。

 なんでそんなことを。まずは理由を聞きたいが、こちらに対し罵ることが挨拶だと思っているようなあれが、果たして簡単に口を開くだろうか?

 だがこちらはなんとでもなる。――問題は。

 先ほど穴が開くほど眺めた書類に、もう一度、視線を落とす。

 つきたくもないため息が、自然と漏れた。




 魔女協会コークディエ支部副支部長 ソアラン殿


 以下の人物の極秘調査を命ずる。

 リアフィアット市 スプートニク宝石店店主 スプートニク




 ――誰か現状を、わかりやすく教えてくれる人間はいないのか。

 魔法少女と異なる色をした瞳を、彼はこれでもかとばかりに歪めた。





  おしまい。


 こちらで五章終了です。

 お付き合い頂きありがとうございました。


「行きて帰りし」ではなく「行かずして帰りし」な感じのクリューの家出回となりましたが、当初の宣言通り、大方ほのぼのが書けたかな、と思います。あとはユキの新作秘密道具もひとつ。

 それから今回も、最後に次章への引きを入れてみました。次章ではちょっと、魔法使いのお話も書けたらいいなと思っています。



 なお、この五章連載中に、拙作の書籍『宝石吐きのおんなのこ~ちいさな宝石店のすこし不思議な日常~』が発売になりました。

 書籍化のことを通じて、たくさんの方に拙作を知って頂けたこと、また書籍からなろうさんへ追いかけてきて下さった方がいらしたこと、とても嬉しいです。ありがとうございます。

 関連して、なろうラジオさんとポニーキャニオンさんの生放送にも出演させていただきました。ああやって表に出る機会なんてなかったので、とても緊張しました……でも、それもまた、素敵な体験だったと思っています。

 本当にありがとうございました。



 それではまた、少しお時間を頂いて、今度は六章のプロットを作ってきます。二週間か……一か月以内には六章はじめたいなぁという感じですので、恐れ入りますが少々お待ち下さい。

『宝石吐きの女の子』、書きたいことはまだまだたくさんありますので、お付き合い頂けたら幸いです。


 今後ともどうぞよろしくお願いします!

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