-18-『死んだはずの男』
マスメディアは地球の滅亡だとよってたかって騒いでいた。
お茶の間のテレビは朝から晩まで隕石について報じている。
予想される日本経済への打撃、世界経済への打撃、中枢組織を東京都に一極集中していた政府への非難。
あれやこれやと議論の種は尽きることはない。
こんなときでも国民はパニックは起こさず、退去する都民が高速道路で渋滞を作っているものの、民放のアンケートによれば驚いたことに予想される危険域でも逃げようとしない人たちも何割かいるらしい。
誰だって、いきなり空から巨大隕石が降ってくるといわれても信じられないものなのだろう。
本当に危機感を覚えるのは天空に炎の玉が見えてからだ。
<リトル・カーネル>の話では落下するまで残り三日。
衝突の際には出力を抑えるので“そこまで”陸地に被害は出さないらしいが、関東地方をぶっ飛ばそうとする彼らの情報はもはや信頼に値しない。
「あれ、どれがどれだっけ。お兄ちゃん。その段ボールの中身確認してくれる?」
「ああ……」
荷造りをしていると、クーナが段ボールを顎でしゃくった。
左右に開いてみると、際どい下着がぎゅう詰めになっていた。
卑猥な形で情欲をあおるカラフルなショーツの束。通販で買いまくってるのは知っていたが、高校生が穿いて許されるものなのだろうか。面積が狭い上に紐すぎて犯罪臭すらする。
力が抜けてきて、怒る気力もなくなる。
「クーナ、ふざけてる場合か」
「まあ、そうだけどさ……成体になったジャイアント・イカロンもぼちぼち出てきてるみたいで、隕石のニュースで吹っ飛んでるけど、新聞には載ってるよ」
ばさっと包装に使っていた新聞紙を見せてくる。
踊る太文字は<妖怪大戦争! 現れしクラ―ケン!>との見出し。
地球の危機だというのに、東スポだけ全然ブレないな。
「イカによる地球侵略か……漫画みたいな展開だな」
「北海道じゃなくて、夏いっぱいな沖縄に行くでゲソ」
頭上で△を作って何かの真似をするクーナは楽観的だ。
思わず、苦笑がもれた。
沖縄で暮らすのもいいか。慣れ親しんだ家を離れるのはつらいが、家族が元気でいるならば俺は満足だ
と――スマホがぶるりとし、着信音が流れた。
番号は先輩から。
『緋村か。我々の長官がお前に話があるそうだ』
「はい? ええっと、銀河警察連邦とかでしたっけ……我々って言い方からして、俺ももう所属してる感じなんですか」
『そうだ。至急、私の家に来てもらいたい。非常勤職員として働け』
「給料ってもらえるんですか? まあ、別に先輩という形の現物支給でも構わないんですが」
『ボランティア精神を期待している』
素っ気なく通話が切れた。
先輩の家か――行ったことはないが、大体の場所はわかっている。
なんだか俺の扱いが雑になってきた気がする。
もしかするとこれが倦怠期というやつなのかもしれない。
竹林の小径を数分ほど歩くと、樫の木の門が見えた。
緑に包まれたひっそりとした薄暗い空間は心を落ちつかせる何かがあったせいか、対立組織の本拠に向かうはずのクーナは押し黙ったままついてきている。
玄関門へ続く五段の石階段があり、表札には『蒼井』と達筆な墨文字で記されている。
昔ながらの屋根瓦に提灯風の照明といった感じで風情がある。
インターフォンを押してみると、「はい、ああ、すぐ行く」と返事が戻ってきた。
古めかしい日本家屋に住んでいるのは銀河警察連邦の宇宙人であるが、見かけ上は大和撫子であるので住処としては似合ってはいる。
「緋村にくーちゃんか……ミィリンは来てないのか」
門扉を開き、顔を出した先輩は俺たち二人の顔を確かめ、屋敷に招き入れた。
「ミーナは万が一に備えて先に避難させることにしたんです。ところで先輩、なんで俺だけ名字で呼ぶんですか? 俺のこともテッチーでいいんですよ?」
「緋村、長官がお待ちだ」
無視られた。
艶やかなポニーテールがくるりと振られ、庭師が丁寧に植え込みを整えた風雅な前庭を歩いていく。
「お兄ちゃん。銀河警察連邦は正式に日本政府に認知されてないし、組織としても地球を辺境の僻地扱いにしてるから、そんなにパワーないよ」
「俺たちを呼び出したってことは対策があるってことじゃないか。それもまだお前はJGGを信用してるのか?」
「今回のことは不服だけど、私は組織の助けなしで地球外生命体を狩ることができないの」
情報を得るのは難しいことはわかる。
クーナの体質を考えれば今後も手を切ることはできない。
「宇宙の食料品とか、加工されたものを買うことができたりすればいいんだが……」
「そうだね。パパがママを連れて火星から戻ってきたら聞いてみる」
玄関で靴を脱いでスリッパを履き、縁側を歩く。
豪奢な屋敷は錦鯉が泳ぐ庭池や茶室と思われる別棟までも存在しているようだ。
庭は品のいい玉砂利が敷きつめられ、庭木は見栄えする松の木が綺麗な角度でくねり、ししおどしはカポンッと風靡な音を鳴らしている。
先輩は一室に俺たちを案内した。
ふすまを開けると、いきなり部屋の両脇で存在感を放つ藍色の水槽。
家屋に似合わぬ異彩。隙間があるが畳から天井までの空間を惜しみなく使ったせいで三段になっている。
壁に電線が這い、送気チューブの束が紐でくくられ、耳を澄ますとモーターの作動音が聞こえてくる。
微光で照らされた水槽はどれもこれも趣味がいい。
アクアリウムを趣味としていることもあって、有名な熱帯魚が種類ごとに分けられて優雅に泳いでいる。
その他にもアロワナやエビ類なども管理されており、見る者を楽しませる工夫が凝らされている。
岩盤の存在感やコケ類の水中での森林感はマニアがきっと喜ぶだろう。
先輩は部屋の奥のひときわ巨大な水槽を手を斜めにして示した。
「紹介しよう。私の上司であり、地球統括官であり長官の金魚警部だ」
『君が人間とグレイ族のハイブリットであり、改造人間の緋村鉄次君か。案外、普通の青年ではないか』
部屋の最奥にある水槽で口をパクパクさせる赤白模様の金魚――気のせいか俺の方を向いてしゃべってるような気がする。
――なんだろう。
今、先輩がちんけな金魚を長官とかいった気がする。
金魚はわりと成長しているので、祭りの金魚すくいで目玉にはなりそうだが。
「……先輩、もしやその金魚があなたの上司とか言いださないですよね」
「金魚警部は江戸時代から生きている三百年物の和金金魚だ。一流の諜報員であり、我々銀河警察連邦のテストに合格した立派なナマモノだぞ。失礼は許さんぞ」
『蒼井巡査、まあ止めたまえ。君が私の外見に驚くのも無理はない。だが、東京湾は我が母の地、救いたい気持ちは本物だ。わかってもらえるだろう』
「金魚は淡水生物では?」
『……』
「……」
『さて、今回のJGGの作戦である隕石計画だが……』
不自然な間ができたが。
金魚警部は尾ひれをふり、先輩が水面へ投下している粒状の餌を食ったりしながら話しだした。
しょせん、畜生か。
『我々銀河警察連盟としては到底、承服できるものではない。ぱくっ……うん、うんめえ……ジャイアント・イカロンを持ち込んだのも元はといえば彼らの仕業という可能性もある……おっふ、とってもミルキィーでジューシィッ!』
「なんだって?」
ラリッた金魚の口から出てきた衝撃の事実に耳を疑った。
俺が遭遇した地球外生命体は<海邸星>の生き物だとクーナからは聞いていた。
奇妙な共通項だとは思っていた。
ジャイアント・イカロンがJGGの馬鹿どもが持ち込んだものだとすれば。
そのせいで地球を混乱させているのだとするならば。
JGGは完全に悪の組織ではないか。
『驚くのは無理もない。やつらは自らの美食のためにギャラクシーアマゾゾーンというショップから様々な生き物を仕入れている。恐らく、なんらかの事故で一部を逃してしまったのだろう。君はその後始末をさせられていたのだ』
「証拠はあるのか?」
『……ある。我々はやつらの宇宙犯罪を暴こうと思っている。だが、君はまだ人類側の立場であるし、彼らの存在を開示することは危険を伴う。今回は関東地方を救うことで我々、銀河警察連邦を信用にたるものと思ってもらいたい』
何を信じるか――横に立つクーナと視線をかわした。
「癪だけど、真偽は別として何か解決する方法があるなら話に乗ってもいいと思うよ」
「俺たちにできることは限られるぞ。隕石もイカもどうしようもなくなってる」
『まずは隕石についての対処だが……蒼井君、あれを持ってきたまえ」
「はい」
先輩は押入れのふすまを開けた。
見かけは普通の押入れに見えたが、二段になっておらず、底部が抜けていた。
ウィンウィンと作動音がし、しゅーっと空気圧が抜ける音がしたかと思えば底板がせりあがってきてストップする。
そこには黄金色に輝く野球バッドが鎮座しており。
先輩はグリップをつかみ、俺へ差し出した。
『隕石をボールにしてプレイする球技、スペース・ベースボールで活躍していたスペースリーガーが使っていたコルク入りの反重力バッドだ。残念ながら彼は薬物違反で捕まったが、それは最上級の伝説のバッド。隕石を打ち返す力がある』
「おい。俺は隕石をどうにかする方法を尋ねたんであって、自殺のやり方を尋ねたわけじゃねーんだぞ」
「落ちつけ緋村。金魚警部は更年期障害を患っているんだ。責めないでくれ」
『蒼井巡査。私はたまに命の母を飲むが、まだ正気だ。緋村君、君の力なら隕石を打ち返すくらいはできるはずだ。このままでは関東大震災並みの死者が出る。それを防げるのは君の残酷超人パワーだけだ」
「おい、なんで残酷をつけたんだ。不要なもんをつけるんじゃねえよ」
「そうだよ、お兄ちゃんはたまに残虐ファイトをするけど、基本は正義超人だよ」
「お前も乗っかるんじゃねえよ」
渡された黄金バッドを持ち上げてみるとずっしりと重い。
十キロはあるだろうか、通常の金属バッドの約十倍はありそうだ。
隕石を打ち返す――俺にできるだろうか。
仮に成功したとして――俺はイケメンだし、勝利は約束されてるし――もしや世界中でニュースになり、放映に通じて俺に一目惚れした美少女が押し寄せてしまうのではないだろうか。そっちの方が問題だ。絶対に俺はアイドルデビューしてしまうし、お茶の間で歌って踊りして人気を集め、選挙権が与えられる頃に華麗に政治家に転身し、ゆくゆくは総理大臣の椅子に座ってしまうかもしれない。
そうなったら愛人をダース単位で持つことも可能なのではないだろうか。
俺の愛は横にたっぷり長く、広大だ。
枕を持った美少女の行列が俺の寝室の前にできても対応する自信がある。ちゃんと整理券を配るし、時間が来たらお呼び出しもするし、品切れ前にきちんと告知する。
俺は、俺は、俺は――大いなる正義の力に目覚めてきやがったぞっ!
「ぐへへっ……隕石は俺に任せな。次元の彼方までぶっ飛ばしてやるからよ」
「お兄ちゃん、よだれ、よだれ」
クーナがハンカチで俺の口許をごしごしとぬぐった。
いかんいかん。つい妄想が加速してしまった。
『いいかね? 続いて宇宙イカ、ジャイアント・イカロンの対処だが、協力者に頼むことにした。君のよく知っている人物であり、彼がいうには君の親友らしいな。彼は地球で巨大な宇宙イカに抗しうる唯一の生命体だ。そろそろ、自己紹介したまえ!』
その呼び声と共に後ろのふすまががらららっと横に押され、影が入ってきた。
振り向くと――俺もクーナも驚愕の顔に染まった。
「なんだって……お、お前はっ!」
そこにいたのはかつて俺が倒したはずの。
「ワイがファイナルウェポンや」
タコだった。
うーん……俺的には、ない、かな?




