碧は生まれる
―――イヤ、岡村さん………待ってよ。
志帆に囁かれ、俺は、その手を緩める。
息は、更に強く吹く。
俺は其をひたすら口に含ませ、そして―――。
目の前に碧が生まれる。
「岡村さん、やっぱり〈男〉なんですね?」
志帆は、俺にくっついたまま、そう、訊いてきた。
「〈女〉なら、誰でもでは、ないぞ」
相手がおまえだから、俺は――なんだよ!
――どうして、私―――――?
口癖のように、事の後、志帆は決まって、そう、だった。
志帆を触れてる時は、確かに、心地よい。
化粧しても変わらない顔に違和感は、ない。
―――岡村さん、帰ってきてよ。
よしてくれ。俺は、本社を追い出された身分だ。
―――みんな、本当は、あなたの帰りをまってるのよ!
志帆、もう少し、強くなれよ―――。
とっさに落胆する志帆に、罪悪感。
「こうして、会ってるんだ。頑張ってくれ……」
いつものように、志帆の自宅から離れて、車を停め、降ろす。
――お休みなさい。
志帆の声が震えていた。家に着いたら、速効号泣だろう。
――俺は〈英雄〉じゃない。
本社の上層部にのさばった木野は、現場を牛耳る行動を起こした。
俺が、支店に異動してから、従業員は何人も辞めてることも、志帆を通じて、知っている。
―――今の俺では、守れない。
どうすることも、出来ない――。
玄関を開いたと、同時に、携帯が着信音を鳴らす。
《明日は、休ませてください》
「―――。またかよ」
即、その、メールを消去させた。
高本竜雄。俺の直の部下の〈これ〉には、毎度付き合わされてる。その度尻拭いはしている。
数字の管理には、長けてるが、体調にはからっきしのこいつに本社は、いや、社長は甘い。
―――帰ってきてよ。
志帆の言葉が、リバースする。
俺は、今の会社を辞めるつもりだった。同業者の会社に移りたいと、幹部に伝えたら、支店へ異動と、命じられた。
会社での、人脈、実績は、木野より上のランクだった。俺の体制に不満を 抱いたのも、木野だった。
社長の下っぱに取り入って、後はご覧の通り。
志帆、俺は臆病者だ。
争いから、結局は逃げたようなものだ。
俺とおまえの繋がりを幾度も、連中から憶測されていた。
おまえを、置いて、俺は、逃げた―――。
「岡村さん、私にも選択の余地させてよ」
「……ちゃんと、がっつりと、呑んで食え!」
持ち込む為に、スーパーマーケットで惣菜コーナーの品を手にする俺に、志帆は異議をする。
「入浴剤の個別売り、置いてなかったよ?」
「このまえ、お徳用で買ったの持ってくればよかっただろう?」
無茶なことです!
ふんっと、志帆は顔を振る。
「すねるな」
レジを済ませ、駐車場に停める乗用車に、向かい、車内に入ると、即、志帆に触れる。
「〈場所〉が、違います!」
「俺の楽しみを奪うなよ」
俺とこっそり会う為の〈場所〉の部屋。お互い、バスローブを纏うため、脱衣する。
志帆の肌が表れて、俺は、背後から腕を挟む。
「早すぎる………」
志帆の甘くふくよかな声を俺は、口の中に押し込む。
「ご飯、食べようよ」
テーブルにレジ袋から〈夕食〉を取りだし、並べる。
「エアコンの温度、少しあげない?」
風呂上がり後、バスタオルで肌を隠す志帆は俺に、そう、催促する。
「乱れろ」
俺は、コップに並並と、赤ワインを注ぎ込み、志帆に差し出す。
一気飲みして、空になったそれを、テーブルの上に置く志帆を確認する。
「私の息で酔っぱらうよ?」
「其れくらいでなるものか………」
…………。いきなりは、イヤ。
志帆の囁き、木霊する。
手を結び、脚を絡まさせ、更に深く身を結ばせる。
肌に唇を這わせる度、志帆は震えていた。
その、振動を俺は受け止める。
碧が生まれる。
―――その瞬間が、たまらなく、愛おしい ――。




