最終章 暗黒城~ すべての悲しみを乗り越えて(6)
主人を亡くした暗黒城は、誰の手も借りることなく静かに崩壊していった。
この世界を救うために尽力し、尊い命を終えた英雄の一人であるクレオート、その亡骸は、このジュエリー王国の北端の見晴らしのいい丘の上に埋葬された。もちろん、シルクたちだけの手によって。
即席で作った木製の十字架、野原で咲いていた可憐な花束、そして、そこに添えるように置かれた赤色の兜。誇りある剣士はここで、生まれ故郷の地で永遠の眠りにつく。
魔族の脅威が去ってから数日が経過した。
晴れ渡るある日、悲劇の舞台となったここパール城において、戦没者たちの葬儀がしめやかに行われた。
絶望と混沌から逃れることができたパール王国の人々。それでも、統治者を失った悲しみと悔しさは拭い切れず、その心に痛ましい爪痕を残していた。
パール王家の跡継ぎであるシルクは、白と黒を基調としたドレスに身を包み、葬儀の最初から最後まで気丈に振る舞った。それは王女としてのプライドの賜物か、はたまた支配者としての才能だろうか。
盛大な葬儀も無事に終わり、国の民が街の方へと帰っていく最中、一人だけ城に残るよう指示されたのは、城下町であるプラチナの街の町長サラバスであった。
「シルク姫、そのお衣裳はいったい!?」
パール城の王の間で待たされていたサラバス。彼がなぜびっくりしたのかというと、そこには、ピンク色の武闘着をピシッと着こなし、名誉ある名剣を腰に据える、お姫様のシルクの姿があったからだ。
無論、彼女の足元には、頼れる仲間とも言うべきワンコーとクックルーも控えている。
「ご覧になってわかりませんか? これから、冒険に出掛けるんです」
「何をおっしゃっているのです! シルク姫は支配者として、この世界を統治しなければいけないお立場、無闇に出歩いたりしてはなりません」
シルクは笑顔を横に振った。統治者なんておこがましい、まだあたしは、十五歳のか弱き乙女なのだ、と。
闇の支配者の証しである魔剣、それがどこかで潜んでいる限り、この人間界に平和はやってこない。魔剣を打倒することも支配者の使命なのだと、彼女はそう続けるのだった。
「お待ちください。そうしたら、パール王国を誰が統治されるというのです?」
逡巡としているサラバスの肩を、シルクはポンと軽く叩いた。しかも、意地悪っぽい微笑を浮かべて。
「ここにいるじゃないですか。サラバスさんという立派な方が!」
「はぁ、い、今、何とおっしゃいましたかっ!?」
魔族を相手にしても臆せず、プラチナの街のことを守り、何よりも町人たちの命を第一に考えた人柄、その統制力は、まさに国を治めるリーダーに相応しい。
シルクから突如リーダーに任命されて、冷や汗を飛ばしているシラバス。呆気に取られるというより、責務の重量感なのか戸惑いばかりが表情に映っている。
「いくら支配者とはいえ、あたしは神にはなれないもの。だから、また自分の足で自分の道を切り開いてみたい」
慌てるシラバスのことなどお構いなしのシルク。素晴らしい仲間であるワンコーとクックルーに声を掛けて、彼女はいよいよ、冒険の第二章へと旅立つのだった。
「それじゃあ、行きましょうか。ワンコー、クックルー」
「了解だワン」
「行こうコケ」
シルクたちは人類の明るい希望と未来を手に入れるため、晴れ渡る青空の下へと飛び出していった。
正真正銘の平穏平和への道のりは、まさに試練と困難の連続。しかし、迷いなどない。彼女たちの澄み切った晴れやかな表情が、何よりもそれを物語っていた。
今ここに、伝説の支配者が運命という名の下に動き出す。それは、また新しい伝説の幕開けでもあった。
* ◇ *
それは遠い未来のお話。
人類の救世主として悪魔と戦った英雄、シルク=アルファンス・パールという一人の少女の伝記は、パール王国の統治者により代々伝承される。
これからの数十年も、いや、数百年も続くであろう人類の輝ける希望、その明るい未来を紡ぐ子供たちに、栄えある伝説は永遠に受け継がれていった。
”この世の平和をもたらした救世主こそ、天神の力を司る、伝説のルーラーであった”、と。
To Be Continue――




