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第五章 歓喜の都~ 未来を拓く革命の果て(4)

 この歓喜の都の象徴と言えるのが、朝も夜も休みなく輝き続ける繁華街だ。

 まるで歩行者天国のように、さまざまな人種でひしめくこのエリア。ビル風の建物に挟まれた幅数メートルほどの狭窄な道は、悦びと癒しを求めて彷徨う人間たちでごった返していた。

 シルクたち一同は、闇魔界で唯一無二である桃源郷の正面に辿り着いた。

 鼓膜を耳障りに刺激してくる喧噪の中、夢遊病者のごとく覇気のない人たちとすれ違う彼女。そんな人たちと肩が擦れるたびに、不快と嫌気が顔色に浮かび上がるのだった。

「姫、ご覧になってください。ギャンブル場とは、あの小奇麗な建物ではないでしょうか」

「そうね。たくさんの人たちが出入りしているし、あそこに間違いないみたい」

 ”ギャンブル場”――。こんな世界にも関わらず、煌びやかな電飾が散りばめられた洋風の建造物。

 飢えた人間を惹きつけるその場違いな絢爛さに、シルクたちは絶句したまましばらく呆けてしまっていた。

 通貨と呼ばれる概念が存在しない闇魔界で、このギャンブル場はどう運営されていて、どんな賭け事が行われているのだろうか?

 そんな疑念と疑問が渦巻くギャンブル場、シルクとクレオートは顔を見合わせて、青銅製の観音開きの扉を静かに開け放つ。

 薄明かりの中に浮かび上がる場内、そこから漏れる騒がしい歓声。

 案の定、このギャンブル場は私利私欲のために群がる人間たちで埋め尽くされていた。

 どこを見回しても人、人、人。あまりの混雑さで熱気むんむんのせいか、スーパーアニマル二匹はあからさまに不機嫌な声を漏らしてしまった。

「う~、こういうところは苦手だワン」

「暑っ苦しいな、とっとと用件を済ませてしまおうコケ」

 賑わう人混みを掻き分けて歩くワンコーとクックルー。視界がままならない彼らは、迷子にならないよう、ご主人たちの背中にしがみ付いていった。

 赤色や青色、そして、黄色といったカラフルな電灯に照らされるこの場内。薄目ながら隈なく眺めてみると、ここが運試しという賭け事のパラダイスだと気付かされる。

 サイコロを転がすチンチロリン、なぞなぞを出し合ったりするクイズ、単純なじゃんけん勝負、さらには、動物を走らせたレースゲームと、ここには多種多様なギャンブルが目白押しだ。

 この雑踏の中から、地下街の通行証という賞品を探すのは困難だろう。そう判断したシルクは、まず、お酒らしきグラスをトレーに乗せて歩く、ギャンブル場の係員に声を掛けてみることにした。

「あの、すみませんが?」

「はい? あら、かわいらしいお客様ねー」

 その係員の風貌はまさに、カジノという舞台に似合うバニーガールの装いであった。

 色香を漂わせて愛想よく笑顔を振りまく彼女、トレイに置かれたアルコールを差し出そうとするも、実直な少女のシルクから丁重に断られてしまう。

 焦燥のあまり事を急ごうとするシルク。地下街の通行証の賞品について尋ねるや否や、にこやかだったバニーガールが、怪訝そうな顔つきに変化してしまった。

 それを知ってどうする気なの? 声を潜めるバニーガールの台詞は、そんなぶしつけな一言だった。

「入手次第、地下街に行くつもりなんです。どこにあるのか、教えていただけませんか?」

 バニーガールは愕然としたのか、開いた口が塞がらないといった感じだ。彼女から言わせれば、物騒な危険区域にわざわざ立ち入ろうすることが信じられなかったのだろう。

 冗談でしょう?と問いかけても、真面目ですと返される不毛な言い合い。ついには、バニーガールも諦めたのか、呆れたような深い溜め息を零していた。

「あたしには、皆目見当が付かないわね。入場口の隅っこにある、案内カウンターの受付に聞いてみたら?」

「わかりました。受付で尋ねてみます」

 片手を無造作にひらひら振って、人混みの中へと消えていってしまうバニーガール。

 シルクとクレオート、そして、スーパーアニマルたちは入場口の方へ向き直り、受付カウンターらしき長机を見据える。

 そのカウンターの奥には、だらしない無精ひげを伸ばした中年男性がいる。タバコのような包み紙を口にくわえて、彼はヘラヘラしながら椅子の上で踏ん反り返っていた。

 歩み寄ってくるシルクたちに気付いたその中年男性は、一風変わったお客様のご登場で、濁った目を細めて口角を卑しく吊り上げる。

「おやおや、いらっしゃい。大人の楽しい社交場へようこそ。ああ、言っておくが、子供が入場しようがギャンブルやろうが構わんよ」

 それこそ、大人の目線で寛容な態度で接客した受付の男性。しかし、その代わりとばかりに、二本の指を使って”金品”の形を表現した。

 それは説明するまでもなく、ギャンブルを楽しむためには、身に着けている高価な品を張ってもらうことを意味していた。

 無論、地下街の通行証を手に入れるためなら、金品を賭けることも惜しまないつもりのシルク。

 彼女の心意気を目の当りにした受付の男性は、素晴らしい、よくぞ言ってくれました!と、両手をパチパチと叩いて感嘆の声を上げた。

「では、お嬢さん。お好みのギャンブルに挑戦してくださいよ。まずは手軽なところで、クイズなんてどうでしょうかね?」

 知識を持ち合わせてなければ地に沈む、頭脳明晰な者だけが勝ち残る遊戯、それがクイズだ。

 難易度の低いギャンブルをお奨めする受付の男性だったが、それには及ばないと、シルクは涼しい表情のまま人差し指を一本だけ突き出す。

「あたしが挑戦したいのは一つ。地下街の通行証が賞品のギャンブルです」

 地下街の通行証というキーワードは、受付の男性のにやけ顔を瞬時に凍りつかせた。

 先ほどのバニーガールと同様に、冗談は勘弁してくださいと、彼は白々しい作り笑いで取り繕っている。

 しかし、シルクは真面目な表情を一向に崩そうとはしない。その緩みのない強気の姿勢こそが、それが嘘でも冗談でもないことを物語っていた。

 受付の男性は悩ましげに頭を掻きむしって、引きつった笑みを浮かべるしかなかったが、その数秒後、周囲をクルクルと様子見ながら、シルクにカウンターの方まで近づくよう手で合図した。

 カウンターへ顔を近づける彼女の耳元へ、彼はどすの利いた野太い声で囁きかける。

「お嬢さん。ここは子供のお遊戯場じゃねぇんだ。あまり調子に乗ると、痛いしっぺ返しを食らうぞ」

 耳打ちながらも凄みのある小声、それは、余計なことに首を突っ込むなという警告。

 地下街の存在と、革命という物騒な事態を何よりも警戒し、受付の男性はこのギャンブル場の混乱を免れたい一心だったのだろう。

 混乱は混乱でも、人間同士が憎しみ合う、醜い紛争を止めることが急務だと心に思うシルク。どんなに痛い目を見ようとも、通行証をその手に納めるまで一歩も退こうとはしなかった。

「ふぅ……。とんでもねぇ、おバカさんだな、あんたは」

「この世界に住む人たちが、本当の楽しい生活を取り戻せるなら、あたしは、誰からもバカと言われても構いません」

 受付の男性は愚痴を零しつつ、一枚の紙切れに何やら殴り書きを始めた。

 荒っぽい文字を書き終えるなり、そのメモ紙を押し付けるようにシルクに手渡した彼。

「どうしても欲しけりゃ、あのギャンブル場で仕切っている男に、この紙を見せるんだ。いいか、どんなことがあっても地下街なんて言葉は口にするなよ」

 内緒話のような口振りをする受付の男性は、一際明るく、人混みで埋め尽くされた一つの遊技場を指し示し、もう関わりたくないとばかりに、手を振ってシルクを追い払ってしまった。

 まるで野良犬のようにあしらわれた彼女。ちょっぴり憮然としながらも、異様なほどの賑わいで盛り上がる、横方向に長いその遊技場へと足を運んでいった。

 混雑している人と人の隙間から、チラリと様子を窺ってみると、そこは、四コースほどのラインで区切られた競技場であり、スタート地点には、数種類の動物が首輪を装着した状態で待機していた。

 この見た目と構図からして、ここはどうやら、どの動物が競争に勝つかを賭けて遊ぶレース場だったようだ。

「はい、ベットはここまで! いよいよ、本日第十八番目のレース、スタートだ!」

 レース場を見晴らせる高台に座るは、この賭場を切り盛りする仕切り屋の男性だ。捻じり鉢巻きを頭に巻いて、ポロシャツに腹巻を巻きつけた姿がいかにもそれっぽい。

 ちなみに、スタート地点で興奮を抑えきれない参加者たちはというと、ネコにサル、そして、ウサギにニワトリといった個性的な面々である。

 号令とともに、スタート地点とゴール地点の間仕切りが外される。すると、動物たちが色目を変えて、ゴールに置かれた餌を目指して血気盛んに走り始めた。

 動物たちのニックネームを叫び、やんややんやと大歓声を上げる人間たち。

 ただ快楽に溺れて、楽園という名の巣窟に集まる者、まるで取り憑かれたようにはしゃぎ、秩序も理性も失っている者ばかりであった。

(これが、本当の幸せなのかな? 生きる希望を失くして、楽しむだけの生き方が)

 声にならない疑問を自らの心に投げかけるシルク。

 快楽だけを推し進める都長の考えも、現実を見据えて戦い続ける地下街王も、どちらの考え方も間違いではなく一理あるのかも知れない。

 しかし、それが正論だろうが異論だろうが、そんなことはどうでもよいこと。今はただ、逸る思いに焦燥感を浮かべるしかない彼女だった。

 かりそめな幸福に歓喜する人たちの合間を縫って、彼女たちはようやく仕切り屋の男性のもとへ辿り着く。

「あん? 何だい、あんたたちは。この俺に何か用かい?」

「これをご覧になっていただけませんか?」

 シルクから一枚の紙切れを受け取った仕切り屋の男性。ペラッとめくった紙に書かれた暗号が読み解かれるなり、彼の顔色がみるみるうちに青ざめてしまった。

 正気の沙汰とは思えない――。彼の顔にはそう書いてあったが、そんなことなどお構いなく、彼女は賞品を手に入れるために、勝負してほしいと意気揚々と申し出る。

「ま、まぁ、勝負するのは構わんが。そのためにゃ、まず、あんたも何か賭けてくれないとな」

 地下街への切符を獲得するには、その代償して、金品に値する物を賭けねばならないのが賭場のルール。

 身に着けているものをまさぐるシルクだが、武闘着姿である彼女の高価なものと言ったら、耳にぶら下がるシルバーのイヤリング、そして、名剣スウォード・パールの二つだけだ。

 神聖なる天神が宿るイヤリングを賭けるなんて、そんな罰当たりなことをできるはずもない彼女、勝負に捧げる金品はもうすでに決まっていた。

「あたしは、この剣を賭けます」

 これはまた、とんでもない代物だ……。光瞬く宝飾をあしらった豪華な剣を見据え、仕切り屋の男性はニヤリと口角を上げた。

 シルクの潔さに驚きを隠せない他のメンバーたち。真っ先に否定的な声を投げかけたのは、大剣を命の次に大切にしている剣士クレオートであった。

「姫、いくら何でも無謀です。動物たちは気紛れで行動しますし、それを当てるなんて」

 戸惑いの色を強めるクレオートに方へ、ムッとしたような仏頂面を向けるシルク。

「それじゃあ、クレオートは、あたしが予想を外すと決めつけているのね?」

「あ! いや、そういうわけではないのですが」

 シルクにキッと睨まれてしまって、クレオートはしどろもどろで口ごもってしまう。姫君という身分よりも、負けん気の強い女性が苦手といったところか。

 そのやり取りを横目で見ていたスーパーアニマルたちは、溜め息交じりで呆れ顔を向け合う。

「姫は一度言い出したら聞かないワン」

「まったく、この二人には苦労させられるコケ」

 ワンコーが言っていた通り、一度言い出したらとことん頑固なシルクは、クレオートの反対意見を押し切って、名剣スウォード・パールを賭けてギャンブルに挑むことになった。

 地下街への通行証と名剣を奪い合う動物競争となるわけだが、ここで仕切り屋の男性が、引き分けといった盛り上がらない結果を避けようと、一つ名案を提示した。

「どうだ、お客さん。ここは一つ、俺と一対一の勝負をしようぜ」

「一対一、ですか?」

 仕切り屋の男性が提案した一対一の勝負とは?

 彼はレースを終えてもなお、興奮気味に鳴き声を上げる出場選手を指差した。その動物こそ、このレース場の花形スターである、真っ赤な鶏冠を持つニワトリだった。

 天下分け目のニワトリ対決。そう放言した彼の目線は、シルクの隣でムスッとしている一匹のニワトリに向けられていた。

「え!? クックルーと?」

「コケ!?」

 いきなりのご指名に慄き、素っ頓狂な声を上げるクックルー。状況が飲み込めないのか、彼の黄色いクチバシはあんぐりと開いたままだ。

 シルクにクレオート、そして仲間であるワンコーも唖然とし、どう反応してよいのかわからず、顔を突き合わせながら絶句するしかなかった。

「そんなに驚くことはないさ。要するに、俺のニワトリと、あんたのニワトリ、どっちが速いか勝負するだけのことだよ」

 やるもやらぬも返答がないまま、仕切り屋の男性はそれこそ自分勝手に仕切り、レース場から他の動物たちを退去させて、そればかりか、取り囲む他のお客にニワトリ対決の開催を宣言する始末だった。

 仕切りのプロと美少女の一対一の戦い、急遽決まったニワトリ同士のスペシャルマッチに、観客たちは拍手喝采で大いに盛り上がる。

 こうなってしまっては、もう引っ込みがつかないシルク。想定外ではあるものの、ギャンブル勝負であることに相違なく、ここは一つ、クックルーの勝利に賭けてみることにした。

「クックルー、いいわね。絶対に負けちゃダメよ! あたしの宝物がかかっているんだから」

「おいおい、自分で決めておいて、そういう言い方はねーだろコケ!」

 シルクから強引に責任を押し付けられて、どうにも納得のしようのないクックルーだが、ここまで来たらもう破れかぶれ。

 彼も人一倍負けず嫌いの性格だけに、大船に乗ったつもりでいろと言わんばかりに、ニワトリ対決に立ち向かう決心を固めた。

 鶏冠をピシッと尖らせて、三十メートルはあろうレース場のスタート地点へ辿り着く彼。その刹那、競争相手となる、まったく同じ種族であるニワトリに対し、これ見よがしに敵意を剥き出しにしていた。

 何やら喚いているクックルーを見つめて、仕切り屋の男性は怪訝そうに頭を傾げている。

「なぁ、一つ聞いていいか? あんたのペットのニワトリさ、あれ、しゃべってないか?」

「ああ、どうかお気になさらずに。人間の物まねをする、物好きなニワトリなんです」

 シルクは悪気なく愛らしく微笑んだ。どうやら、スーパーアニマルの正体を悟られまいとしたようだ。

 そんな会話が囁かれる中、いよいよ、地下街への通行証と名剣、さらに、誇り高きニワトリのプライドを賭けた駆けっこレースの火ぶたが切られた。

 号令発布に弾かれて、二匹のニワトリがゴールを目指して疾走する。

 果たして、彼女はスウォード・パールを失うことなく、目的である地下街の通行証を手に入れることができるのだろうか?

 観客たちのどよめく歓声が飛び交うレース場、まず鼻を切ったのは、このレース場のエースである敵のニワトリだった。

(クッ、このやろう!)

 クックルーはライバルに先を越されて悔しそうに歯軋りする。追いつこうと必死になるが、羽根をばたばたと暴れさせるだけで、スピードは一向に速まる気配がない。

「まずいワン! このままじゃ、クックルーが負けてしまうワン」

「大丈夫。クックルーなら、きっと勝ってくれるわ」

 居ても立っても居られないワンコーの隣で、シルクはたった一人、冷静さを失わないよう努めていた。

 しかし、クックルーの敗北は絶対に許されないはずの彼女、その心中はとても穏やかとは言えず、レースの行方をただ見守ることしかできなかった。

 彼女と同じく、クックルーの逆転を信じるクレオートも、その表情にもどかしさが浮かんでおり、やはり落ち着きがなかった。

「姫、残り十メートルほどです。そろそろ追い抜かないと大変なことに」

「わかってるわ。でも、あたしたちにはどうすることもできないでしょう?」

 とうとう平静でいられなくなったのか、クレオートもシルクも語調が少しばかり強くなる。そこには、無謀なギャンブルに名剣を賭けた後悔の念が混じっていたのかも知れない。

 この賭場場で一人だけ、余裕綽々でほくそ笑んでいるのは、疾風なるニワトリをトレーニングで鍛え上げた、ギャンブルのプロである仕切り屋の男性だった。

「へっへっへ。この勝負、俺の勝ちみたいだな。その美しい剣はいただいたぜ~」

 シルクたちが焦燥に染まっていく中、レース真っ最中のクックルーはというと、残り十メートルを切っても、ライバルのニワトリにまだ追いつくことができなかった。

 目を血走らせて、呼吸すら乱している彼の真っ白な全身は、走り続けることで熱を帯びてきたのか、どんどん朱色に変化していった。

 いよいよ残り五メートル、まだ順位は変動しない。

 エース級のニワトリはひたすら逃げる。

 クックルーは離されまいと必死に追いかける。

 シルクもクレオートも、そしてワンコーも、ハラハラドキドキの面持ちで、固唾を飲んで戦況を見つめる。彼女たちはもちろん、最後の最後まで諦めることはできなかった。

(おのれぇぇ~、こうなったら、究極走行を見せてやるコケ~!)

 次の瞬間、ニワトリ対決を観戦していた観客たちは目を疑った。

 突如、クックルーのお尻から真っ赤な炎が噴出したかと思ったら、その直後、彼の赤く染まった全身がハイスピードでコースの上をすっ飛んでいったのだ。

 ゴールまで残り一メートルといったところで、燃える弾丸と化した彼は、先行していたニワトリの横を疾風のごとくすり抜けていった。

 とんでもない秘策を披露したクックルー。見事な逆転勝利により、この白熱した競争の雌雄は決した。

「おいおい、何だよ、今のは……?」

 それは思いも寄らぬ決着。幾戦ものギャンブルを取り仕切ってきた男性も、これにはさすがに度肝を抜かれたようで、目をパチクリさせて呆然とするしかない。

 観客たちも何が起こったのかさっぱりといった顔だが、勝負がついたことだけは把握できたのか、栄光を掴んだクックルーに称賛の拍手を送っていた。

 勝利の余韻に酔いしれ、それこそ、腰に手を宛てて偉ぶっているクックルー。そんな功労者のもとへ、シルクは歓喜の声を上げながら歩み寄った。

「おめでとう、クックルー。あなたなら、きっと勝ってくれると信じていたわ」

「恐れ入ったか、スーパーアニマルであるオレの真の実力を舐めてもらっては困るコケ」

 クックルーはすっかり調子に乗っていたが、さすがに今回ばかりは、その高慢で生意気なところが心地よく感じるシルクであった。

 喜々としている彼女たちのそばに、悔しそうな表情で近づいてくる仕切り屋の男性。彼にしてみたら、負けた理由がどうにも釈然としないといったところだろう。

「う~ん、負けは負けなんだが、どうしたもんかね。あのさ、あんたのニワトリ、きっとこの賭場のヒーローになれるから、俺に譲ってくれないかね?」

「申し訳ないですが、それはお断りしますわ。あたしたちにとっても、彼は勇敢なヒーローですから」

 シルクは勝ち誇ったように微笑み、仕切り屋の前にさっと右手を差し出した。それは言うまでもなく、賞品の授与を要求するものだ。

 仕切り屋としてのプライドを打ち砕かれて、敗北を喫してしまった彼。忸怩たる思いはあっただろうが、ふと口元を緩めるその表情は、不思議と清々しさを感じさせるものだった。

 ポロシャツの胸ポケットから金属を取り出した彼は、観客たちに気付かれないような振りをして、彼女の手の中にそれを捻じ込んでいた。

「俺が座っていた台座の下に、古びた小さい宝箱がある。その鍵を使って中身を持っていきなよ」

 仕切り屋の男性から言わせると、その宝箱の中に、お望みの品物である地下街の通行証があるのだという。

 それにしても、なぜ地下街なんかに……。彼はどうしても釈然とせず、感謝の意を伝えてきたシルクに、その真意を問いただしてみる。

「あのさ、あんな湿っぽくて薄汚いところへ行って、どーする気なわけ? 今、この街がヤバイ状況なの、知っていての行動なのか?」

 地下街で暗躍する武闘派集団、この都を制圧せんばかりの革命騒ぎ。それを風の噂で聞いているであろう男性は、自らの意思で進んでいく命知らずのシルクの気が知れなかったようだ。

 身を案じているのだろうか、彼が咎めるような口振りで是正を促してみても、彼女の進むべき道は方向転換することはなかった。

「こんな状況だから行くんです。恐れをなして、ただ指をくわえて見ていても、あたしたちは本当の快楽なんて手に入れることはできませんからね」

 仕切り屋の男性は呆気に取られて、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。

 単なる思いつきや遊び半分ではなく、確固たる意思を持って臨む覚悟を肌で感じた彼は、もう反論の言葉すら思いつかなかった。

「俺たちにゃ、よくわからねぇが、まぁ、幸運を祈るよ。あんたたちは、この俺を負かしたギャンブラーなんだからな」

「どうもありがとうございます」

 シルクは言われるがまま、古びた宝箱から地下街の通行証を手に入れた。

 二つ折りにされて、くたくたにしわの寄った染みばかりの通行証。苦労の末に手に入れたせいだろうか、ただの厚紙のわりには異様なほどに重みを感じさせた。

 通行証を無くさないようしっかり握り締めて、混雑しているギャンブル場を颯爽と後にするシルク。

 これから向かうべく地下街という見知らぬ街で、彼女たちはいったい何を目撃し、どんな出来事が待ち構えているのだろうか?


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