ものすごく久しぶりの男の子三人衆
結局、昨日の夜はそっとレベッカの部屋に行って、またキスしてしまった。
し、仕方ないだろ。
だって、なんかレベッカが変にかわいくて……
「うががが……なにやってんだ……」
翌日、昼のまかないを食べながら、一人でつぶやいた。
あー、いかん。
本当にいかん。
「ちょっと気分を変えよう……」
さっさと食べ終えて、皿を洗い、ちょっと庭に出る。
普段は屋敷内にこもってばかりであまり外に出ない。
入り口から表に出ると、割と草ボーボーな感じの庭が目に入る。
たしかにこれは恥ずかしくてあまり人を呼べない。
「うーん……さすがにもっと庭とか調度品とか手入れした方がいいんじゃ……」
でも、お金がかかるんだろうなぁ。
そんなことを思っていると、ガタゴトと物音が聞こえてきた。
「ん?」
裏庭の方だ。
建物を回って様子をうかがってみると、例の手伝い三人衆が材木のような物を運んでいた。
煮炊きには薪をつかっているので、恐らく薪だろう。
「へー……力仕事大変だなぁ」
見ると人力で引く荷車のような物があって、その上に木が載せられている。
おそらく、どこかから木を買ってきたのだろう。
ジャンとシモンが小さな斧のような物で木を割って細かくしていく。
木を斧で割るというと、どでかい斧で一発で割るとイメージしていたが、そうではない。
小さな斧で割れ目を入れて、そこから割っていく感じだ。
見ていると、結構器用に割っていく。
でも、やっぱり大変そう。
「んー……」
なんかちょっと俺もやってみたくなってきた。
俺を完全にかわいい女の子だと思って接してくるあの三人はちょっと苦手だが、でも薪割りとかやってみたい。
「んんーー……」
うなっていると、ジャンとシモンがどんどん木を割っていく。
ちなみにエリクは運ぶのが専門らしくて、一度も割っていない。
見ててもしょうが無い。
よし、俺もやろう。
「こ……こんにちは」
素知らぬ顔をして、物陰から出て挨拶をすると、ジャンがちらっとこちらを見た。
そして、手元が狂ったらしく、斧が材木ではなく地面に刺さる。
うわ、怖!
「おぉっ」
ジャンが慌てた声を出して、斧を地面から引き抜いて、慎重に斧を持ち直す。
「あ、いきなり声をかけてごめんなさい」
「い、いえ、大丈夫です」
ジャンが焦ったように答える。
なんか、また手元を狂わせそうで怖い。
ふと見ると、エリクは木を運びながら俺をじっと見ているし、シモンも斧を止めてぽけーっと俺のことを見ている。
うわー。
なんかやだなー。
俺、男だっての。
しかも、今バリバリ男モードなんだけど。
「えーと……ちょっとその薪割りやってみてもいいですか?」
とりあえず年長のジャン少年に声をかける。
「え、アリスさんが……?」
「なんかダメですか?」
「い、いえ、そんなことはないですよ! でも、危ないから……」
と、ジャンが困った顔をする。
いやいや、俺も大きな斧で材木を一刀両断するみたいな方法だったら怖いけど、小さな斧だから大丈夫だって。
「大丈夫ですよ。ちょっとやらせてください」
「そ、そうですか?」
ジャン少年は小ぶりの材木を持ってきて、台の上に置いた。
俺はわくわくな気分で材木を前にする。
よーし、今からお前を一刀両断にしてやる。
「気をつけてくださいよ」
と言って、ジャンが俺に斧を渡す。
小ぶりな斧だ。
「大丈夫だって! うっ……」
持って見たら、これが案外重い。
恐らく2キロとか3キロとかそういうレベルなんだろうけど、思っていたよりも重い。
「よし、この材木め」
と、その斧を振り上げると、
「ちょちょちょ、アリスさん!」
慌てたようにジャンが俺の腕を掴んだ。
「え?」
ジャンを見ると、ジャンがはじかれたように俺の腕を離した。
「勝手に掴んですいません! でも、危ないから……」
ジャンの指導によると、初心者がそんなに勢いをつけて割るのはダメらしい。
先っちょさえ入れば、後は木槌でたたき込んで割れるから、そういう風に割れと言われた。
「えー、格好良く一発で割ってみたい……けど、まぁ、危ないか」
おとなしくジャンの言ったとおりに斧を低い位置からたたきつける。
む、全然刃先が入らない。
もうちょっと高いところから、勢いをつけて見ると、刃先がぶれて材木が吹き飛んだ。
この身体、力が無いし、筋肉が無いからコントロールが効きにくい。
「う、うーん……もう一度」
「アリスさん、あんまり無理しないでください」
「いや、割る!」
何度かトライし、なんとか刃先を材木に食い込ませることに成功し、そこを木槌で叩いて押し込んでいく。
うわ、木槌重い。
そうじゃない。俺の力がなさ過ぎる。
「よし……割れた」
何度も木槌をたたき込んで、ようやく二つに割れた。
「お見事です」
とジャンが言う。
あきらかにお世辞だ。
ジャンは俺が二つに割った木を立てると、手際よくさらに細かくした。
それをエリクが薪置き場に運んでいく。
「うまいね……」
悔しさを感じながら言うと、ジャンが照れた顔をした。
「そ、そんなことないですよ。普通です」
だから、照れるなって、気持ち悪いなぁ。
男に照れられるとすごく気色悪いんだけど。
「それで……お休みがあるときはいつですか?」
ジャンが言いにくそうにしながらも、俺に聞いてきた。
休み?
あ……そういえば、この前一緒に買い物に行こうとか行っていたな。
その後にクロエにところに行ったり、ダニエルのところに行ったり、いろいろありすぎて完全に忘れていた。
面倒だ、断ろう。
「いえ、なかなか休みが取れなくてですねー」
と、棒読みをすると、
「そうですか……」
と、ジャンが悔しそうな顔をする。
ちょっと気の毒だが、男を誘っても仕方ないぞ。
「ん……買い物?」
あれ、それって結構良さそうだ。
レベッカと浮気しているみたいになっちゃったり、いろいろゴタゴタしたりしていて、とにかく一息入れたい。
買い物とか最高の息抜きだ。
クロエにもらったお金もある。
買い物、いいんじゃない?
本来ならマリーと一緒に行きたいところだけど、二人で同時に休みを取るとレベッカとコレットがちょっと大変だろう。
俺が一人で休んで、ジャンに街の中を案内してもらうのは、現実的にはなかなかいい選択肢だ。
「あ……やっぱり行けるかも」
「本当ですか!?」
ジャンが満面の笑みを浮かべる。
わ、わかりやすいなぁ……。
俺は男だけど、ジャンは知らないわけだ。
まさかジャンもいきなりこんなかわいい女の子と付き合えるとは思っていないだろう。
かわいい女の子との一度きりのデート、そういう思い出を胸に抱えて生きるのもいいんじゃないだろうか。
よし、WIN-WINだな。
「できれば明日……」
「明日!?」
唐突さにジャンが驚いた顔をする。
「ん……ちょっとマリーに聞いてくるから、少し待ってて」
「は、はい」
ジャンたちを残して、一度屋敷の中に戻る。
厨房に顔を出すと、マリーが昼食を食べていた。
「あれ、アリスなに?」
「あのさ、明日休みを取ってもいい?」
「具合が悪いの?」
マリーが首をかしげた。
そういえば、体調が悪いときくらいしか休みを取ったことが無い。
「そうじゃなくて、明日街に行きたくてさ」
「街に? いいけど、一人で?」
「さすがに一人だといろいろ不安だから、ジャンと一緒に……」
と言いかけたところで、マリーの表情が変わった。
あ、しまった。
「い、いや、違うって。ジャンがあんまりしつこく誘うから、一度だけ付き合うってだけ。俺も一度街に行ってみたいし」
「私と行けばいいじゃん……」
「だって、二人も休むと大変だろ? この前、俺とマリーでクロエのところに行ったときも、ちょっと回ってない感じだったし」
「そうだけどさぁ……」
マリーが不満そうな顔で俺を見る。
「だから、なんもないよ。だいたい、ジャンなんてダニエルとかギュスターヴの足下にも及ばないから。あいつらと比べたらたいしたことない」
「もう……。休みはいいけど、ジャンに変に期待させないでね」
「分かってるって」
急いで裏庭にとって返すと、ジャンが手持ち無沙汰にして待っていた。
「休み取れたよ、行ける」
「本当ですか!? じゃ、じゃあ、どこに……」
ジャンが慌て出す。
まぁ、こんなかわいい女の子といきなりデートとなったらそうなるだろう。
中身が男と知らずに、ある意味気の毒だ。
いい夢を見るがいい。
「とりあえずいろんな店を見たいから、街を案内して欲しいんだけど」
「そういえば、アリスさんは遠くの国から来たんでしたっけ?」
そういえば、この三人に対してはそんな話になっていたな。
「そうです。だから、このあたりの街とか全然分からないんです。主要な店を一通り回りたいんですけど」
「わ、わかりました」
ジャンが大げさに頷く。
「待ち合わせはどこにします? って言っても、私が分からないな……」
「大丈夫です。僕がここに迎えに来ますから! あ、でも、人に見られると……」
たしかにアルフォンスやガストンに見られたら、ジャンとしては気まずいだろう。
「い、いえ、大丈夫です」
虚勢を張っている。
「そういうことなら、裏庭でいいですよ。ここなら人目につかないし」
「は、はい」
ジャンがまたしても大きく頷く。
すると黙っていたシモンがそろそろと前に出てきた。
ん? なんだ?
なんか、やけに意気消沈した顔をしている。
あ、そうか。
そういえば、シモンは俺が気があるとか妄想を言っていたもんな。
今の流れだと、完全にジャンに来てるから、がっかりしているんだろう。
「ア、アリス……この前のキスは……」
と、何かを言いかけてもごもご口ごもる。
男同士ではあんな軽口を叩いても、いざ女の子の前に出るとこうなるのか。
まぁ、標準的な男子だな。
っていうか、呼び捨てはどうなんだ?
「シモン君、一応私、君より年上だと思うんだけど、呼び捨てはどうかと思いますよ」
「っ!? あ、ごめん……なさい」
シモンが頭を下げた。
「あと、この前のキス? 実は私には兄弟が居て、日常的に挨拶のキスをしてたんですよ。それが懐かしくてみんなにキスをしてしまったけど、ここじゃ恋人以外のキスはあまり一般的じゃ無いみたいですね。驚かせてしまってごめんなさい」
と、口から出任せに嘘をつく。
「そ、そうか」
シモンがそう言って押し黙る。
あ、相当がっかりしてるな。
気の弱そうなエリクは離れたところでぼーっとこちらを見ている。
「エリク君も分かりましたか?」
「え? あ、はい」
エリクもコクコクと頷く。
よし、これでキスの件はうまく流せたぞ。
「そ、そうだったんですね……」
ジャンも今の話を聞いて、微妙な表情を浮かべている。
あ、自分に気が無いと気づいたか?
ま、どっちにしろ、明日は案内してもらおう。
「明日はお願いします」
「い、いえ、こちらこそ!」
ジャンが最敬礼みたいなお辞儀をした。




