67話 交渉
セリカは足組みをして、ニヤリと笑ってくるが、その態度は貫禄を感じさせて慣れたものだった。年相応の精神ではないらしい。
そして、花梨は美味しいにゃと、チョコレートケーキを頬張っている。俺、お前と交渉しに来たんだが。
「猫はチョコレートって、駄目じゃなかったか?」
玉ねぎとか、チョコレートとか。
「あちしは猫じゃなくて、人間にゃ。猫と同じ弱点はないにゃん」
フォークを振りながら、ウィンクをしてくる花梨に、そうなのかと頷くと、またケーキを食べ始めた。駄目だ、会話をしようとしても、全く話す気がないようだ。本当に交渉はセリカにお任せなのか。
「さて、君に紹介したいのは『城壁』という名のスキル持ちさ。僕もこの間、知ったんだけどね。蛟騒ぎの時に」
「『城壁』? 戦闘系統に聞こえるが?」
雫からはそのスキルの内容を聞いているが、惚けておく。というか、欲しいと思った娘のことか。
「そうなんだ。そう聞こえるよね? 防御系統のスキルのように。でも、違うんだなぁ。『城壁』はその建物の構造を解析し、どこをどう直せば良いか解析するスキルなのさ。知識系統に属するスキルなんだ」
「はぁん……知識系統か。建物の知識なんざ、熟練した建設業者や機械がある内街はいらないと。だが、そいつ使えるのか? レベルゼロで1から育ててくれと言われても困るぜ?」
自慢げに語る笑顔のセリカに目を細めて、疑問符をつける口調で尋ねておく。俺はその娘の力を知らないことになっているからな。しかし、まぁ、知識系統はハズレスキル扱いっぽいな。まぁ、レベルを上げる苦労を考えると、さもありなんと言ったところか。
雫が教えてくれたが、『城壁』は本来は戦闘で使うものではないらしい。ドワーフ娘が使用した光の壁は、たんなる建造物を作る前の模型にすぎないとか。本来はスキルで構造体にスキャンを実施して、問題がないか、あるならば、どこをどうやって修復するか解析できる優秀なクラフトスキルとか。まさに『城壁』と言ったところか。
「大丈夫。彼女はレベル3さ。元々、壁の建築をスキル1つでパパッと行えるんじゃないかと言われていたんだ。彼女のスキルは前例がいなかったからね。でも、上はレベル3になって、そんな性能ではないらしいことに気づいて、見事捨てられたわけ。『鑑定』スキルを持つ僕だけがわかったわけだ」
鑑定? ……まぁ、良いか。
「ふむ、そりゃあ、俺にとっては幸運だが、彼女には不幸だな。だが、もう1つ。給料をそこまで高くはできないぞ? 内街の給料がいくらかわからんけど」
廃墟街どころか、外街の連中よりも遥かに高いはず。月給ではなくて、依頼ごとに応じた契約になるか。なにも建設会社をやりたいわけじゃない。
「その話し合いは実際に会ってからどうぞ。そこは裁量に任せるよ」
「決裂したら、月の支払いは止める。それと、要はその娘に使った分を寄越せということだろ? 月1で12個までポーションを払おう。それでも良いなら、その提案、受けよう」
明らかにぼったくりだ。……だが、先行投資といこうじゃないか、スキルってのはレベルが上がれば上がるほど、楽しいことになるからな。悪いが返せと言われても、もう返さないぜ。
「決まりだね! 良かった、了承してくれて。断られたら外街の建設会社を紹介する予定だったんだ。書面を起こすから少し待っていてくれないかな?」
「不要だ。廃墟街の住人との取引なんざ、存在しない。だろ?」
パンと手を打ち、腰を上げかけたセリカへと片眉を上げて冷笑を浮かべてみせる。俺の言葉に、ニヤニヤとし始めるセリカ。
「ふふっ。気に入ったよ。それじゃあ、口約束で。我は神代セリカ、コンゴトモヨロシク」
最後のセリフをなんだかへんてこなイントネーションにするアルビノの美少女。なんだ、どういう意味だ?
ちらりと花梨を見ると、ニャハハと頬をかいて苦笑を返してくるので、意味はないらしい。
『ゴブリンと合体させましょう。外道スライムになると思いますが』
ふんすふんすと雫さんが口を挟むが、ゴブリンに性欲はないぞ。というか、不穏な言い回しだな、まったく。
「あぁ、短い付き合いになるかもしれんが、どうぞよろしくな」
俺の答えに満足したのか、うんうんと頷いて身体をソファに凭れさせて、きらりと目を輝かす。話は終わり……では、なさそうだな。
ギシィとソファはスプリングが古いのだろう軋む音をさせて、話を続けてくる。猫娘はおかわりと言って、箱からチーズケーキを取り出していた。
「僕の本命の提案は実はこっちなんだ。君は蛟を倒した人を知っているかい?」
「俺が蛟を倒したと名乗りを上げていないのは確かだな」
セリカが俺へとルビーのような瞳を向けて問いかけてくるので、正直に答えてやる。俺は正直者だからな、花梨。
「そうかい。それじゃあ、蛟の素材を持っているかな? 蛟を倒した輩は一番貴重な牙と鱗の部分のみを持っていったんだけど」
「俺はあの地域を支配している男だからな。蛟の話は聞いているよ。軍がでっかい蛇をトラックで運んでいったからな。蒲焼きにして食べられるかと思ったのに残念だ。少なくとも、俺の市場で売りに出されたことはない」
「ふ〜ん………」
正直者の俺をジロジロと眺めて、セリカは面白そうにため息を吐き、花梨へと顔を向ける。
「駄目だ、防人は君のスキルを看破しているよ。今の話は全て真実として判定されただろ?」
「ニャッ?! あちしのスキルを知っているのかにゃ! バレたことないにゃん」
驚き、フォークを取り落とす花梨を頬杖をしながら眺める。なんで、セリカ一人で交渉を終えることができるのに、無駄話をしてお前が帰ってくるのを待っていたかわかってんだよ。虚実看破スキルが欲しかったんだろ。
オロオロとセリカと俺の顔を行ったり来たりと見る猫娘に口元を曲げてみせる。うぅ、と花梨は俺の態度にたじろぎ身体を引く。
「君のスキルは眼にマナが集中されるんだ。とはいえ『マナ感知』を使用しないと、普通は見えないはずなんだけどね。僕は自然に感知できる人を僕以外で一人しか知らないよ」
「茶番は終わりだ。で、これで話が終わりなら帰るが?」
雫の存在を確認したかったのなら、残念だ。彼女はミステリアスガールを目指すことに決めたみたいだぜ。
「いや、次が本命なんだ。ごめんね」
腰を上げかけた俺に、セリカが片手を突き出して制止してくる。ん? 雫のことを聞きたかったんじゃないのか。
不思議に思う俺の表情に頷いて、今度こそ本命と言う話を始めてくる。
「僕は研究所を貰って、所長に就任したんだけどね。有形無形の形で嫌がらせを受けて、所員は集まらないわ、素材も集まらないわで、大変困っているんだよ。あまり源家に借りは作りたくはないし、どうしようかと悩んでいたら、君の話を聞いたわけ」
「ふむ。続けてくれ」
座り直して、話を聞くことにする。どうやらこの少女、良いところのお嬢様というわけでなく、才覚だけで成り上がったようだ。そうでなかったら、所長になったのに所員が集まらないなんてないだろ。
「でだ。君の倒した魔物の素材を買い取りたい。ゴブリンキングの剣が最低ライン。あれは魔法金属だからね。それ以上なら、そうだね、強い魔物を退治した時にでも聞いてくれれば教えるよ。できれば、蛟の牙や鱗が欲しいんだけどなぁ」
「ふむ……正直、ゴブリンキングの剣は余っているからな、良いだろう。金額次第だがな」
流し目を送ってくるセリカに目を細めて了承する。ゴブリンキングの剣、家に大量にあるんだよ。蛟の素材は知らないな。
パアッと花咲くような満面の笑みを浮かべてセリカはパンと手を合わせる。
「良かったよ。それと僕の依頼も受けてほしい。どこそこのダンジョン攻略とか、素材集めとかさ。色々」
「断ることはあると思うが良いぜ。だが、依頼料は高いぞ?」
「ふふっ。了解だ。それなりに危険な依頼になるかもしれないし、契約金代わりに、装備を進呈するよ。あ、それと素材を持ち込んでくれれば、格安で武具を作ってあげる」
「余った素材はお前のポッケに入るんだろ。……だが良いぜ。今以上の敵と戦うのに、武具が必要だったんだ。……コスプレ衣装じゃなければな」
ファンタジー的な装備は遠慮したい。おっさんのイメージもあるんだよ。
「大丈夫大丈夫。そこらへんはわかっているよ。それじゃあ手付金に、これをあげるよ」
にこやかに微笑み、セリカは身を乗り出して目を瞑り、
チュッ
チュッ
と、片頬にキスをしてくるのであった。片頬に。
「へ?」
そして、顔を離すと呆然と自分の頬を押さえる。俺はおかしそうにその様子を見て、クックと笑ってしまう。
「手付金なんだろ?」
「ま、まさか僕の頬に……っ!」
ワナワナと震えて、顔を真っ赤にすると手を振り上げてくる。
「墜ちろ、かとんぼっ!」
『魔法盾硬質化』
突風と共にスナップの利いたビンタが俺の頬に迫るが、闘技にて補強された魔法の盾を生み出して、その攻撃を阻む。
「やったら、やり返される。頬にキスをしようとする者は、される覚悟もないとな? 小娘」
ニヤリと笑いながら、指を振る。年若い青年みたいに驚き狼狽すると思ったか? 残念、俺はおっさんなのさ。その程度で狼狽はしない。しかし……魔法盾にヒビが入るとは、馬鹿力め。
自分が頬にキスした時にやり返されたと、わなわなと肩を震わすセリカ。
「キャー!」
そして、可愛らしい声で叫ぶと顔を両手で覆い、ゴロゴロと床に転がるのであった。大人をからかおうとするからだぜ。
「だ、大丈夫にゃ、セリカ! からかわれたにゃよ。防人は親指と人差し指を合わせて、セリカの頬をつついただけにゃ」
慌てて、花梨が真実をセリカに明かして、宥めようとするので、
「まぁ、うら若き美少女に、俺から無断ではさすがにできないからな。それじゃあ、帰るぜ。ドワーフ娘と装備はよろしくな」
クックと笑い軽く手を振ると、俺は帰ることに決めるのであった。ハードボイルドだろ?
『……防人さん。セリカちゃんのキスを防ぐこともできたのでは? 剣山の盾を作れば良かったのでは?』
ジト目で睨んでくる雫さんに、帰り道でケーキの土産を買うことで宥めることにはなったけど。剣山は酷いだろ。
古びたドアが軋みながらバタンと音を立てるのをセリカは耳に入れた。
「帰ったかい?」
セリカは床を転がるのをやめて、呟くように言う。
「うん、帰ったにゃんよ。全くセリカって意外と攻めに弱かったにゃんね」
「いや……それもあったけど、驚いたよ。魔法武器化に闘技を上乗せしていた。花梨から貰った映像は、魔法の多重操作だけだったからね。そうか、あの『影虎』。ゴブリンナイトをあっさりと倒せる力を持っていたけど、魔法武器化が上乗せされていたのか」
花梨はダンジョン攻略時の映像を密かに小型カメラで撮影し、それをセリカに渡していた。その映像を見て、セリカは防人を懐柔することに決めたのだ。本来は外街の建築会社を紹介するだけのつもりであったが、無理をして竜子を手に入れたのである。
「防人は変態的な魔法操作能力者にゃ」
「あれは異常だよ。魔法と闘技を両方同時に使用できるなんて見たことない。悪魔系統の魔物じゃないよね? 頭が複数あったりしない?」
「ふつーにゃ。見たでしょ?」
そのとおりだ。普通だった。その身体に渦巻く力は結構高いが普通だった。なぜあんなことができるのだろうか。まるで、高機能の演算増幅器でも頭に入れているようだ。
「いや、普通じゃないよ。この僕をからかうなんてね。俄然興味が出てきたよ。次に会うときが楽しみだよ」
なかなか興味深い男と出逢えたと、ほくそ笑む。彼の力は役に立つだろう。
「耳まで真っ赤にゃ」
ジト目となる花梨にこほんと咳払いをして、そっぽを向く。仕方ないだろ、普通は頬にキスを受けたら驚くものだ。まさか僕の頬にやり返す、しかも騙すなんて。
次は僕がからかってやる。
とりあえず、服を買いに行こうかな。




