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第四章 悲劇の街~ 純真に思いを馳せる魔女(2)

 冥界橋――。そこは闇魔界の中枢と呼べるほど、悪意に満ちた邪悪な魔族が蔓延る魔の巣窟。

 暗がりの中に広がるこの空間を覆い尽くす、肌を震わせるような悪寒、そして、不快なほどの不気味な気配。そのすべてが、あたかも、橋を渡る人間たちを”冥界”に誘うかのごとく。

 シルクたちは血気盛んに、そんな禍々しい魔の巣窟へと足を踏み入れていた。

「すごい重圧ね。こんなところ、これまでに感じたことないわ」

 押し潰してくるような重たい空気が、シルクたちの全身に圧し掛かる。

 そのせいなのだろうか、彼女たちは冥界橋のたもとでピタッと足を止めてしまっていた。

 しかし、ここで引き返すことなど当然できない。王国王女のプライド、神聖なる天神が宿るシルバーのイヤリングの輝きにかけても、この魔族の気配が漂う空間を越えなければいけないのだ。

「さあ、行きましょう!」

「了解だワン」

「行くかコケ」

 慎重に動き始めるシルクたちは、暗黒に映えるような朱色の橋を歩いて、この冥界橋のチェックポイントであろう真四角の敷地まで辿り着いた。

 そこで一時停止し、視界に広がる暗黒の世界を見渡す彼女たち。

 そこには、どういう原理かわからないが、朱に染まった巨大な橋がいくつも空中浮遊している。

 先に進みたい彼女たちだが、ここに来て行き詰ってしまった。それはなぜかというと、この敷地からそれぞれの橋が繋がっておらず、すんなりと歩いて渡ることができないのだ。

「ちょっと待って。これ、どうしたらいいの?」

 空中に浮かぶ橋を見上げながら、シルクは戸惑いの表情で右往左往するばかりだ。

 これはきっと、魔族が仕掛けた罠に違いない。それぐらいのことは彼女にも想像できるが、如何せん、それを攻略する術がまったく思いつかない。

 ここは一つ落ち着いて考えてみよう。のんびり屋のワンコーが、前足で腕組みながら熟考してみる。

 彼は差し当たり、真四角の敷地を四方八方見渡してみた。すると、四隅の一箇所に、何やら踏み台のような突起物があることに気付いた。

「姫、あれを見るワン。あの角っこに何か踏み台みたいなものがあるワン」

 あそこに謎を解く鍵があるのでは?と、そう説明しながら前足でそれを指し示すワンコー。

 百聞は一見にしかず。シルクは警戒しながらも、意味ありげなその突起物までゆっくりと近づいていく。

 それに目を凝らしてみると、彼の推察通り、下方向へ押し込まれる構造のように見える。恐る恐る手で軽く押してみたが、それぐらいの力ではどうも沈み込まない仕掛けのようだ。

「なるほどね。ねぇ、ワンコー。あなた、試しにここへ乗ってみて」

「へ?」

 ワンコーはあからさまに嫌そうな顔をする。実験台にされるのは、まっぴら御免といった苦々しい表情だ。

 無論、お供という立場にそんなわがままなど通用しない。彼はあっという間にシルクに持ち上げられてしまい、気付いた時には、その踏み台の上にしっかりと乗せられていた。

 実験台にされて半泣き状態のワンコー。強引とも脅迫とも取れるご主人様の暴挙に嘆き、彼はただただ咆哮するばかりであった。

「あ、本当に沈んでいくわ」

 ワンコーを乗せた踏み台は、機械仕掛けのような微振動とともに下方向へ沈み込んでいく。

 それと同じタイミングで、興奮したクックルーの張り上げる声が周囲に響いた。

「お、おい、見ろコケ! 橋がこっちに近づいてくるコケ」

 大方の予想通りではあるが、踏み台と空中浮遊する橋は連動していたようだ。

 踏み台が完全に敷地の中に吸い込まれると、近づいてきた朱い橋も、シルクたちを迎えに来たかのように、敷地の側面にぴったりと結合した。

 シルクはワンコーを抱きかかえるなり、お利口、お利口とばかりに、頭を撫でながらその功績を称えた。

 さっきまで嘆き節の彼であったが、そんな飼い主のスキンシップに触れた途端、軽々と心を許してしまう単純な性格なのであった。

「さあ、これで道が開けたわよ。行きましょう!」

 その時、シルクは浮かれていたせいか、踏み台と橋のカラクリに気付くことができなかった。

 時間が経過するごとに、先ほどの踏み台も、さらに渡るべき橋も少しずつ動いてしまうことを。


 さらなる奥へ繋がる敷地へ真っ直ぐに橋が架かり、シルクたちは用心しながらその第一歩を橋の上に乗せる。

 微動だにしない橋の頑丈さを確かめるなり、逸る気持ちでその朱色の橋を渡っていく彼女たち。

 橋の下をチラッと覗いてみれば、そこはまさに暗黒の底なし沼。万が一転落しようものなら、生身の人間では間違いなく命を落としてしまうだろう。

 数十メートルほどの距離があるこの長い橋、何の変哲もないはずが、何やら微振動を感じる者がいる。こういう時ほど敏感に反応するのは、動物的な勘に冴えているスーパーアニマルたちだ。

「なぁ、ワンコー。何かおかしくないかコケ?」

「何かおかしい気がするワン。この橋、動いている気がするワン」

 ワンコーとクックルーは顔を突き合わせて、不審を抱くように頭を傾げる。

 この橋は彼らが感づいた通り、魔族が仕掛けたカラクリによって自然と動き出してしまったのだ。

 そうである。先ほどの踏み台が元の位置に戻るのと同じく、この橋もまた、元々あった空中へ戻ろうとしているのだ。

 それに気付いた時は、もう時すでに遅し。

 シルクたちを乗せた橋はゆっくりと上昇を始める。それはもちろん、降り立つべき敷地から離れていくことを意味していた。

「た、大変よ、みんな! 早く、向こう側まで渡り切らないと!」

 シルクはそう叫び声を上げながら、十メートルほど先に見える向こう側の敷地まで猛ダッシュしていく。

 ワンコーもクックルーも、それはもう死にもの狂いで駆け出していった。

 その距離はどんどん詰まるも、降り立つべき敷地との距離もどんどん離れていく。すでに敷地と橋との高低差は、ジャンプでなければ乗り移れないほどの間隔まで広がっていた。

 宙を彷徨い始めた橋の切れ目から、まず最初にジャンプして飛び移ったのは、四つん這いで颯爽と走り抜けた犬のワンコーだ。

 それに続いたのは、羽根を壊れるほどにばたつかせて空中を舞った、飛べないはずのニワトリのクックルー。

 彼らは身軽さと軽量さが功を奏し、高低差のある敷地にどうにか無事に着地できたが、最後に残る、呼吸すら忘れて懸命に走っていたシルクはというと――。

「む、無理、無理! こんな高さから飛べるわけないわ!」

 両手をじたばたさせながら急停止したシルク。それもそのはずで、彼女が立ち止まった橋と敷地との落差は、人間が飛び降りる高さをはるかに超過していたのだ。

 彼女を乗せたまま、無情にもぐんぐん上昇していく朱色の橋、その動きをようやく止めた時には、ワンコーたちとの距離も、声が届くのがやっとというほど離れてしまっていた。

「姫ー、何しているワン。早くこっちへ来るワ~ン!」

「おい、シルク、何してるコケ! 早くこっちへ飛び降りろコケー」

 人間の身体能力などお構いなしに、ワンコーとクックルーは急かすように平然と声を張り上げる。

「ムチャ言わないで! こんな高さから降りたら、大変なことになっちゃうわよ」

 きっと、橋を動かす仕掛けがどこかにあるはず。シルクはそう考えて、ワンコーたちに調査するよう指示を出した。

 ワンコーとクックルーは手分けして、この敷地の四隅を隈なく見渡してみる。すると、四隅のうちの二箇所に、先ほどと同じような踏み台らしき突起物を発見した。

 彼らは二手に分かれて、その踏み台の上に乗っかってみたが、踏み台そのものは沈んでいくも、シルクが立ち往生している橋はうんともすんとも言わず、異変らしい異変もまったく起こらない。

 その代わり、別のところで空中浮遊していた別の橋が下降してきて、彼らのいる敷地の側面にぴったりと結合した。

「う~ん、あの橋を動かす仕掛けは、やっぱり向こう側の敷地にしかないんだワン」

 ダメだこりゃ……。まなじりを下げて、悩ましげな顔をぶつけ合うスーパーアニマルたち。

「シルクー! やっぱり無駄だったコケ。もうそこから飛び降りるしかないコケー」

「あなたたち、諦めるのが早いわよ、もう~」

 橋の上で憤っていても、飛び降りるしか解決の糸口がないのもまた事実。

 シルクはゴクッと息を呑み込み、降り立つべき敷地がある遠景を見下ろした。

 敷地を取り囲むのは、吸い込まれそうになるほどの深い暗黒。それに眩暈を覚えて、背中に汗が滲んで足が竦んでしまう彼女。

 それでも、絶望と恐怖を振り払おうと髪の毛を振り回した彼女は、奇跡を起こすべく、シルバーに輝くイヤリングにそっと手を触れる。

(神聖なる天神よ。どうか、あたしにもう一度奇跡を)

 シルクは天に祈りを捧げて、背中に大きな翼を持つ美しき白鳥になれと、自分自身にそう暗示をかける。

 少しばかり後退し、アキレス腱を伸ばして、屈伸運動でストレッチを始める彼女。

 いよいよ覚悟を決めて、彼女は精一杯助走を付けながら、橋の端っこから思い切りジャンプを試みた。

 この冥界橋という暗闇の中で、華麗なまでに宙を舞うシルク。

 その全身がまさに白鳥のごとく、真っ白な光に輝く……と思いきや、彼女に聖なる奇跡は起こらなかった。

(そ、そんな!)

 翼を広げる願いが叶わなかったシルク。天性なる跳躍力で暗黒空間こそ飛び越えたものの、その先で彼女を待っていたものとは、硬い地面との激突という最悪の事態に他ならない。

 そこに死を感じた彼女は、恐れるあまり瞳をグッと閉じ切って、踏ん張るように奥歯もグッと噛み締めた。

 ワンコーとクックルーもなす術がなく、口をだらしなく開けたまま、それを呆然と見つめることしかできなかった。

 まさに危機一髪のその瞬間だった!

 突如現れた旋風のような赤い影が、ワンコーたちの横を超高速ですり抜けていった。

「ウッ!?」

 シルクの全身に落下の衝撃が走った――。ところが、それは激痛というより、受け止められた時の柔らかさを感じさせるものだった。

 瞑っていた瞳をゆっくりと開けて、生きていることを実感した彼女、そのおぼろげな視界の中に、自分のことを抱きかかえる人影のようなものが薄っすらと映る。

 紋章を装飾した光沢のある兜を被り、真紅に染まった鎧を纏った男性の姿。兜の隙間から覗く凛々しい目が、彼女のことを見守るように見つめていた。

「よかった。ご無事だったようですね」

「あ、あなたはいったい……」

 この状況を理解することができず、シルクはつぶらな瞳を見開き呆けた顔をしている。

 ワンコーとクックルーも、いきなり登場した謎の男性の存在に、びっくりとした顔を向け合っていた。

 お姫様抱っこしていた彼女をそっと地面に下ろし、安堵感から表情を綻ばせるその男性。

「わたしはこの先にある、悲劇の村というところを目指していた冒険者です」

 男性曰く、先を目指して進んでいたところ、渡っていた橋がいきなり動き出してしまい、この敷地まで強制的に戻されてしまったとのこと。その原因は言うまでもなく、ワンコーたちの仕業であるのだが。

 いったい何事かと確認してみたら、一人の少女が上空から落下してきた瞬間に出くわした。そこからは、彼女の命を救うまでの先ほどの顛末の通りである。

「……ど、どうもありがとうございます」

 シルクはまだ動揺しているのか、男性に向かってたどたどしくお辞儀をするしかない。

 決して武骨ではないものの、背丈があり体格もスマートで、年齢も二十歳代前半であろうその男性。幹のように太い大剣を腰元に下げているところから、どこかの王国の剣士と呼ぶに相応しい風貌である。

 凛とした容姿からチラリと見せる、とても爽やかな微笑みが、呆然としているシルクの瞳の中にくっきりと焼き付いていた。

(あれ?)

 シルクは剣士らしきその男性の端正な顔つきと、血で染まったような赤い鎧に釘付けとなる。

 この人、どこかで見掛けた気がする――。彼女はそんな記憶が脳裏を過ったが、すぐさま、彼からの問いかける声でかき消されてしまった。

「それはそうと、あなたたちはどうしてここへ? 冥界橋は大変危険な空間ですよ」

 腕っぷしの強い魔物や、強力な魔法を唱える魔族が生息するというこの冥界橋。それだけではなく、空中浮遊する橋を効率よく足場にしなければいけない、いわゆるカラクリを攻略する必要もある。

 シルクのような女の子や、少人数だけで乗り越えるには困難だろうと、その剣士は冒険者という立場から、彼女たちの無謀とも言える行動に注意を促した。

 さすがに命の恩人には反論できず、今回ばかりは反省の色を濃くしていたシルク。とはいえ、使命感を果たすべく戦いに臨む信念だけは、どうしても伝えたかったようだ。

「あたしたちは、闇魔界にいる人たちをどうしても救ってあげたい。だから、この冥界橋を突き進まなければいけないんです」

 潤みがちの瞳で訴える勇敢なる決意、それは無謀をはるかに超える精悍さを映し出している。

 女子供だから危険なのは承知の上。それでも、ここへ導かれた運命にめげることなく、ひたすら前を向いて前進したい。これこそが、王国王女であるシルクの誇り高き不屈の精神であった。

 語気を強める彼女の信念を耳にして、剣士は予想もできなかったのか、少しばかり呆気に取られていた。

 子供のくせに何を生意気なことを。そう嘲られると思ってか、彼女は俯き加減で押し黙ってしまい、悔しさのあまり唇を噛んだ。

 ところが……。彼の口から出た次なる言葉は、彼女の落ち込む思いを打ち消すものだった。

「それは素晴らしいことです。あなたの勇気ある行為に、わたしは心から敬服いたします」

 剣士はまさに紳士のごとく、礼儀正しく平身低頭で、シルクの真っ直ぐな熱意に敬意を表した。

 彼女はただただ唖然としていた。これまで幾度となく子供扱いされてきただけに、女性に対する折り目正しい彼の低姿勢がとても誇らしく見えていたようだ。

 ありがとう、ございます……。彼女は口から呆け気味のお礼を漏らすと、その紳士的な彼の凛々しい顔をじっと見つめてしまい、いつの間にか頬をかすかに赤らめた。

「姫、どうしたんだワン?」

「おい、何、ボケ~っとしてるんだコケ」

 スーパーアニマルたちに声を掛けられて、ハッと我に返ったシルクは、火照りを冷ますようにふるふると顔を左右に振った。

 命を救ってくれたことも、このような形で出会ったのも何かの縁。彼女は自己紹介を兼ねて、赤き鎧を纏ったその剣士の名前を尋ねることにした。

「あたしの名前はシルクといいます。人間界では、パール王国を統治する王家の王女でした。あの、できましたら、あなたのお名前を頂戴できませんか?」

 いつになく畏まり、王女らしく慎ましやかに振る舞うお姫様のシルク。

 そんな王国王女への非礼を詫びるように、その剣士は光沢のある兜を取り外すなり、襟足まで伸びた髪の毛ごと頭を下げる。

「これはご無礼をいたしました、シルク姫。わたしの名前は、クレオート。とある王国に籍を置く、しがない下級兵士でございます」

「え!?」

 偶然出会った命の恩人が、心をときめかせてくれた紳士が、まさか、まさか捜していた人物だったとは!

 シルクは口元に手を宛てて絶句してしまった。彼と出会ってからというもの、彼女は驚きの連続で呆けてばかりである。

 言葉を失っている彼女に気付き、クレオートと名乗った剣士は不思議そうに首を軽く捻った。

「シルク姫。どうかされましたか?」

「どうもこうもないわ。あなたのことを捜していたの、クレオートさん!」

 この奇跡的かつ運命的な出会いに、シルクは満面の笑みを浮かべて声を弾ませる。

 ワンコーとクックルーもホッと吐息をついて、一つの目的を果たせた達成感に喜びの声を上げた。

 沸き上がる歓声に唖然とし、複雑な面持ちで戸惑うばかりのクレオートだったが、彼女からここまでの経緯を聞かされて、ようやくその事情を理解することができた。

「なるほど。覇王三剣士から、わたしの話題を伺っていたのですね。困惑の村を越えてきたということは、姫はわたしと同じ道のりを辿ってこられたようだ」

「覇王三剣士の方々から、あなたが、この世界から脱出できるヒントを知っているのでは、と伺いました。クレオートさん、その辺りをご存知ないですか?」

 シルクがそう問いかけてみるも、クレオートの表情は曇りがちとなり、どこかやり切れなさすら感じさせるものだった。

 闇魔界という名の地獄からの脱出口は、まさに伝説とも言える未開なる地。それがどこにあって、また本当にあるのかも知り得ず、ここまで冒険を続けてきた彼の答えなど、そんなぼやけたものであった。

 ただ一つだけわかっていることは、闇魔界と人間界を繋ぐ亜空間を自発的に超えるには、並々ならぬ忍耐力と精神力が必要だということだけ。

「それには及びませんわ」

 クレオートの懸念を覆すように自信満々に微笑んだシルク。神聖なる天神の力と、スーパーアニマルたちに支えられている限り、どんな困難と試練の道のりもきっと乗り越えられるだろう、と。

 その自信に満ち溢れた瞳の輝き。そこからみなぎる闘争心。それを感じ取った彼は、冒険者の一人として、彼女の秘められた能力に敬服したようだ。

「わかりました。シルク姫の険しく、長き道のりとなるであろうその冒険、ぜひとも、わたしも同行させてください。わたしは兵士としては若輩者ですが、何かのお役に立てるはずです」

 真紅の鎧に手を添えて、旅のお供をさせてほしいと懇願するクレオート。腰に据えていた大剣を鞘ごと抜き取って、主君に随従すべく一人の騎士となる覚悟をここに誓う。

 彼の忠誠心を目の当りにし、シルクの表情が闇を明るくするほどパッと晴れやかになる。

 冥界橋を攻略するのもそうだが、この先で待つ未開なる道中を考えたら、冒険のメンバーは多い方がいい。そう心に思う彼女にしたら、彼の勇ましい厚意は願ったり叶ったりであろう。

「わあ、本当ですか? それはとても嬉しいです。あたしたちと一緒に、希望を目指して前進しましょう!」

「シルク姫。どうかご遠慮なく、わたしのことはクレオートとお呼びください」

 王国王女であるシルクに対し、クレオートは紳士らしく、中腰になって誠心誠意を捧げようとする。

 この世界ではお姫様も何もないのだが、ここまで忠義を示されてしまうと断るに断り切れず、苦笑しながらもそれに同意した彼女。でもその心情を覗いてみると、さほど悪い気はしていなかったようだ。

「わかったわ、これからよろしくね、クレオート」

 シルクがそっと小さな右手を差し伸べると、クレオートも大きな右手でそれを受け止める。

 これからの冒険をともに戦い抜くため、二人は信頼を誓い合い固い握手を交わした。

 ところがこの二人、握手したその右手を一向に離そうとはしない。まるで、お互いがお互いの温もりを感じ合っているかのように。

 いよっ、お似合いのご両人!とばかりに、そんな二人へちゃちを入れるのは、ニタニタとほくそ笑んでいるワンコーとクックルーの二匹だ。

「姫。そろそろ、挨拶は終わりにしてほしいワン」

「まったくだ、いつまで手を握り合ってるんだコケ」

 お供の二匹に冷やかされた途端、シルクとクレオートは磁石が反発するように右手を離した。

「ちょ、ちょっと何を言っているの、あなたたちはもう!」

 顔を真っ赤にしながら頬を膨らませているシルク。

 照れ隠しなのだろうか、彼女はクレオートの端正な顔からさりげなく目を背けてしまった。

 それは淡い恋心だったのだろうか? そんな彼女のいじらしさをよそに、彼の方はというと、至って冷静な姿勢を装い、自らが先頭に立って果敢に歩き始める。

「わたしはこの仕掛けを熟知しています。ここはわたしが先導しますから、付いてきてください」

「あ! ま、待って、クレオート。置いていかないで」

 王国に仕官していた兵士らしく、この不穏が漂う中でも臆することのないクレオート。

 勇ましくも逞しい彼の真紅の後ろ姿を、つい憧憬の眼差しで追いかけてしまうシルク。

 目がとろんと惚け気味の彼女を見て、呆れた視線を送っているワンコーとクックルー。

 新たに心強い仲間が加わり、彼女たち冒険者パーティーはこれより、冥界橋というカラクリ地獄を突破しようと始動するのであった。


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