商店街
乗合馬車に乗って、15分ほど。
馬車にはそこそこ人が乗っていたこともあり、ジャンとはあまり会話らしい会話もせずに目的地に着いた。
店と思われる建物が通りの両方に連なっており、まさに商店街という感じだ。
今日は平日のはずだが、主婦と思われる女性がかなり歩いている。
「へー……」
俺は感心しながら通りを見渡した。
クロエと一緒に別の街を回ったことがあったが、あのときは女モードでいろいろ意識がぶっ飛んでたのであまり記憶に無い。
「屋敷の近くにこんな通りがあったんだ……」
「バロメッシュのお屋敷は中心街の近くにありますから、こういう通りはたくさんありますよ」
「へぇ、そうなんだ!」
俺はわくわくしながら返事をした。
なんだ、こんな近くに買い物できる楽しそうな場所があるなら、もっと早く外に出ればよかった。
なんであんなに頑なに怖がって屋敷の中に閉じこもっていたんだろう。
さきほどから少し時間が経ったこともあり、ジャンはかなり落ち着いている。
割と純粋に街案内しようとしてくれてるみたいだ。
よかった。
「よし、じゃあ、古着屋に! えっと……あれ?」
と、服のような絵がある看板を指さす。
「あそこはオーダーメイドの服を作る高級店です! こ、こっちです」
ジャンが焦ったように違う店に向かって歩き出す。
あ、高級店なのか。
全く見当がつかない。
ジャンが案内したのは、正直ちょっと小汚い古着屋だった。
ジャンと一緒に中に入ると、衣類がハンガーに掛かって大量に並べられていた。
昔の時代だと客に直接商品を触らせないのが普通だと思ったが、古着みたいな物は日本と同じように陳列してあるようだ。
店全体が小汚い感じはあるが、商品が汚れているというわけじゃ無い。
直接触れるので選びやすくて助かる。
「へー……」
大量の衣類を見ているうちに、なんだか気分が本気になってきた。
男の時は正直服とかあんまりこだわり無かったけど、この身体になってからやっぱり見た目は気になる。
どの服が一番俺を飾り立ててくれるだろうか。
「女物はあちらだと思いますよ」
「ん?」
ジャンに言われて、そちらに視線を向けると、奥の方に女物が並んでいた。
でも、ちらっと見ただけでも、なんかおばさん臭い。
ちょっと手に取ってみたが、実用一辺倒の家事用の服や、子供向けみたいな服ばかりだ。
あとは、原色を使ったケバいような服。
あまり『おしゃれ』とか『上品』という言葉が似合う服があまりない。
そう思うと、今来ているマリーから借りた服は相当にセンスがいい。
さすがマリー。
きっと、マリーもいろいろ探し回ってこの服を見つけたのだろう。
「なんか、ちょっとね……」
そう言うと、ジャンが困った顔をした。
「すいません……」
「い、いや、別にジャン君のせいじゃないけど」
「今アリスさんが着ているような服は、あんまり見たこと無いですね。高級店ならあるんでしょうが……」
ジャンが言いよどむ。
そりゃ、ジャンみたいな普通の少年が高級店のことなど知らないだろう。
「そうか……」
「ごめんなさい、僕がよく知らなくて」
「い、いや、だから謝らなくていいって」
ジャンをなだめながら、出口の方に戻っていくと、男物がたくさん並んでいる。
何気なく見ていて、ふと思いついた。
別に無理して女の服を着る必要なくないか?
仕事中はメイド服を着ないといけないけど、プライベートでどんな格好をしようと自由なわけだ。
それに今は男モードだし、久しぶりにスカートじゃ無くズボンとかはいてみたい。
「なぁ、ジャン君、変なことを聞くかもしれないが……俺が男物を着たら変かな?」
「そういえば、孤児院では男の服を着ていたんでしたっけ。うーん……小さな子供なら別に普通ですけど、アリスさんの年齢だと……」
ジャンが難しい顔をする。
どうも微妙らしい。
「ダメか? 怒られたり、嫌がられたりするか?」
「それは無いですけど、多分目立ちますよ」
なるほど。
逆に言うとその程度か。
日本と同じで、女が男っぽい服を着ることに対してそれほどタブー感はないらしい。
「ちなみに、男が女の服を着るとどうなる?」
「それは……大分よくないですね」
と、ジャンが眉をひそめる。
そのあたりの感覚も日本に近いな。
「じゃあ、ちょっと男物を買おう」
「え、本気ですか?」
「本気本気」
軽く言いながら、辺りを見回す。
町の人が普通に着ていそうな服は、ちょっとどれも染色が安っぽくていかにも普段着だ。
もうちょっと格好いい服がいい。
そう思って探していると、自分の背丈に合う緑色のジャケットがあった。
それから、白いシャツに茶色のズボン。
貴族の子供が来ていそうな服で、とにかくしっかりして高級感がある。
お値段ははるが、今の俺はクロエのおかげでお金持ちだ。
「お、これいいじゃん」
店員に声をかけて、試着室で試着をする。
盗難防止のため、勝手に試着するのはダメらしく、そういうところは日本と違う。
着替えて鏡の前に立ってみる。
「お……いい……」
角度を変えて見たりするが、なかなかいい。
仕立てのいいズボンに、仕立てのいいジャケット。
いいところの貴族のお坊ちゃまという出で立ちだ。
あるいは、少年探偵とか少年新聞記者とかそういう雰囲気もある。
「これよくない!?」
ジャンに声をかけると、ちょっと困った顔をしながら、
「か、かわいいですね」
と言った。
い、いや、かわいいって……。
男モードだからそういう言葉を言われてもそんなふわふわしないけど、別にかわいさを目指してコーディネートしたわけじゃ無いんだけど。
でも、そう言われてみると、確かにかわいい。
いかにも女の子が男装したという感じだ。
当たり前だが。
「ってか、コスプレ感がすごいな……」
鏡を見ながらつぶやく。
一番良くないのが、銀髪の髪の毛だ。
元々目立つ髪の毛だし、長さが明らかに女の子。
この少年っぽい服と長い銀髪が合っていない。
小物売り場からゴムを持ってきて、髪を束ねて後ろに垂らす。
お、なかなかいい感じ。
「あと帽子あるかな?」
帽子を探すと、新聞記者がかぶるような帽子、いわゆるハンチング帽子があった。
そいつを試しにかぶってみる。
「あ……本気で新聞記者っぽい」
一番目立つ銀髪が隠れて、なんかいい感じのバランスになる。
「お、これでよくない?」
「かわいいですね」
と、ジャンが照れながら言う。
い、いや、だから、かわいさを狙ったわけじゃ無いけど。
コスプレ感はまだあるけど、長髪が隠れてかなり少年っぽくなった。
「な、なぁ、物は相談なんだが……この格好で街を歩いても大丈夫か?」
「ちょっと目立ちますけど、それでも良ければ……」
「じゃあ、買っちゃおう」
その服一式を着たまま店員に会計をしてもらう。
店員も『え、これ着てくの?』みたいな顔をしていたが、無事会計が済み、俺とジャンは店を出た。
確かに、行き交う人がチラチラ俺を見てくるが、眉をひそめたりという感じでは無い。
普段なら注目されるのは恥ずかしいのだが、今の俺はなんだか強気だ。
むしろ注目されるのがちょっと楽しいくらいだ。
「目立ってるかな」
「そ、そうですね」
ジャンが人目を気にする。
男っぽく男装しようとしたのが、逆にコスプレ感出ちゃったのは誤算だけど、なんかこの格好気に入った。
今度サロンとかもこの格好で行ってみようかな。
でも、サロンとかだと女言葉だよなぁ。
そうすると、この服装はつらいか。
女言葉を話し出した途端に、いきなり恥ずかしさが出てきそうだ。
「次は家具屋に行きたいんだけど」
「家具ですか……」
ジャンが困った顔をする。
そうか、家具とかそんなに買わないものな。
「多分、通りを歩けば……」
と、ジャンと一緒に歩いていると、普通に家具屋は見つかった。
中に入ると、立派な戸棚や本棚が並んでいる。
「た、高いですね」
ジャンが値札を見て驚いている。
俺の部屋は大分殺風景なので、なんかちょっといい家具を置きたい。
見て回ったが、いまいちピンとこない。
まぁ、また今度でいいか。
店を出たところで、ジャンが
「そろそろお昼にしませんか?」
と言ってきた。
「ああ、そうだな。さっき見掛けた店があったけど、あそこに入る?」
と返した。
「いえ、こっちにいいお店があるんですよ」
と、ジャンはちょっと自慢げに言った。




