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駆けろ雑兵〜ガストン卿出世譚  作者: 小倉ひろあき


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50話 降雪

「へえっ、城内から騎士をやっつけたのかい」

「レオン・バルビエという方は若いのになかなかの弓士だのう」


 ガストンの話に驚きの声を上げたのは弟のジョスと朋輩のマルセルである。

 籠城戦とは四六時中戦闘しているわけでもなく、見張りなどのローテーションさえこなせば暇な時間はあるものだ。

 所属は別になったが、血縁者であるヴァロン兄弟が食事がてらに雑談していても不審に思われることはない。


 ヌシャテル城は、かつてリーヴ修道院跡に籠もったときとは違い、人も物資も満ちており城内もくつろいだ雰囲気だ。

 ガストンたち以外の兵士も、見張りなどをのぞけば思い思いに食事や博打などで時間を潰している。


 ちなみに籠城中のガストンらの食事は鈍器のようにカチカチになった硬いパンを味の薄い乾燥豆のスープか白湯に浸しながらしゃぶる(・・・・)ことが多い(パンは日もちがするようにとにかく硬い。パン同士で打ち合うとカツンカツンと石膏のような音が出るほど)。麦粥はまれだ。

 これを基本として塩漬けのキャベツ、干し肉、干し魚などが日によってつく。備蓄品である以上はすべて保存食であり、総じて恐ろしいほど塩からいか乾物の類である。

 金さえあれば酒保商人からビールや甘味などの嗜好品も購入できるが、これはガストンらには縁遠い話だ。


 領主軍は兵糧などの経費は基本自腹であるが、色々と細かい契約があり、おそらく今回は籠城が終わればヌシャテル城での食費はビゼー伯爵と領主の間で何らかの精算をすると思われる。


 もちろんガストンらの食事と貴族や騎士らの食事は陣中でも別であるが、総大将のビゼー伯爵が個人的な贅沢や美食に興味が薄い気質らしく、旗下の騎士たちは「伯爵が粗末な食事をするため遠慮して贅沢ができない」などと不満があるらしい。

 伯爵の興味は敵対者をいたぶることにしか向かないようだ。


 さて、場内の事情はこのあたりにして、視点をガストンらの会話に戻そう。


「ジョスもマルセルもそう思うか。なにしろバルビエという土地は山深いところで、村に来た狼やイノシシらを追っ払うために男衆は童のころから短弓やら石つぶてを稽古するらしいわ」

「ふうん、弓は稽古せにゃ使えんからな。それだけ使えるってことは若えが手練なのだろうよ」


 マルセルが言うように、弓を実戦で通用するようなレベルまで習得するには時間がかかるものだ。

 構造を知り、構えるだけで発射できるクロスボウもあるにはあるが、複雑な機構でメンテナンスが困難であることと、パーツが多く高価で数を揃えるのが難しいため、すっかり廃れてしまっていた。

 かつて底知れぬ財力があったとされるリオンクール王国の初代王は親衛隊にクロスボウを持たせて連勝を重ねたようだが、それは半ば歴史の記憶に埋もれてしまっている。


「すげえな、マルセルさんも弓の上手だし、俺もバルビエさまに倣って稽古してみるかな?」

「おう、ジョスも身を入れて稽古すりゃモノになるわ。名案かもしれんぞ、弓組に入りゃ俺の組に入ってもいいしのう」


 楽しげに話すジョスとマルセルを眺めながら、ガストンは鼻で小さくため息をついた。


「どうした兄い?」

「いやな、俺もレオンさまに仕えるとなれば弓の稽古が必要になるだろう? それが億劫(おっくう)でのう」


 このガストンの嘆きを聞いたマルセルは「ガストンの弓は下手じゃからのう」と遠慮なく笑う。マルセルの笑いは「ヒャハハ」と聞こえる下卑た雰囲気で、レオンの爽やかな笑顔とは大違いである。


「別に勘の悪いお前さんがムリせんでよかろう。ほれ、あの家来にした男、弓を使えんのか? 使えんでも筋が良ければ稽古させればよかろうが」

「うん? ドニか……ふうん、なるほど。筋はええのか?」

「知らんわ」

「そりゃ知らんわな」


 昔からガストンは石などを投げて的に当てるのがイマイチ下手だった。いわゆる『当て勘』が悪いのだ。努力や経験を重ねればカバーできるだろうが、どうしても上達は遅くなるだろう。

 端的に言えば、ガストンは飛び道具に向いていなかった――少なくともマルセルに『素人のドニに任せてはどうか』と言われて納得する程度には自覚もある。


 実のところ、ガストンは幼少期のケガが元で右目の視力がやや低く、乱視の傾向があった(利き目は左なので生活に支障や不便はない)。このため狙いが付けづらいのだが、視力検査がないため本人には知りようもなく『勘が悪い』と思い込んでいるだけである。

 メガネがある時代ならば問題なく弓を扱えただろう。


「ええか、人を使うというのは面倒くせえが、自分でなんでもやろうって考えはいけねえ。殿さまが弓士である道理はねえんだ。弓士が必要となれば弓士を雇うか家来に覚えさせろ。そんでこと足りるわ」

「おお、そりゃいい思案だわ。弓士を探すか、さすがマルセルは知恵者よな」


 ガストンが世辞を言うと、マルセルは「はんっ」と鼻で笑う。

 優れた弓術は一種の特殊技能、長い鍛錬の末に身につく職人芸である。一介の新米従士であるガストンに腕利きの弓士を雇う余裕などあるわけがないのだ。ガストンが調子良く話を合わせているだけなのは明白である。

 弓士が欲しければ、ガストンとドニが弓を稽古するのが現実的な落とし所なのは間違いない。


「とりあえずは投石紐でも使えばいいだろうよ。気をつけて安物の弓を探してやるわ。それで稽古せえ」

「ありがてえ、ぜいたくは言わんが、レオンさまの弓みてえに木をな……こう、何か皮のようなモノを貼り合わせてな、ニカワと紐で固くかしめた(・・・・)ようなのは高えのか?」

「そら複合弓といってな、上手物(じょうてもの)(高級品)だわ。そんなもん手に入れたら俺が使うわな」

「そうか、上手物か。たしかに立派なもんだったわ」


 マルセルがヘラヘラと軽口を叩き、ガストンが適当に相づちを打つ。

 何気ないいつもの光景ではあるが、うがった見方をすればバルビエ家中の情報がビゼー伯爵の家来であるマルセルやジョスと共有されている。


 意外と兵士間の血族、朋輩、友垣など横のつながりは強い。

 通信などがなくとも兵士や庶民は驚くほど噂話を聞いているものだ(デマも多い)。こうした何気ない会話から『レオン・バルビエは弓の達者である』などの評判が生まれるのである。


「おや、また雪だわ」

「灰雪か、積もりそうだの」


 ジョスとマルセルがうんざりとした顔で空を見上げる。

 ここ横の国の冬は気温の低さのわりに降雪量は少ない。ゆえに冬の戦はわりとあるのだが、今年は例外的に降り続けている。


(天気は誰のせいでもねえが、あまり雪が降ると木が倒れて森が荒れるかもしれんのう。積もれば小作らも野良仕事がはかどらんで困るわ)


 ガストンはのんきに『村の衆が困る』と空をながめていた。

 雪が戦況を大きく変える、これをガストンが目の当たりにするのは数日後のことである。


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― 新着の感想 ―
[一言] 何度も読み返したくなる(読み返している)魅力ある作品。 主人公のガストンが成長し手柄をあげ、周囲に認められていく様が本当に痛快で、読んでいてとてもワクワクできます。 おかしみがあり嫌味がない…
[良い点] なるほど、こうしてガストンは経験を積んでいくわけか。
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