表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駆けろ雑兵〜ガストン卿出世譚  作者: 小倉ひろあき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/105

88話 マラキア戦役、戦の始末

 マラキア市との戦争は終わり、伯弟ジェラルドはビゼー伯爵に引き渡された。

 兄弟の間にどのような会話がなされたのか……それはいかなる記録にも残されていない。


 聖天教会の教えで親族殺しは大罪とされる。

 さすがに冷酷な伯爵も伯弟は殺さず(そもそもビゼー伯爵は自らが神に愛されていると信じているので意外にも信心深い)ヌシャテル城を与えて軟禁状態とした。


 要塞であるヌシャテル城を与えたと聞けば多くの人は『兄弟は和解し、兄は弟を厚遇したのだ』と信じ愁眉をひらいたが、これは誤りである。


 ヌシャテル城は周辺の集落を潰して築かれた城であり、領地領民というものがまるでない。

 さらに城の規模は伯爵領の策源地に相応しく雄大であり、維持コストもバカにならない。


 自然、伯弟は自らの支援者であった勢力に金の無心をして生活することとなる。

 先の見えない伯弟に金を渡し続け、支援を続けることは難しい。支援者の数はみるみるうちに減少した。


 さらに城主こそ伯弟ではあるものの、監視役としてビゼー伯爵の家臣までがついている。これでは再起を図るどころではない。

 恐ろしいほどに伯弟は貧窮した。


 その一方で、ビゼー伯爵が切り取ったマラキア市領は気前よく従騎士たちに与えられた。


 欲深なビゼー伯爵の行動としては異例のことではあるが、これにはもちろん理由がある。


 単純な理由としては、すでに伯爵の管理できる直轄領が限界だったこと。

 さらに、自らに非協力的な伝統派勢力を宮中から追い出したかったからだろう。


 領地を与える名目で伝統派を宮中から遠ざけたのだ。

 宮中で主君の側近くに侍る従騎士と遠隔地の小領主。これを比べれば従騎士のほうが影響力は大きい。


 だが、思惑はどうあれ新たな領主の中には領地を与えられたことに感激し、忠義派に鞍替えした者も少なくない。


 事実上、宮中の伝統派は解体され(騎士サレイがいるので消滅したわけではない)ビゼー伯爵はこの時代では異例なほど集権化に成功した。

 ビゼー伯爵領における内乱は一応の決着を見たのである。


 騎士サレイは伝統派の影響力を伸ばそうと色々と画策していたようだが、うまく伯爵に利用されてしまった形だ。

 遠征中、なにやら伯弟派も加わり陰謀の応酬が宮中であったようだが、これはガストンには知り得ぬことである。

 この暗闘には鷹の目セザールと部下たちが大いに働いたと伝わるが、具体的なことはなにも分からない。


 結果として騎士サレイは領地も与えられず、家中での影響力を大いに減じた事実のみが残った。

 彼らにしてみれば自らの派閥の衰退は忸怩(じくじ)たる思いがあるだろう。


 こうした領内の変化により、ガストンらの身の回りでも少なくない変化があった。まず剣鋒団である。


 ビゼー伯爵は従騎士たちに代わり、自らの子飼いである剣鋒団を親衛隊として厚遇したのだ。

 彼らは正確には従騎士や従士とは呼べないかもしれないが、それに等しい待遇を受けたものが数人もあらわれた。

 マルセルなども馬に乗れる分際になり、セザール・セザールなどは正式に従騎士として取り立てられたほどだ(これはガストンのように妻の実家の影響力があるわけではないのでセザールは実力のみでのし上がったと言って良い。快挙だ)。それだけ宮中での暗闘が評価されたのだろう。その激しさたるや推して知るべしといったところか。


「ガストン、俺もようやく騎士だ。あの日、お前についてきたのは間違いでなかった。感謝してもしきれねえ」


 マルセルは本気でガストンに感謝をしているようで、めずらしく真剣な面持ちでガストンの手を取り礼を述べた。

 ガストンからすればマルセルを取り立てたのは伯爵であり、感謝をされるのも居心地悪く感じたものだ。


 騎士ランヌも新しく築いた小城と占領していた村々を与えられ、1城2村と小規模ながらも領主騎士となった。以後、築かれた城はランヌ城と呼ばれる。

 今となっては彼に手柄を立てさせることが伝統派にどのような利をもたらすはずだったのか――実はガストンはその話をすでに忘れていた。

 政治や派閥争いの話はガストンには荷が重い。


 そしてそのガストンではあるが、従騎士たちが次々と『栄転』したことにより序列が上がり、下っ端の従騎士から宮中では中ほどくらいの席順を得た。

 いまやガストンは『小戦にめっぽう強い部将』と評判であり、敵だったマラキア市でも名前が出るほどである。


 そしてジャンであるが――


「ふむ、そうした事情か……だが、我が主は執念深い気質ゆえ、おそらく良い顔はすまい」

「しっかし、今はまだアレですが、見どころがねえヤツでもありませんで。家を再興する気組みがあるような――いや、あるのですわ」

「うむ、ルモニエ卿は我が主に最も抵抗した領主。その末子ならばさもありなん。だが今は時期が悪い」


 騎士テランスがいうにはラメー男爵の後を継いだ当代の男爵はビゼー伯爵に反抗的なのだとか。

 なんでも男爵に『先代が急死をしたのは戦で活躍し、その武勇を恐れた伯爵が暗殺したからだ』などと耳打ちをするものがいたらしい。

 さすがにそれを鵜呑みにしたわけでもあるまいが、父の不審の死を疑っている節があり、ビゼー伯爵に親しまない様子がありありと見えるのだとか。


 ビゼー伯爵の治世にあってめずらしく、ラメー男爵家は伝統派に鞍替えしてしまったらしい。

 今では『ビゼー伯爵が嫌い』という理由で落魄した伯弟の生活費を援助しており、若いのに極めて頑迷だとの評判だ。


「そりゃまた、なんと申しますか……バカみてえな話です」

「そうだな。当代のラメー男爵はハッキリ申せばバカだ。それも人に迷惑をかける大バカの類よ」


 カルフール城に籠城していた者ならば、その言説がいかにもバカバカしいかは理解できる。そもそも先代男爵が死亡した時、ビゼー伯爵はカルフール城の様子を知らなかったのだ。

 だが、人とは客観的な事実よりも信じたい情報を信じるものである。情報で満ちた現代日本ですら世の中から陰謀論がなくならないのだ。いつの世の中にも、いかなる身分にもバカはいる。


「こちらからも時期を見てルモニエを推挙はするが、期待はするな。我が主はラメー男爵に連なる者を面白く思わぬだろう」

「左様ですか、ならルモニエの身はどのように?」

「むう、そうか。そうだな、剣鋒団で武者修業をするのは構わぬが、あくまで客分であろう。ヴァロンよ、ルモニエはオヌシが預かれ」


 ここでもやはりガストンがジャンを養えと言う。

 犬の子でもあるまいし、拾って具合が悪いから捨てるというわけにはいかないのだ。


「へい、ラメー男爵が亡くなりましたし、アイツには寄る辺がありませんで、それはかまわねえのですが」

「不服か?」

「いえ、預かるというのは、それがしの家来とするので?」

「いや、ルモニエの出自であれば下手に陪臣にせぬほうがよい。騎士修業の客としておけ」

「へい、承知しました」


 わざわざ『出自』『騎士修業』と言うからには騎士テランスとしてはジャンは従騎士として仕官するのが相応しいと考えているのだろう。

 今回の戦でガストンも加増があったのだが、ルモニエに馬を与えて養えば吹き飛んでしまう。せちがらい話だ。


(こんなことならラメー様から馬の1頭もねだっとけば良かったかのう……まあ、仕方ねえわな。いまさら死んだ者に文句を言ってもはじまらねえ)


 ガストンからしても痛い出費ではあるが、上役の騎士テランスから言われて否はない。


 そのジャンを連れて家に帰ると、思わぬ反応をする者がいた。


 ガストンの妻、ジョアナである。



今回分の更新は次回までとなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
嫁さんの集団自決の時の……。男爵夫人の息子なら思い入れあるやろな。
奥さん元々ジャンの母に仕えてたんだもんね 知らないはずがないし、その子供となれば世話してやりたいよね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ