白紙に描く未来3
アレス様が顔を上げて眉を寄せたので、その考えがうっかり口からこぼれ落ちていたことを知る。
「あんな悲しいことって、妖精のことを言ってるのか?」
責めるような厳しさに、うやむやに笑って誤魔化した。
「散々苦しめられ酷い怪我まで負わされておいて、どれだけ人がいいんだ……」
深々と溜息をつかれた。
けれど、待つだけの寂しさがわかるものですかと憤然としていた妖精の姿と、あの夢。あの夢を自分のことのように感じるほど繰り返し見続けた後なのだ。
「でも結局、高祖父が高祖母と結婚するために妖精を裏切ったのがそもそもの始まりなんですよ?」
「見解が妖精に偏っている。事実を知る術はないが、どのみち王女との縁談など本人の一存で断れるものではない」
アレス様は呆れているけれど、あの夢を思い出すと、頷くことができなかった。
待ちきれなくなりギルベインの身を案じた妖精が、妖精であることを捨てて会いに行って見たものは――ギルベインが妻と娘と3人で幸せそうに笑っている姿だったのだから。
それを見た瞬間に妖精の胸の中には黒い炎が燃え上がり、彼を強引に連れて水中深くに逃げ、彼が冷たくなっても離さなかった。
憎悪は、彼が死んでも全然晴れなかった。
喪失感が増しただけだった。
だから彼女は亡骸に縋って、いつまでもいつまでも泣き続けた。
胸の中にぽっかりと開いた虚無感と、狂おしいほどの悲しみと寂しさ。
彼女はそれらを埋めたくて足掻いて。
でも彼女は空回りし続けた――。
真実を知る術は、確かにない。
ギルベインも最初から裏切るつもりではなかったかもしれないし、嫌々結婚したのかもしれない。
でも、彼女は妖精であることすら捨てたのに、彼はたかだか家を捨てなかった――それは、なんという不公平、不条理だろうか。
「それに、もしそうだったとしても、罪のない子孫まで延々と呪うことはなかったんじゃないか? そもそもなぜ憎いはずの恋敵やその子孫の身体を器にしようと思ったのか理解できない」
「……それは多分、愛されたかったからですよ」
今もあの湖の底には高祖父の遺体がある。
妖精はその遺体に向かって必死に自分の姿を見せ続けて、目覚めるのを待ち続けている。
それもまた、哀れだった。
「理解できないな」
「……そうですか? 私は、少しだけわかりますよ」
彼が愛している人の姿になれば、もう一度愛してもらえるかもしれないと考えた。
それだけの裏切りを受けながらまだ愛されることを望んだ、悲哀に満ちた妖精――否、元妖精と呼ぶべきだろうか……。
彼女を許すのかと聞かれれば、答えは否だった。
両親や祖父母の苦しみと痛みだって想像を絶するものだっただろうし、子供を奪っていったことも、無関係な人々の命を無惨に摘み取ることに躊躇も罪悪感もなかったことも、到底許せるものではない。
けれどそれでも、心のどこかで彼女の境遇を哀れに思わずにはいられなかった。
彼女はグラ一族を呪うと同時にそれが自分自身をも苦しめ続けていることに、気づいていない。
もう解放されればいいのに、と思う。
――別の女を想っている男なんて、いないほうが清々するわよ。
それに気づいたのならもう、その呪縛から自由になることだってできるはずだから。
もうそれが無意味で空しいだけだと気づいて、これ以上グラ家の娘を器にするのをやめてくれたら。
あの子を……返してくれたら。




