ソウルメイトってなんですか?
私は休日返上をして女王様のもとへ向かうところだった。ローレンス――騎士団所属の婚約者とのデートがなくなったので、出勤することになったのよ。今日は女王様専属の仕立屋が来て、新しいドレスを仕立てる予定だから、その意見を聞かせてほしいとお願いされて。私は女王様付の侍女なのだ。
(……まあ、特別手当が出るから……いいんだけどね。……お金は大事)
私の実家、ホワイト子爵家は貧乏ではないが、特別裕福というわけでもない。だから私は、自分の生活費は自分で稼ぐ主義だ。
「それにしてもなんて良いお天気。今日は絶好のお散歩日和だわね……やはり、こんな日は歩いて王宮に行くに限るわ」
ホワイト子爵家から王宮まではそれほど遠くない。経路には王立記念公園もあり、色とりどりの花が咲く季節。花園を突っ切って歩きましょう、そう思った。けれど、ふと目に止まったのは、ここにいるはずのない人物だった。
「あら?ローレンス。なぜ、こんなところにいるの?今日は騎士団で練習試合があるのでしょう?」
「……あぁ……うん。あれは団長の都合で中止になったんだよ。メアリーこそ、今日は休みだろ?君のことだから、こんな日は部屋にこもって読書でもしていると思ったのに……」
ローレンスたちは、ちょうど咲き誇る花々が眺められる、大きな木の下で敷物を敷いて座っていた。手にはサンドイッチを持ち、口元をケチャップで汚して。
「確かに休みは本を読んでいることが多いわね。ところで、なぜエステルと一緒にいるの?」
その疑問に、ローレンスはとても真面目な顔で答える。
「実はな、僕とエステルはソウルメイトだってことに気がついたのさ。ソウルメイト……この言葉の意味、知ってる?お互いに、心の底から分かり合える魂を持つ者ってことさ。多分、前世ではとても仲の良い家族だったんじゃないかな……きっと、僕たちは多くの国々を従える帝国の皇子と皇女だったんだよ……」
「皇子と皇女だったなんて……素敵……ロマンチックですわね。私は伯爵家の末っ子なので、憧れますわぁー」
親友のエステルはオセン伯爵令嬢で、三人の兄がいる。オセン伯爵夫妻は待望の女の子が生まれたことで、彼女をとても大事に育てた正真正銘の箱入り娘だ。学園時代から、夢見がちな女の子だった。だから私は、“エステルが好きそうな話よね”と思う。
一方私はそういった話は苦手……前世とかソウルメイトとか……証明できないあやふやな話はどうにも胡散臭くて、信じる気にはなれない。 私たち三人は同級生で貴族学園ではランチを三人で食べる仲だった。だからこの状況はそれほど異常なわけでもなく……なわけあるかぁーい!
(いや、ソウルメイトだか何だか知らないけれど、なんで婚約者同士でもないあなた達が、二人っきりで一緒にサンドイッチ食べてるの? おかしいでしょう!)
けれど、私には時間がない。少し早めに屋敷を出たけれど、女王様の仕立屋が来る時間が迫っていた。懐中時計をポケットから出してみると、あら大変!慌ててその場から駆け出す。
「とにかく私、急ぐのよ。またね、ローレンス!話は後で聞かせてもらうわよ。ソウルメイトの話じゃなくて、今日が暇になったのなら、なぜ私に一番先に連絡をよこさなかったかをね!」
「おう、わかった。だけど、メアリー。顔が怖いぞ。口角が下がってる。いつもニコニコしていないと、男から嫌われるぞー」
(は? 意味不明……私は男性に好かれるために王宮に行って仕事をしてるわけじゃないんですけど!しかもあなたっていう婚約者がいるのに、なぜ他の男性に好かれなきゃならないの?)
よく、ローレンスからは、このようなことを言われていた。 「特別美人でも可愛くもないから、せめて愛嬌だけは良くしたら」と 。
(でも、私は愛想笑いは得意じゃないのよね)
お城に着き、女王様のサロンへ向かう途中、回廊を歩いていると、正面からローレンスが所属する第三騎士団の騎士団長が歩いてきた。
「ごきげんよう、メアリー嬢」
「ごきげんよう、サイラス様。そういえば今日は何かご予定があったのでは?騎士団の練習試合は、団長のご都合で中止になったと聞きましたけれど……」
「はい?どこからそんな話を?今日は予定どおり訓練がありましたよ。……ローレンスがそう言ったんですね?あいつは今日は姿を見せていませんでした。まったく、困った男です」
「やはり、サボったのですね。いつまでたっても学生気分が抜けないようですわ」
(……でも、同じサボるにしても、なぜ私とデートしないのよ)
今日はローレンスと劇を観に行く約束をしていた。巷で評判の恋愛劇で、密かに楽しみにしていたのに。それを断っておいて、婚約者の私を差し置き、エステルと公園で日向ぼっこだなんて――どう考えてもおかしい。
(今度会ったら、きっちりお説教ね)
すると、サイラス様が少し言いづらそうに視線を逸らし、言った。
「……最近、ローレンスとは順調ですか?はっきりした話ではないのですが、あいつが女性と一緒にいるのを見た、という声がいくつか耳に入っていまして。もし行き違いがあるのなら、早めに話し合ったほうがいいかもしれません」
他の女性と一緒――エステルなら特に心配はないと思うけど。私は親友を信じている。
――女王様のサロンにて。
女王様が仕立屋から次々と生地を勧められている間、私は適切なタイミングで意見を申し上げた。例えば、女王様に一番お似合いになる色はどれか、今もっとも流行しているドレスのデザインはどのようなものか、といった具合だ。もちろん、そうしたことは仕立屋のほうがよほど研究している。それでも女王様は、私の意見を一番に信頼してくださった。
私は自分が儲かるわけではないから、わざと高価な生地を勧めたり、無駄な装飾を加えて金額を膨らませたりはしない。その点が信頼できるのだと、女王様はおっしゃった。
「当然ですわ。自分に得がないのに、わざわざ高価なものを勧める意味はございません。純粋に女王陛下を輝かせるものをお勧めするだけです」
そんなことを真顔で言うと、
「本当にメアリーは信用できる。商人と馴れ合い、利益を受け取るような真似もせぬ。しっかり仕事ができて、わたくしを裏切ることもない。まさに、最高の侍女だな」
と、おっしゃった。
「ありがたき幸せにございます。私は商人からの賄賂よりも女王陛下からお褒めの言葉を承ることのほうが千倍嬉しいことでございますので。これからも誠心誠意、お仕えいたします」
「ふむ。ところでメアリー、そなたはまだ結婚しないのか? そろそろ身を固めてもらいたいのだがな。実はもう一人、子どもを考えていてな。メアリーが結婚して子どもでもできれば、女王付侍女兼乳母という立場にしたいと思っている。そなたが、いちばん信頼できるゆえ」
とんでもない話を持ち出され、私は思わず、言わなくてもいいことまで口にしてしまう。
「結婚ですか……婚約者のローレンスなのですが、今日は騎士団の練習試合があったはずでしたのに、『中止になった』と嘘をついて、私の親友と公園でサンドイッチを頬張っておりました。あまりに暢気で、このままでは家庭を持ち、子を授かる未来が想像できません……」
女王様は、その言葉を聞いた瞬間、顔をこわばらせて動きを止めた。私の婚約者がコナー伯爵家の三男であることはご存じだ。
「……メアリー。その親友というのは、男なのか?」
「いいえ、女性ですわ。エステル・オセン伯爵令嬢です。 私たちは王立貴族学園の同級生でございました」
「……メアリーよ。そなたは、もう少し気にしたほうがよい。これはゆゆしき問題だぞ。自分の婚約者が、他の女と連れ立って遊び歩いているなど……言語道断だ。それは、どう見ても浮気であろう?」
「ああ、それでしたら、ご心配には及びませんわ。公園でサンドイッチを頬張っていただけですし、それはまあ……このタイミングでその行動は、もやりますけれど……浮気というほどではないかと……」
私はやんわりと否定した。
ローレンスは同級生とはいえ、まだ大人になりきれていない弟のような存在で、浮気や裏切りといった言葉とは無縁だと思っていた。
それに、エステルはこういう話に目がない。前世だのソウルメイトだのといった言葉を向けられると、つい耳を傾けてしまうのだ。でも、昔からの親友で、根っこの部分では信頼していた。
女王様のサロンを出た後、私はそのまま屋敷へ戻った。ちょうど夕刻で、応接間のほうが少し騒がしい。
「メアリー、戻ったのか。今日は早いな」
お兄様の声に顔を上げると、その隣に見知った人物が立っていた。お兄様の友人であるレイバン・ロメリル様だ。侯爵家の嫡男で、お兄様とは身分に開きがある。けれど昔から不思議と気が合い、とても仲が良い。幼いころから何度も屋敷を訪れていて、私にとっても見慣れた存在だった。
「いらっしゃっていたのですね、レイバン様」
「ええ、お邪魔しています。メアリー嬢……相変わらず元気そうだな」
「はい。元気なことが取り柄のひとつですので……よく婚約者から愛嬌がない、なんて言われますが。愛想笑いは苦手なのですわ」
「そうだね。メアリー嬢は今のままでいいと思うよ」
レイバン様はクスクスと笑った。
私は今、ホワイト子爵家の自室にいて、女王様がおっしゃったことを考えている。あのニ人が怪しい関係になっているなんて、少しも思わないけれど、女王様がおっしゃった『もう少し気にした方がよい』という言葉に引っかかった。
私は仕事を優先しすぎていたかもしれないという最近の行動について反省する。ローレンスと最後に踊ったのはいつだっただろう?
女王様付侍女として女王様のお側にいることが当たり前になりすぎていて、舞踏会や夜会に出席しても、ローレンスと一緒にいることは、ほぼなかった。
私は、少し配慮に欠けていたのかもしれない。舞踏会や夜会で、婚約者の動向なんて気にしていなかった。女王様付の侍女ともなれば、 婚約者の隣に居ることよりも、女王様のすぐ後ろに控えていることが優先される。それは当たり前のことだった。そして、名誉なことでもあった。 だからといって、ローレンスのことを、すっかりほったらかしにしていたことに罪悪感を感じてしまった。
(これからは、なるべくローレンスの動向を見守って、婚約者らしいことを、しなくてはいけないわね)
そう思いつつ、迎えた女王様主催の夜会。
その間中、ローレンスの姿を女王様の後ろに控えながらも目で追っていた。すると、彼は女性と庭園に通じる廻廊を下って行った。あれは多分男爵家の令嬢だと思う。
「女王陛下。私、婚約者を尾行しようと思います。しばし、お側を離れますが、よろしいでしょうか?」
「もちろん、許可しよう。わたくしの『もう少し気にした方がよい』という言葉を、ようやっと理解したようだな?存分に婚約者の行動を見極めるのだぞ」
「はい。しっかりとこの目と耳に刻んでまいりますね」
そうして私は、“女王付侍女が夜会で尾行をする”という、あまり聞いたことのない行動に踏み切った。王宮の庭園、 カップルがライトアップされたバラを眺めながら、ロマンチックに愛を語り合っている姿が目立つ。ローレンスはそのままバラ園の奥に令嬢と入っていくと、なんとその女性と抱き合いながら、こう言った。
「君は僕のソウルメイトだよ。魂と魂が結ばれた、心の底から分かり合える存在なんだ」
(ふーん、そーなんですか……)
私は心の中でローレンスに問いかけていた。
『ソウルメイトって、そんなにもたくさんいるものなのですか?』と。
「ソウルメイト?まあ、素敵。魂と魂との結びつきなんて、ロマンチックですわね」
「だろう?きっと前世では仲の良い兄妹だったんだよ。いや、逆かもしれないな。君が姉で。ぼくが弟だったのかもね。道ならぬ恋に2人は悩まされていたのかもしれないよ。きっと僕たちは身分が高い皇子と皇女で……」
(ふーん。なるほど、そうなんですか……なんて不思議。こういう場合は平民の生まれ変わりって出てこないのですわね)
心の中の棒読みが止まらない。
ふたりは抱き合って楽しそうに笑い合い、顔を近づけ――そして、何の迷いもなく、キスをした。
(あー、やっちまったな……これは確かに浮気ですわ)
私はこっそりと引き返し、何事もなかった顔で女王様の後ろに控えた。
「どうした、メアリー? 顔色が悪いぞ。何かおかしなものでも見たか?」
「ええ……少しばかり。世の中には、知らないほうが幸せなことも多いのだと、身に染みて学びました」
そう答えた、その直後だった。少し唇を腫らしたローレンスが戻ってきて、今度は何事もなかったように、別の女性と談笑を始めたのだ。
そして――またしても、庭園へ通じる回廊を下って行く。
「……ちっ。またですわ」
私は深くため息をつき、女王様に一礼した。
「女王陛下。申し訳ありませんが、もう一度、行ってまいります」
「ふむ。しっかりと、その目で見届けてくるがよい」
ローレンスは、またしてもバラ園の奥へ向かい、その令嬢に甘い声で囁いていた。
「君と、僕はソウルメイトなんだよ……」
その先は、さきほどとまったく同じ展開だ。
抱き合って、
唇が近づき、
そして、ブチュ。
私はそっと踵を返し、何事もなかった顔で女王様のもとへ戻った。しばらくして、ローレンスもまた、平然と戻ってくる。さきほどよりも唇が腫れていた。
(このソウルメイト・キス魔め……)
そうして彼は、懲りもせず、また別の女性を庭園へ連れ出した。
今度の相手は――
私の親友、エステルだった。
(……エステルよ。お前もか?)
胸の奥が、ひくりと嫌な音を立てる。
私は再び、こっそりと後をつけた。案の定、二人はバラ園の奥、人気のない茂みへ向かい、またもや例の話を始める。
ソウルメイト。
前世。
運命。
そして、ローレンスが顔を近づけた、その瞬間。
「きゃぁー。なにをなさいますの!」
鋭い声と同時に、エステルの綺麗に磨かれた爪が凶器になった。ローレンスの頬に、赤い引っ掻き傷が走ったのだ。
「いっ……!?……どうして拒むんだい?僕たちはソウルメイトなんだよ。キスなんて挨拶みたいなものじゃないか」
「挨拶ではありませんわ。異国には、頬と頬を寄せる挨拶もあると聞きますけれど、唇と唇を合わせるなんて、聞いたことがありません!」
「別に最後までするわけじゃないんだ。結婚する前に、楽しもうよ。結婚してからは自由がなくなるんだから、今ぐらい楽しまなきゃ」
「い、嫌よ! 離してよ!前世とかソウルメイトとか、生まれ変わりのお話は大好きだけど、ローレンスが好きなわけじゃないのよ。だいたい、私とメアリーは親友なのよ。このぉ、変態さんめっ!婚約者の親友になんてことするのですかっ!」
必死で口説く私の婚約者と、拒み続けるエステル。
もう充分だわ。
エステルがわたしを裏切ろうとしなかったことが、何より嬉しい。
そして、私の婚約者が心底……気持ち悪い!
「私の親友に何するのよっ!エステル、早くこっちに。そのキス魔から離れて」
「あ、メアリー。よかった。ローレンスが私に迫ってきて、困ってたの」
「ひっ……どこから見ていたんだ?」
「はじめからよ。ローレンスがエステルを会場から連れ出すところからだわ」
「違うよ、メアリー。僕がエステルから誘われたんだよ」
「見え透いた嘘は結構です!私、メアリー・ホワイトはローレンス・コナーに婚約破棄を、ここに宣言します!」
「待てよ。こんなこと言いたくないけど、メアリーは僕より格下の子爵家なんだぞ。伯爵家の僕に対して、婚約破棄なんてできるわけないじゃないか」
「やってみなきゃわからないでしょう?私、お父様に相談するわ。お兄様にも」
「これは浮気じゃないぞ。本当に好きなのはメアリーだけなんだよ。ただ、なんて言うのかな。男って、結婚する前にいろいろしておきたいことがあるんだ……」
「気持ち悪いですわねえ。いろいろ……というところがアウトですわ。襲われそうになったこと、お父様に報告させてもらいますね」
エステルは、露骨に顔をしかめた。
「う、うるさい!オセン伯爵家よりも、コナー伯爵家のほうが家格は上なんだぞ!うちは筆頭伯爵家だ!三男とはいえ、本来なら――子爵家のメアリーなんかより、もっと家柄の良いひとり娘のところにだって、婿入りできたはずなんだ!」
「そうですか。でしたら、そうなさってはいかがですか?私のような子爵家の次女など、あなたからすれば石ころなのでしょう?どうぞ、石は捨て置いてくださいまし」
背後から衣擦れの音がして、振り返ると――そこには女王様が立っていた。
「そなたは石ころなどではないぞ。わたくしが見込んで、家格に拘わらず専属侍女に迎えた至宝ゆえ」
女王様はローレンスに冷たい眼差しを向けた後、高らかと声を張り上げた。
「ここに宣言する。メアリー・ホワイトからローレンス・コナーへの婚約破棄を認める!」
それからの私は、以前にもまして仕事に打ち込んでいた。
女王様が「そろそろ、結婚はどうだ?」などと三カ月ごとに話を向けてくる中、気づけば一年が経っていた。
その間、お兄様の友人であるレイバン様が、気遣うように頻繁にお出かけに誘ってくださった。
昔から妹のように可愛がってくださっていたので、私はすっかり甘えさせてもらっている。
観劇に、音楽コンサート、美術館巡り。
話題も豊富で、どの時間もとても楽しかった。
ローレンスと違い、レイバン様は誠実で、約束を破ったことが一度もない。
それどころか、私が風邪を引いてお断りしたときには、お見舞いに来てくれて
「体調が回復したら、一緒に行こう」
そう言ってくれた。
ロメリル侯爵家の跡継ぎとして日々領地経営を学び、とても忙しいはずなのに。
それでも、私のための時間を、いつもきちんと確保してくれる。
(優しいな……レイバン様が婚約者だったら、どんなに良かっただろう)
そんなことを考え始めていた、ある日のこと。
「私と結婚してほしい。メアリーを一生大切にするよ」
レイバン様の突然の言葉に、息をのむ。
(嬉しい……でも、家格が釣り合わない)
「私はしがない子爵家の次女ですから。レイバン様とは、つりあわないのでは……?ロメリル侯爵家といえば、名門中の名門ですよね」
「そこは大丈夫だ。私の両親も、すでに賛成してくれている。君は、もっと自分の価値を分かったほうがいいよ」
そう言って、レイバン様は穏やかに微笑んだ。
ローレンスは、私を大切にしてはくれなかった。けれど、レイバン様は私に価値があると言ってくれる。それは、女王様が向けてくれる評価と同じだった。私を、正当に見てくれる人。
(……私、レイバン様となら……きっと、幸せな家庭が築けるわ!)
私は両親とお兄様に、プロポーズされたことを報告した。もちろん、家族は皆、驚くほど喜んでくれて、大賛成だった。
翌日、出仕して女王様にもそのことをお伝えすると――
「よしよし、それでよい。収まるところに収まったではないか」
女王様は満足そうにうなずく。
「ローレンスは、メアリーには相応しくなかった。だが、レイバンはなかなかいい男だ。きっと、そなたを支えてくれるだろう」
「はい?逆ではありませんか?私が彼を支えるのだと思っていました」
「まあ、お互いに支え合えばよい」
そう言ってから、女王様はふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「メアリー。以前にも言った話だが、このまま侍女を続けよ。そして、いずれ子を産むだろう?その時は、わたくしの子の乳母になってほしい。同じ頃に生まれれば、なお心強い……」
「ちょっ……女王陛下。どれだけ私のことをお気に入りなのですか……」
「……王子は二人、元気に育っておる。だが、数年前に生んだ王女は病で亡くした……」
女王陛下は、胸元のペンダントを開く。そこに収められていた魔導写真には、幼い王女の姿が映っている。よく見れば、どこか、私に似ていた。
「メアリーは優秀で、真面目で、よく尽くしてくれる。そして、この王女にどこか似ている。成長していれば、きっとそなたのような賢い子になっただろうと思うと……赤の他人とは思えぬのだ」
その言葉に、すとんと腑に落ちた。
王立貴族学園を主席で卒業し、努力家である自負はあった。それでも、学園を出たばかりの私が、女王様付きの侍女に抜擢された理由。
——そこには、こうした事情もあったのだろう。
「なるほど。前世とかソウルメイトといった話は苦手ですが、亡くなった王女殿下とどこか顔が似てるので、他人の気がしないという女王陛下のお気持ちはよくわかります。……二人だけの時に、こっそりお母様とお呼びしましょうか?」
悪戯っぽく尋ねると、女王様は愉快そうに大笑いされた。
「ふっ……あっははは!いいとも!そういうお茶目でノリのいいところも、わたくしは好きなのだ。ロメリル侯爵家には安心して嫁ぐが良い。後ろ盾にはいくらでもなってやろう」
私は、こうしてレイバン様と結婚したのだった。
※sideローレンス
――時間は少し遡る
僕は、伯爵家の中でも名門とされるコナー伯爵家の三男だ。
婚約者はホワイト子爵家の令嬢だが、正直、まったく好みではなかった。
女王陛下の侍女に抜擢されるほど優秀だということは、嫌というほど知っている。
貴族学園で同級生だったからな。
だが、女として見たら、どうにも物足りない。
僕は、癒し系の可愛い子ちゃんだとか、お姉様タイプの妖艶美女だとか、そういうわかりやすく見栄えのする女と付き合いたかったし、結婚したかった。
その日は、騎士団の仲間たちと、少しばかり高級なバーで酒を飲んでいた。
話題が婚約者のことになると、仲間たちは口々に彼女自慢を始める。
みんな、砂糖菓子みたいに可愛いらしかったり、人が振り返るほどの美人が婚約者らしく、のろけ話が飛び交う。
それを聞いているうちに、正直、苛立ちが募った。
「いいよな、みんなは。理想のタイプと婚約できたんだろう?僕なんか、ホワイト子爵家のメアリーだぞ。正直、全然タイプじゃない。なんでもかんでもきっちりしすぎていて、華やかさに欠ける。親が決めた婚約者だから、結婚するしかないがな……」
「そんなこと言うなよ。メアリー嬢は上品だし、とても優秀じゃないか。いい奥さんになってくれると思うぞ」
「まあな。優秀だけが取り柄だよ。そのおかげで、女王陛下に気に入られて専属侍女になったから、給金は僕みたいな下級の騎士団員よりも何倍も高い。まあ、それだけはありがたいと思ってる。そのおかげで一生懸命頑張って出世する必要がないんだからな。メアリーがその分稼いでくれるから、楽って言えば楽だよなぁ。いわゆる金の卵を産む鶏かも……」
そう言って笑った。つい、本音が出てしまった。
周りにいた仲間たちは、ちょっと引き気味な顔をして、早々と店を出てしまった。
(なんだよ。もうちょっと飲みたかったのに。付き合い悪いな)
そこへやってきたのが、やけに高級な仕立ての装いの男だった。
僕はコナー伯爵家の跡継ぎではないから、すべての貴族の名前と顔を覚えているわけじゃない。
――本当は、覚えていなければならないのだろうが。
文官になるつもりもなかったし、末端の騎士団員だからそもそもが、高位貴族と関わる場面なんてないから、構わないはず。
だが、なんとなくこの男は身分が高いのだろう、ということだけは分かった。
「ずいぶん荒れているね。一杯、おごろう」
そう言って、男は隣に腰を下ろした。最高級のブランデーを頼み、つまみまで添えてくれる。
(なんて気前のいい人なんだ)
つい気を許して、騎士団の愚痴をこぼした。
婚約者が好みではない、という話までしてしまう。
男は静かに話を聞いていたが、やがて、思い出したように口を開いた。
「……隣国の友人から聞いた話なんだがな。あちらでは、ソウルメイト――魂と魂でわかりあえる大切な存在とか、前世の話が流行っているらしい……」
グラスを傾け、淡々と続ける。
「お目当ての女性を口説くのに使われているらしいよ。前世では、今よりもずっと高い身分にいた――そういう設定のほうが夢があって、女性の心に響きやすいそうだ。大抵は今の自分より高貴だったと思い込みたいからね。成功率はわりと良くて……ソウルメイトと絡めるのがコツらしいぞ……」
(へえ……それは、面白いな。……あっ、いいことを思いついたぞ……)
どうせメアリーと結婚するしかないのなら、遊ぶなら今のうちだ。
前世で高い身分。
特別な縁。
ソウルメイト。
(……今の僕に、ちょうどいい……利用できるぞ……)
※side レイバン
正直に言えば、私は女性の好意を、素直に信じられなくなっていた。
ロメリル侯爵家の跡取りとして生まれた以上、好意と打算を見分ける術など、嫌でも身につけさせられる。
近づいてくる女性の多くは分かりやすかった。
結婚すれば、どんな暮らしができるのか。
どんな贅沢が待っているのか。
話題は、決まってそこに行き着く。
だが、友人の妹であるメアリーと会ったとき、私は小さな衝撃を覚えた。
彼女は、私の前で一切取り繕わない。
勉強熱心な彼女に、何気なく「将来の希望」を尋ねたことがある。
「自分の生活費を、自分で稼ぎたいと思っています」
迷いのない声で、そう返ってきた。
「え?……高位貴族の男性や金持ちの男性と、結婚したいとは思わないのかい?そうすれば、働かなくてもいいんだよ」
「うーん。私、自分も頑張りたいのですよね。働きたくないと思ったことは、ありませんし……それに、うちは特別に贅沢ができる家でもありませんから……」
学園を主席で卒業したときも、女王陛下に見出されて専属侍女に抜擢されたときも、彼女は誇らしげに自慢することはなかった。
「たまたま勉強が好きだっただけですし、女王陛下に選んでいただいたのも、幸運だっただけです」
そう、当たり前のように言う。
(ああ、そうか。この子は、こんなふうにまっすぐで、淡々としていながら、芯の強い女性なんだ)
私はいつの間にか、彼女の容姿ではなく誠実さや努力を惜しまない姿勢を、“美しい”と感じるようになっていた。また、愛想のない受け答えでさえ、媚びへつらう女性の多い中では、かえって清々しく思えた。
この子が、正当に評価される世界であってほしい――そう願ってしまう自分がいる。
それを恋と呼ぶのなら、私はもう逃げられない。
しかし、その結論に至ったときには、すでに彼女の婚約者は決まっていた。
コナー伯爵家の三男、ローレンスだ。
(どんな男なのか。メアリーを幸せにしてくれそうな男なら、祝福し静かに見守るつもりだが……)
そう思ったある日。
後をつけてみた私は、バーで聞き捨てならない言葉を耳にすることになる。
「……優秀だけが取り柄だよ。そのおかげで、女王陛下に気に入られて専属侍女になったから、給金は僕みたいな下級の騎士団員よりも何倍も高い。まあ、それだけはありがたいと思ってる。そのおかげで一生懸命頑張って出世する必要がないんだからな。メアリーがその分稼いでくれるから、楽って言えば楽だよなぁ。いわゆる金の卵を産む鶏かも……」
(守るべき妻の才覚と稼ぎに、平然と寄りかかる男だな。貴族の矜持はどうした? こんな者とメアリーがつりあうわけがない。しかも、何度もメアリーを好みのタイプではないと否定する……許せん)
私は画策した。――いや、正確には、何かを強制したわけではない。ただ、愚かな男なら勝手に踏み外しそうな、取るに足らない噂話を、ひとつ教えただけだ。
ソウルメイト・前世という魔法の言葉。この言葉は一部の夢見がちな女性には、かなり効果的な言葉だとか……。
愚かな男ローレンスは、実際、周囲の女性に試して墓穴を掘った。
しかも、メアリーの親友にまで手を出そうとしたなんて……これには正直、エステル嬢に少し申し訳ない気がしていた。後日、メアリーとともにエステル嬢も誘い、お詫びのつもりで流行のカフェでスイーツを思いっきり食べてもらった。もちろん、理由は言わなかったが……
※sideローレンス
「この愚か者が! ホワイト子爵家のメアリー嬢を婚約者に据えたのは、お前のような怠け者でもしっかりと支えてくれそうな令嬢だったからだ。なぜ、あのような有望な令嬢を粗末にしたんだ!お前には、もったいない女性だったのに……」
父上が僕をなじった。メアリーからは婚約破棄されて、相応の慰謝料を請求された。 おまけに、オセン伯爵家からは抗議文が届き、それにも慰謝料が必要だという。
「金、金ばかりで……どうしたらいいんですか?下級騎士の給料じゃ、とても払いきれませんよ」
「国境付近を守る騎士の任に就け。自分のしでかしたことの責任を、身をもって取るのだ」
「嫌ですよ。給料がいいのは分かりますけど、それなりに危険じゃないですか。貴族出身の者なんて、そうそういないでしょう。
それに、あそこは妖精の森にも面しています。悪戯好きで、人をからかうと聞きました」
「お前は、それだけのことをしでかしたから行かされるのだよ。何がソウルメイトだ……恥ずかしい。コナー伯爵家の名声に、どれほど泥を塗ったか分かっているのか。
皇女でも皇子の生まれ変わりでも、何でもいい。妖精相手にでも、くどいておればよいわ!」
父上はそう言って、完全に僕を見限ったのだった。
※エピローグ
私たちは結婚して一年もたたないうちに、新しい命を授かった。
それは偶然にも、女王様のご懐妊と同じ時期だった。
ほぼ同じ頃に出産を迎え、女王様のお子様は、それはそれは愛らしい女の子だった。
王女様は王配に似て、幼いながらも将来を期待させるほどの美貌を備えていた。
そして、私たち夫婦に生まれたのは、夫によく似た、鮮やかなエメラルド色の瞳を持つ美しい男の子だった。
「レイバン様に似ているのが嬉しいです。それによく笑いますわね。いつもにこにこで……私に似ていたら愛想がないって言われてしまいそうですもの」
「その誰にでも愛想を振りまかないところがメアリーのいいところだよ。メアリーの可愛さを知っているのは少なくていいんだ……私とか女王陛下とかね……」
(確かに……みんなに好かれなくてもいいのよね……わかってくれる人だけでいい……)
やがて二人は成長し、縁に導かれるように結ばれることになる。
こうして私は、女王陛下と親戚となったのだけれど
それは、また別のお話。
☆おしまい☆
最後までお読みくださりありがとうございました!




