84話 下っ端
カルフール城内でガストンらが与えられたのは正門に添えられた石造りの立派な塔だ。
立派な2階建ての建屋があり屋上部に兵を配置する構造である。
塔が2階建てと聞けば低い印象を持つかもしれないが、堀から見上げる敵兵からすればかなりの高さとなるだろう。
面白いのはこの塔の入り口は2階部にあることだろうか。外部には簡素な木造階段があり、門が破られた時は塔に避難した兵士らが内部から階段を破壊するのだ。
つまり城の中でもセーフルーム的な役割を持つ重要拠点と言って良い。
規模もそれなりにあり、ガストンら60人が交代で休む分にはなんら問題はないだろう。
(ふうむ、こら大したもんだ。これもアイツを預かった見返りってわけかい)
団員たちは「立派なもんだ」「こりゃ高く売り込んだのう」などと喜んでいるが、ガストンはいきさつがいきさつなだけに素直には喜べない。
(ラメー男爵か、どこまでも甘いお人だわ)
たしかに400人が籠もる城に60人の応援は小さくないだろうが、戦力というよりも『大事な甥を守る拠点』として与えられた――ガストンにはそう思えてならないのだ。
「おいルモニエ、いやジャン。槍の稽古をつけてやる。混ざれ」
ガストンはわざとルモニエ――ここではガストンに倣いジャンと呼称するが、わざとジャンを名前で呼んだ。まるで下っ端への扱いである。
これにはジャンも目を剥いて抗議をしかけたが、ガストンに張り倒され黙らされた。
ジャンはラメー男爵に言いつけられ、不承不承ながらも剣鋒団にくっついてきたのだ。
この扱いには納得していないだろうがいちいちガストンに殴られてはたまらない。
ジャンはもたもたと槍を構えてガストンに向き合った。はじめから『ガストンには敵いっこない』『嫌々だが殴られるよりはまし』と不貞腐れた態度が見え見えである。
(こりゃダメだな。新入りのように1から仕込まにゃ話にならん)
さすがに槍筋は雑兵よりはマシだが、身が入ってないゆえか槍先に鋭さや凄みがまるでない。
これなら力自慢の素人が我武者羅に振り回す棒切れのほうが脅威を感じる。
「この下手くそめがっ! とんだ役立たずじゃ!」
ガストンは遠慮なく槍で突き、叩きのめし、足を払い転ばせる。
ジャンはすぐに「痛い!」「やめてくれ!」と音を上げたが、ガストンは許さない。
「このクソガキめ! 敵にも這いつくばって許しを請うのかっ!? それがルモニエの家風かっ!!」
ガストンからすれば槍の稽古とはこうしたものだ。
この程度で泣き言を漏らすジャンが積んできた修行など、たかが知れたものである。
「この腰抜けめが! 母者の乳が恋しいか!」
「ルモニエとやらは滅んで当たり前じゃ!」
「お前のお父や兄いも臆病者かっ!」
「ラメー男爵に見捨てられて当然じゃ!」
「お前みてえなのが男爵の子のわけあるか!」
「どうせ間男の種じゃろう、ここで死にさらせっ!」
「お前の母者など売女じゃ!」
ガストンは言葉の限りを尽くして罵倒し、何度もジャンを叩きのめす。立ち上がらなければそのまま蹴倒し、ムリヤリ立たせ、叩きのめした。
ジャンも本気で『このままでは殺される』と思ったのか、度重なる侮辱に怒りを覚えたのか、繰り返し叩きのめされるうちにジャンの槍先には殺気が宿り、鋭さが増した。
「そうじゃ、その気組みで敵に向かえ」
ガストンが納得し、稽古を切り上げたころにはジャンは精も根もつき、立ち上がれぬほどになっていた。
荒稽古のガストンに念を入れてしごかれたのだ。ムリもない。
「ジャンよ、しっかと聞け」
膝をつくジャンにガストンが語りかけるが、ジャンは下を向いたままだ。
せめてものガストンへの反抗なのか、顔を上げる気力もないのか、それは分からない。
「ラメー男爵はな、俺にお前を預けるときに言うたぞ。ジャンに修行をつけてくれ、モノにならなきゃ死んでもええ、ダメだと思うた時は殺してくれとな」
この言葉は効いたらしい。
ジャンは顔を跳ね上げ「ほ、本当に……?」と力なくガストンに問いかけた。
「まことのことだわ、一人前の男にならにゃお前が帰る場所などねえ。つらかろうが叔父御を頼ることはもうできねえ。この剣鋒団しか居場所はねえのだ」
「私は、叔父に、捨てられたのか……?」
ガストンはこれには答えず、背を向けて他の団員の稽古に向かう。
背中から子供のように泣きわめく声が聞こえたが、これは黙殺した。
肉体的にいじめ抜かれ、精神的にも挫かれたのだ。泣けてもムリからぬことである。
(ふん、やっと一本立ちの日が来たってことだわな。泣けばええさ。いままで養ってもらった叔父御に感謝せえよ)
ガストンも14才の時に父が死に、家族を養うために必死で働いた。樵仕事に痛む身体と、将来への不安に人知れず涙をこぼしたことは1度や2度ではない。
泣かなければ耐えられない時もある――ガストンは苦労してきただけに、それをよく知っていた。
ただ、それを見てきたのは故郷の森のみである。
その日からガストン率いる剣鋒団に下っ端が加わった。
ジャン・ド・ルモニエはただのジャンとなり、剣鋒団の一員として歩哨に立ち、武技を稽古し、下っ端の習わしとして水汲みや薪割りにも精を出す。
生意気な口調や態度も、ガストンに殴られるジャンを見れば他の団員も何も言わない。
ラメー男爵からジャンの扱いについて抗議もあり、身の回りの世話をする従者や馬を送りつけられたこともあった。しかし、これはガストンが返却した。
『男の修行に甘えは無用』
これだけを理由にすべてをはねつけたのである。
これを知らないジャンは甘い叔父から本当に捨てられたのだと思い込んでいるようだ。
幸いなことに戦は小康状態。
味方はビゼー伯爵を、敵方はバシュロ伯爵の到着を互いに持つという不思議な状況にあり、ぬるい矢戦が日に一度二度と行われるのみだ。
そのようなジャンにとっては激動の、城内にとってはさほどでもない時間が10日ほども流れた。
そして11日目の昼、太陽が真上に昇るころ。バシュロ伯爵が率いる1000人あまりの軍勢がカルフール城に姿を現した。




