99話 思わぬエスカレーション
ガストンらの工事が本格的にスタートすると、思わぬ事態が発生した。
周辺の豪族や領主らが様子見に人を送ってきたのである。
これは当たり前と言えば当たり前のことで、半独立した軍閥のビゼー伯爵が軍を送り込んで橋頭堡を築いているのだ。
その矛先がどこに向かうのか探るのは当然の用心である。
はじめは城外で資材を調達していた者が遠巻きに工事をうかがう一団を見た。
ほどなくすると、地元民を名乗る者が人足や兵士に食料などの取引を持ちかけてきた。
ほぼ無人の土地に地元民が突如として現れたのは明らかに不自然であり、これは現場の判断で相手にすることはなかった。
それから間もなく、城外で木材を運ぶ人足が武装した者に追いかけられる事件が起きた。人足はからくも難を逃れたが、これは露骨な工事の妨害である。
これを重く見たガストンは剣鋒団による見回りを強化した。すると狼藉者の小競り合いが散発的に起きることとなった。
この頃になると商人を名乗る者が取引のために城内に入りたがることが増えた。
利に聡い冒険的な商人が戦場で商売することはないことでもない。城外での取引ならば応じたが、あまりにしつこく情報を聞き出そうとする者はガストン自ら殴りつけて追い返した。
そして、時を同じくして見回りの部隊と狼藉者の間で大きめの衝突が起きた。
双方合わせて20人〜30人たらずの規模であったが、この時に狼藉者の指揮官を捕虜にしたのである。
これが事態をややこしくした。
「やい、テメエらはなんのつもりで工事を邪魔しやがるんだ! 誰のさしがねだ! 答えねえなら酷えぞ!」
度重なる妨害にいらだつガストンは何度も捕虜の顔を張るが、この捕虜もなかなかのものである。
口を引き結び、グッとガストンを睨みつけるだけでダンマリを決め込むのみだ。
年のころは20代半ばか、30才に至らぬほどのたくましい男である。
鋲でかしめた硬革の鎧で身を固め、鼻を守るカバーがついた鉄の兜を被っていた。
佩いている剣もなかなかのもので盗賊の類ではないのは明らかである。
「テメエはどこぞの従騎士か、いやそんなわけねえな。名誉を知る武者なら名乗らねえはずはねえ、名もねえ盗賊として吊るしてやろうか! テメエの死骸は便所に浮かべてやる! 先祖の名誉も小便まみれにしてえか!」
ガストンの尋問には容赦がない。
ののしり、張り倒し、髪をつかんで引きずり回し、動かなくなれば蹴り飛ばす。
小規模とはいえ築城中に合戦が起きた以上、ガストンも余裕がない。必死である。
通常、こうした身分の捕虜はそれなりの身代金で返還されるので、虐待や拷問は稀だ。
だが、この捕虜は何も話さないので盗賊としてガストンは扱っている。これは捕虜にとって屈辱だろう。
だが、主命でもあるのか捕虜は決して口を割ることがない。
(ふうん、コイツはなかなか骨のある男じゃな)
敵とはいえ心身ともに痛めつけられても音を上げない姿にはガストンも感心してしまうほどだ。
明らかに何者かに義理立てをしている。
こうしたやりとりが何日も続いた後、工事現場の隣の領主――アテニャン騎士家というそうだが、ここから抗議の使者がやってきた。
「我はアテニャン家に仕えし騎士、クレマン・ド・アテニャン! 主君からこの城の城主への書簡を携えて参った!」
使者は騎乗で現れ、槍に鞘をし、鐙から足を離した状態で名乗りを挙げた。鞘に収めた槍先には白旗も結んであり、これは交戦する意思がないことを示している。
実に礼に適った作法であり、さらに主君と同じ姓を名乗っている。恐らくは主君の近親者だろう。
これを追い返す無法はガストンもできない。
使者は迎え入れられ、ガストンと使者は双方威儀を正し挨拶を交わすこととなった。
実は以前、ガストンはこのアテニャン家と1戦交えたことがあるのだが(22話参照)、ガストンは全く覚えていないし、もちろんアテニャン家も当時軽輩だったガストンのことなど気にかけていない。
「私はアテニャン騎士家の名代クレマン・ド・アテニャン。神と騎士道の名のもと、ビゼー伯爵の忠実なる家臣たる貴殿に平和の使者として参った」
「これは丁寧な挨拶、痛み入ります。拙者はビゼー家中の騎士ガストン・ヴァロン。早速ではありますが用向きをうかがいもうす」
使者の形式張った挨拶には面食らったが、ガストンもよそ行きの挨拶くらいは心得ている。
使者はガストンらの正体も把握しているようで話が早い。
(使者がくるとは、あの捕虜は身分のある騎士に違いねえ)
当然、使者は捕虜の存在も把握しているだろう。
先日の衝突では逃げ散った者も大勢いたのだ。指揮官が捕らえられたシーンの目撃者は間違いなく報告しただろう。
「我が主、ロベール・ド・アテニャンの書簡を携え、貴殿の当地における不当な行為について抗議し、交渉を求める。書簡を受け取り、しかるべき対応を願う」
「ははあ、アテニャン様が抗議ですかい。まずは書簡を拝見」
使者はさすがに領主の身内だけあり堂々たるものである。
この書簡を受け取り一読するや、ガストンは内心で『うへえ』と音を上げた。
【我が領土の隣接する地において、貴殿と武装した部下が砦を建設せしことは、古き境界と平和の協定に反する不法なる進出なりと存ずる。かかる行動は、神の定めし秩序を乱し、両家の名誉を損なうものなり】
序文を読むだけで目が滑る。
まわりくどい内容は公文書に慣れていないガストンにとって『わざと分かりづらく書いているのか』と疑うような内容だ。
【我が偵察隊は貴殿の動向を探るべく、平和裏に派遣せしものなり。しかるに、貴殿との間に生じたる争いにより、我が息子であり隊長アルマン・ド・アテニャンが不当にも捕らわれしは、騎士道の精神にもとる暴挙なり。アルマンは我が息子にして、貴殿の砦近辺にて平和的に偵察のみを行いたるものなり。いかなる侵略の意図も持たざりし――】
ガストンは何度も読み返し、あの捕虜が領主の息子であると把握した。
平和の派遣うんぬんはさておき、要は捕虜の返還交渉と、ガストンらの工事に対する抗議の内容である。
領主の息子を派遣していたあたり、先方ははじめから事態を重く見ていたことがよく分かる。
他にも細々と捕虜の身代金や、被害の補填、ガストンらの退去などを要求しているが、この辺りのことは正直どうでもよい。
(こりゃ大事になってきたのう)
ガストンも思わぬエスカレーションをひしひしと感じ、背中に冷たいものが流れるのを感じた。
通信が発達していない世界である。現地の指揮官には大きな権限があり、ガストンの言動で戦争も起こり得る状況だ。
これにはガストンも『ちとやりすぎたか』と捕虜への虐待を後悔した。
おそらく捕虜――アルマン・ド・アテニャンも事態の悪化を懸念して名乗らなかったのだろう。
「委細は承知しました。拙者では細かな約束はしかねる。ゆえに書簡は間違いなくビゼー伯爵に届けもうす」
「では我が甥アルマンとの面会をお願いしたい」
「ふむ、面会――それは構いませんが、アルマン殿は今まで名乗りませなんだ。ゆえに我らも盗賊の類と扱う他なく、待遇も相応。顔の腫れはご容赦くだされ」
領主の息子を甥と呼ぶからには、この使者は主君の弟だろうか。
成り上がり者のガストンには荷が重い交渉相手だ。
ほどなくして捕虜アルマンが連れてこられると、使者は「神よ」と驚きと怒りの声を上げた。
顔は腫れ上がり、髪や鎧は血と土にまみれ、縛り上げられていた手首は赤黒く変色している。疲れ果てた表情にはべったりと虐待の痕跡が貼りついているようだ。
「アルマン、兄上の名誉のために名乗らなかったのか」
「お、叔父上、申しわけも――」
「見事な忠義だ。兄上も誇りに思うだろう」
使者は捕虜の両肩に手を置き「良く耐えた」と声を震わせる。
感動の再会だが、痛めつけた本人のガストンは気が気でない。
「ヴァロン殿、アテニャン家の子息を盗賊扱いし、このような目に遭わせるとは道理に適わぬ。我らはこの蛮行をビゼー伯爵殿に必ず訴えるだろう。直ちにアルマンの待遇を改善するよう強く求める」
この態度にはガストンもカチンと来た。
ガストンからすれば捕虜アルマンは工事の邪魔をした挙句に暴れて捕まった間抜けである。
何かを要求する立場ではない。
(なんて言いぐさだ。勝手に工事を荒らして捕まったくせに威張りやがって)
交渉の場で強く出る振る舞いは常識的なものではあるが、こうしたことに不慣れなガストンである。
使者の怒りの抗議を言葉通りに受け取った。
「勝手に暴れて捕まって、素直に名乗らないで『良くやった』ですかい、おめでてえこった! 俺たちからすりゃいい迷惑だ。間に合ってよかったですな、明日には吊られる予定だったのですぜ」
ガストンは感情を隠す術を持っていない。
その表情にはいら立ちと怒りがありありと表れている。
「コイツが貴族ならそれでええ。ビゼーの殿さまと交渉して身代金をたっぷりと搾り取ってもらえ。俺は殿さまの指示を待つ、それで承知かッ!?」
このガストンの豹変には使者も驚きを隠せない。
領主の息子に虐待をしたことといい、使者に対して『この男は危険である』と強いインパクトを与えたようだ。
「ビゼー伯爵の裁決を待つのは賢明だ。だが忘れないでほしい。アルマンに何かあれば我らの怒りはこの砦を焼き尽くすだろう」
「それはコイツに言い聞かせやがれっ! 逃げ出そうとしたら足をへし折るぞ!」
こうして使者は城を去り、ガストンは書簡と共に捕虜をビゼー伯爵の元へ護送する手はずを整えた。
護送の手間よりも工事中の城で捕虜を管理するほうが負担が大きいと判断したのだ。妙なところで現実的なのはガストンという男の不思議さでもある。
ドロン男爵家の攻略のために進出をした剣鋒団だが、思わぬ方向からの横槍にガストンも頭を抱えるような心持ちである。
物事とは繋がっており、何かを動かせば玉突き事故のように事態は動く。
当たり前のことではあるが、こうした外交や政治を学ぶ機会はガストンにはなかったのである。




