その翌日
結局寝過ごして、翌日になった。
レベッカやコレットとの接触を避けながらメイドの業務をこなしていたら、いきなりアルフォンスが昔お世話になったらしい上品なおじいさんがお客さんとしてやって来た。
それが冒頭のシーンになるわけである。
同じことを二度描写してもくどいので、ここは省略する。
「クロエが来るって……帰ったばかりだろ」
マリーに渡された手紙を見る。
上品な便せんが1枚だけ入っていて、『近々行くから楽しみにしていて』って書いてある。
具体的な日にちの指定が無く、なんか勢いだけで書いた手紙に見える。
う、うーん……
それから、ダニエルからという手紙を開く。
「ってか、帰ってきたばかりなのになんで手紙が……」
と開いて読んでみると、どうも文面の様子がおかしい。
これは俺が尋ねる前に出した手紙のようだ。
どうも、この世界は郵便物の遅配が当たり前らしい。
なんだ、じゃあこのダニエルの手紙は無視していいんだ。
問題はクロエか……
でも、すぐって訳じゃ無いだろうし、ま、まぁ、いいや。
「はぁ……恥をかいた。人前で背中とか触るなよ、馬鹿……」
うん、忘れよう。
今日は何も無かった。
快感で絶頂したとかおじいさんに勘違いされるとか、そんなことは一切無かった。
忘れる忘れる。
「はぁ……」
頭を振って先ほどのできごとを振り払い、掃除を再開した。
◇
なんやかんやしていたら、いつの間にか夕飯時だった。
背伸びをして身体をほぐしながら廊下を歩き、厨房に顔を出す。
フィリップが椅子に座ってくつろいでいた。
「あれ、夕飯はまだ?」
「おお、アリスか。昨日は話せなかったな。どうだった楽しかったか?」
フィリップが俺の顔を見て聞いてきた。
そういえば昨日はマリーとしか話していないうちに寝てしまった。
今日は来客もあってレベッカやコレットともほとんど話をしていない。
フィリップとも全く会話した記憶が無い。
「あぁ、昨日ね。いやー、これがなかなか大変でー……変態紳士がいましてね。いじられまくりましたよ」
「なんだいそりゃ! はっはっはっ」
フィリップは陽気に笑うと、立ち上がって鍋の中身を皿に盛り付けた。
「いまアルフォンス様が食事中だ。さきに食っちまえ」
「あ、そうですね」
メイド達は食堂では無く、せせこましい厨房の中でご飯を食べることが多い。
全員が集まると結構狭いので、先に食べてしまう方がいいだろう。
「いただきます」
と、フィリップにも聞こえないように小さくつぶやいてから、スープに口をつける。
この世界では『いただきます』なんてセリフは言わないのだが、日本の習慣でつい言ってしまうのだ。
三日ぶりくらいのフィリップの味付けは、普通においしく感じる。
「あ、やっぱりおいしい……」
「んー、いきなりどうした?」
「えーと、出かけたところは料理人とか居なくて、メイドのおばちゃんが料理も掃除も全部こなしていたんですよ」
「あぁ、小さいところならそうだろうな」
「なので、食事がその……おばちゃんに面と向かっては言えませんが……まぁ、微妙で」
「はっはっはっ。ようやく俺の腕が分かったか」
フィリップが自慢げな顔をする。
「うん。なんか、味付けのバランスがいいですよね。塩辛いだけとか、味が薄すぎるとか、そういうのが無いから」
「当たり前だぜ。これでも料理人だからな」
なんてフィリップと軽く会話をしていると、アルフォンスの食事が終わったらしく、皿を積んだカートを押してレベッカが厨房に入ってきた。
「あ、アリス」
レベッカがぼそっと言った。
「あ、先に食べてる」
「じゃ、私も食べようかな」
レベッカがそう言うと、フィリップが
「あいよ」
といって、レベッカの分も用意してくれた。
レベッカは椅子を引きずってきて、俺の横に座った。
二人ですでに狭い。
レベッカがいきなりキスをしろとか言わないかとちょっとヒヤヒヤしたが、別にそんな様子はない。
おとなしく目の前の料理を食べている。
しばらく黙って食べていると、レベッカが口を開いた。
「ずいぶんと早く戻ってきたのね。あんなに嫌がって出てったから、一週間ぐらい帰ってこないと思った」
「マリーにも言われたよ。でも、結構あそこも危険地帯でさ……変態が二人も居る」
「なにそれ」
レベッカが顔をしかめた。
「結構疲れちゃって、昨日は帰ってきてそのまま寝ちゃったよ」
「体調は大丈夫なの?」
「今日は大丈夫」
「ふぅん」
また無言になって、食事を続ける。
ずいぶんとレベッカのテンションが低い。
「あのさー……」
しばらくしてから、レベッカが食事を止めて、言いにくそうに口を開いた。
ん?
キス?
「な、なに?」
俺も食事を止めて、警戒しつつレベッカを見る。
「私とコレットのキス、そんなに嫌だった?」
え……今更?
「前から言ってるじゃん……って、フィリップいるし!」
フィリップが大根の葉っぱみたいなものをかじりながら、俺たちの会話を聞いている。
メイド達でキスしている件は、ガストンとフィリップには公にしてなかったはずだ。
「あぁ、いいのよ。アリスが居ない間に私が話したから」
と、レベッカが普通に言う。
「え、言ったの!?」
フィリップの顔を見ると、フィリップがにっと笑った。
「まぁ、前々から感づいていたけどよぉ、アリスも隅に置けねぇな。アルフォンス様と女の子達を両方手玉に取るとは、なかなかできるもんじゃないな」
「い、いや、違うから、フィリップ!」
そういえば、フィリップは俺が元男とか知らないはずだ。
どういう風に思われているんだろう。
「はは、まあいいからいいから、俺のことは気にするな」
フィリップがいつものように笑う。
「アリスがいないときに私とコレットがフィリップに相談したから、そのときに全部説明したの」
「相談? なんで……?」
俺は首をかしげた。
「だって、他に相談できる人いないし……それは別にいいじゃん」
と、レベッカが歯切れ悪く言う。
俺だったら間違いなくアルフォンスに相談するけど、そういえばレベッカとアルフォンスはそこまで気安い仲じゃ無かった。
それでフィリップに相談したのか。
「男が女にキスを求められまくったらうれしいか、とか聞くんだぜ。そりゃうれしいに決まってるだろ、って答えたけどな」
と、フィリップが笑う。
そうか、男の意見を聞こうとしたのか。
でも、その回答は参考にならないなぁ。
「フィリップはああ言うし、普通の男ってそういうもんじゃないの?」
レベッカが俺の顔をじーっと見てくる。
まて、その発言は俺が男だとフィリップにばれる。
「ちょ、レベッカ、フィリップには私の正体は……」
「それも言った」
「え……い、言ったの?」
気まずい顔でフィリップを見た。
いつものように接してくるので、ばれているとは全く思わなかった。
「あ、あー……あの、騙していたみたいで……」
フィリップにそう言うといつもの陽気な顔で頷いた。
「あー、いいっていいって、気にすんな。ま、俺も驚いたけどなぁ」
「し、信じたんですか?」
「そりゃ、アルフォンス様にも聞いたからな」
なんと、いつの間にかアルフォンスまでフィリップに説明していたのか。
俺がいない間にいろいろ進んでいたようだ。
「ガストンは? あの固そうな人に知られるとちょっと怖いんだけど……」
「そこは隠すってご主人様が言っていた」
とレベッカが言った。
よかった。
ああいう人には正体を知られたくない。
なんか怒られそう。
「話は戻すけど、普通の男だったらキスされるとか嫌じゃ無いんでしょ?」
「それは……ちょっと度が過ぎるってば。フィリップだって、毎日キスを強要されたら嫌ですよね?」
フィリップに話を振ると、
「あん? うれしいに決まってるだろ」
と答えた。
ちょっと聞き方が悪かったか。
「それが3人も居て、こっちが気乗りしないときでもキスしろキスしろ言ってきて、しかもそのうち一人は30分もキスしてくるとしたらどうです?」
「それは……ちっと、きついな」
と、フィリップが正直に言う。
「あと、仕事中に集中したいときにキスしろって言ってきたり、キスしないと怒りまくるとか、嫌でしょ?」
「それはそれでかわいげがあるが、毎日となるとちょっとな。なんだよ、メイド達でそんなことしてたのか? そりゃアリスも逃げ出すわな」
と、フィリップが笑う。
「そ、そうなの?」
レベッカが驚いたような顔でフィリップを見る。
「ってか、普通に考えるなら嫌だってわかるじゃん!」
俺がレベッカに突っ込むと、レベッカは気まずそうな顔をした。
「だって……いざキスするとなったら、すごいキスしてくるじゃん。嫌そうなふりをしてるけど、本当は結構楽しんでいるのかと思った」
「そうしないとレベッカが満足しないからそうしてるだけだよ……」
「そうだけど、アリスも楽しんでるでしょ? ち、違うの?」
「う、うーん……」
そう言われると、そういう側面も無くも無い。
まぁやけくそ気味にやるのが、全く楽しくないとは言えない。
でも、レベッカのあの感じは普通に困る。
「でも、お屋敷を出てくほど嫌だったわけ? ごめん……」
え、レベッカが謝った!?
信じられない思いでレベッカの顔を見た。
「そ、そう思うなら、最初から手加減してよ……」
気まずくなって、視線をそらしてまたスープに口をつける。
「だって、最初から私にだけはすごいキスしてきたし……」
「あれはレベッカが煽ったからじゃん。普通にキスすると物足りないとかいうから……」
すると、レベッカは考え込むようにしてから、口を開いた。
「じゃあさ……次からアリスが嫌にならないようにキスしてよ。あんな風じゃ無くてもいいから」
うわ、レベッカとしては信じられないほどの譲歩だ。
「それはありがたいかな……。でも、本音を言うとそもそも毎日キスとかしたくないんだよね」
「なんで?」
レベッカが素で聞いてきた。
「い、いや、なんでって……人の唇に自分の唇を合わせるって行為、普通に考えてけっこうきわどいじゃん。気分が盛り上がってればできるけど、普通のテンションじゃあんまりやりたくないよ」
そう言うと、レベッカはあんまり分かってない顔をした。
あー、レベッカはいつでもキスしろって言う人だから、俺の気分があんまりわからないらしい。
「ほほお」
厨房の隅にいるフィリップが、なにかに感心するような声を出した。
うわ、きわどい会話全部聞かれてる。
でも、せっかくフィリップがいるんだから、フィリップにも協力してもらおう。
「例えばフィリップ、今いきなり私とキスできる?」
男言葉を使いたいところだが、フィリップの前では女言葉を使うようにしていたので習慣的に女言葉を使った。
「ん、と、唐突だな」
フィリップがちょっと顔をしかめる。
その表情を確かめて、レベッカを見た。
「ほら、レベッカ、俺だってああいう感じになるんだよ。いっつも、レベッカは唐突なんだよ」
「そ、そう? じゃあ、ロマンチックな状況ならすんなりキスできる?」
レベッカが真剣な顔で俺を見る。
「ま、まぁね。っていうか、普通そういうの女の子の方が気にすることじゃないの? なんでコレットもレベッカもそんなドストレートなの?」
「だってうれしいし……」
レベッカが視線をそらしてぼそっと言った。
ん?
「うれしい……?」
想定外の返答に俺は首をかしげた。
楽しいならわかるけど、うれしい?
「だって、アリスが私にキスしてくれるんだよ。うれしい……じゃん……」
レベッカが顔を赤らめて、パンをかじる。
その表情を見てると、心の中になにか温かい心が広がる。
その表情、な、なんか来ちゃうんだけど。
「え、そ、そうなの……へ、へー……うれしいんだ……」
俺も気恥ずかしくなってパンをかじる。
「おいおい、見せつけてくれるなあ……」
とフィリップがつぶやいて、気まずそうに鍋を洗い始めた。
皿や鍋を洗うのはメイドの仕事だ。
手伝わないといけない気がして立ち上がると、フィリップが制止した。
「大事な話の最中だろ、洗うのは俺がやっておくから気にするな」
「ありがとうございます……」
ぎこちなく頭を下げて、またレベッカの横に座る。
「アリスは……私とキスをしてうれしくないの?」
レベッカがいつもより小さい声で聞いてきた。
「それは……」
全くうれしくないけど、そういう言い方をすると今のレベッカは落ち込みそうだ。
「だ、だって、俺はいっつもレベッカに強要されて無理矢理やらされているからさ」
フィリップがこちらに注目しなくなったので、男言葉に切り替えて言った。
「マリーには普通にキスされてるじゃん。あれはうれしいんでしょ?」
他の人とのキスを話題に出されると、なんか恥ずかしい。
「え……ど、どうかな」
「違うの?」
レベッカが意外そうな顔をする。
「躊躇なさ過ぎて、ちょっと引いちゃうと言うか……。みんな積極的すぎてなんか付いてけないんだよ。女の子ってもっと奥ゆかしいと思ってた」
多分、みんなリアルな男を前だったらもうちょっと奥ゆかしいんだろう。
なまじ俺が同性の身体をしているから、遠慮が無くガツガツ来るのだと思う。
「えー……うそ。アリスはキスされてうれしくないの?」
レベッカが信じられないという顔をする。
「うれしいキスか……。クロエとのお別れのキスは心が通じてる感じでよかったけど……それ以外は圧倒されてる感じでね」
「あのお嬢様?」
レベッカの口調が一転して不機嫌になる。
う、うわっ
「と、とにかく、みんな強引すぎるんだって! 俺の意思を無視してキスをしてきたり、強要したり、そういうのはうれしくないよ。この身体すごく敏感だから、毎回結構緊張してるんだよ。舌とか入れられたら……俺が崩壊しちゃうし」
「そうなんだ……難しい……」
レベッカが下を向きながら、また食事に口をつけた。
「ってか、レベッカは強要されても嫌じゃ無いの? 俺がいきなり部屋に乱入して強引にキスしたらどう思う?」
それを言うと、レベッカが俺の顔を見て、目を見開いた。
「なにそれ、さ、最高……」
俺は絶句した。
レベッカ、まじでドMじゃないか。
「あ、あのさ……か、勘違いしないでくれる? 俺、そこまでドMじゃないから。たしかに理性が吹っ飛んで身体が暴走するとアレだけど、普段はそんなドMじゃないから! 強要されるのは普通に嫌だから」
「そうなんだ……」
レベッカが困った顔でもそもそとパンを噛みしめる。
「ってか、そんなドMなら、俺じゃ無くてマリーとかのほうがいいんじゃ……まぁ、レベッカが完全な女同士は嫌だってのはわかるけど」
そう言うと、レベッカが嫌な顔をした。
「な、なに?」
「アリスはさ……私のことそんなに嫌いなわけ?」
「は?」
「お屋敷を出て行くほど私のことが嫌なんでしょ?」
「ち、違うって。レベッカやコレットが本当に嫌いなわけじゃ無いって。仕事の時は仲良くしてるじゃん。そうじゃなくて、レベッカとコレットが二人で無理矢理キスを強要してくるのが嫌なの! 俺の身体で俺の立場になってみれば分かるから、本当に分かるから!」
「そう……」
なんか今日のレベッカは珍しく、俺の話を黙って聞いている。
「だからキスの強要はやめてほしいけど……。でも、レベッカはキスがうれしいのか……うーん……」
レベッカの顔を見ながら、俺も困って考え込んだ。
同じメイド生活をしているからよくわかるけど、この職業はファンタジックな言葉の響きとは裏腹に大変地味である。
毎日毎日ルーチンワークで家事をしているだけなので、刺激が少ない。
それに日本と違って娯楽も少ない。
そんな地味の生活の中でうれしいと感じている娯楽を奪うのも、ちょっと酷かなぁ、と思ってしまう。
でも、そんな甘いことを言っていると、俺自身が消耗してしまう。
「アリスはどういうことがうれしいの?」
考え込んでいると、レベッカが聞いてきた。
「あ、俺? まぁ……頭撫でられることかなぁ……」
と、さきほどアルフォンスに頭をなでなでされたことを思い出す。
あれは文句なしに気持ちいい。
「へぇ、撫でてもいい?」
レベッカがフォークを置いた。
さきほどから会話が多くて、食事が全然進んでいない。
「いいけど」
レベッカが手を伸ばして、俺の頭にのせた。
「あ、後頭部は避けてね」
「後頭部?」
すっとレベッカの手が後頭部に当たった。
重力がいきなり消え、浮いているような気分になる。
体中が脱力する。
「ふあああぁっ……あ……ぁ……」
崩れ落ちそうになるところを、机をつかんでなんとか耐えた。
立って無くてよかった。
身体をなんとか支え、レベッカを見た。
「だ、駄目だって……言ったのに……」
「ご、ごめん」
レベッカは素直に謝った。
「そこ触ると、力抜けるんだから……そこじゃなくて、上の方を……」
「あ、うん」
レベッカがそろそろと手を移動して俺の頭を撫でる。
ちょっとぎこちないけど、これはこれで新鮮。
撫でられているうちにだんだんと気分が落ち着いてきた。
「あー……そうそう、それ~……後頭部は気をつけてね~」
目を瞑って、ふにゃふにゃな気分で言う。
あー、みんな撫で方が違って、みんないい……
「あ、すごい……気持ちよさそうな顔をしてる」
レベッカが戸惑っているような声を出す。
「う、うん、気持ちいい……」
しばらく撫でられていたが、レベッカが手を離したのを感じた。
目を開けると、レベッカが何かを待っていた。
「今度は私の頭を撫でてもらってもいい?」
え、俺が撫でるの?
なんか新しいパターンだ。
「うん、いいけど……」
レベッカの頭に手を乗せて、なでてみる。
しかし、レベッカの反応は鈍い。
懐疑的な表情のまま、固まっている。
「あれ……レベッカは気持ちよくないの?」
「気持ちいいと言えばほんのちょっとだけ気持ちいいけど……。私、鈍いのかな」
そういえば、レベッカはそういうタイプだ。
冷たい水でも割と躊躇無く手を突っ込めるし、いろいろ無頓着だし、鈍いか鋭いかと言えば、鈍い方だ。
「うーん、頭が駄目か……じゃあ」
と、レベッカの背中を撫でてみる。
こんなことをされたら、自分だったら悲鳴を上げるが、レベッカは顔色すら変えない。
「服の上から触られても別になんとも感じないかも」
と、レベッカが残念そうに言う。
「そうなんだ……。じゃあ、服の中に直接手を突っ込んで……」
メイド服の中に手を突っ込もうと考えていると、視線を感じた。
そちらに向くと、フィリップがこちらをじっと見ていた。
あ、そうだ、フィリップ居たんだっけ!
見られたのに気がついたフィリップは、わざとらしく流しをこすり始めた。
ってか、俺もなんで自然にレベッカの服に手を突っ込もうとしてるんだよ!
危なすぎる。
「い、いや、なんでもない……」
手を引っ込めると、レベッカが物足りない顔をした。
そんな顔をされても。
「ねぇ、アリス、試しに私のこと思いっきり抱きしめてくれる?」
「は? いや、それは……」
「キスよりいいでしょ?」
「まぁね……」
フィリップの視線が気になるけど、話の流れ的にぶった切れ無い。
俺は立ち上がって、レベッカの後ろに回った。
後ろから腕を回して、抱きしめる。
レベッカの体温とか小さな動きが全部伝わってくる。
これ、絶対、俺の方がやばい。
「これもいいかも……」
レベッカが言う。
「そ、そうか。ちょんちょん触るより、こうやってガバッと行った方がレベッカはいいわけね」
「うん、これはいいかも……」
するとレベッカが立ち上がろうとしたので、レベッカを離した。
すると、立ち上がったレベッカは、いきなり正面から抱きついてきた。
「えぇ!?」
思わず悲鳴を上げる。
レベッカの胸が当たる。
足が当たる。
いろんな関節とか身体の凹凸が全部当たるのを感じる。
こ、この身体、本当に敏感すぎ、感覚をすごく細かく捉えすぎ!
心臓の鼓動も伝わってくる。
俺も一応レベッカの背中に手を回したが、それよりもレベッカの方が強く俺を抱きしめてきている。
ってか、背中ぁぁぁぁ!!
「レ、レベッカ、背中気をつけて!」
「背中?」
「背中に腕を回すのはいいけど、手のひらで触ったりしないで! 本当に弱いから……いじったら本当に怒るから!」
そう言うと、レベッカは本当に気をつけて背中を触らないように腕だけで俺を抱きしめた。
「そう……それなら大丈夫だから」
と言っていたら、いつのまにかものすごく深く密着していた。
さきほど以上に、各部が密接する。
身長差があるため、抱きしめていると言うより抱きしめられているというしかない。
ってか、やばい。
この姿勢、絶対にレベッカより俺の方がやばい。
いろいろ感じすぎる。
ものすごくドキドキする。
冷静では居られない。
「レ、レベッカ……しょ、食事の途中だし……」
「これいい……」
耳元でレベッカの声が聞こえる。
「ほ、ほら、後にしよう」
そっと身体を離す仕草をすると、レベッカは案外素直に離してくれた。
あれ、いつもと雰囲気が違う。
席に戻って、残ったスープに手をつける。
心を落ち着けながら、スープを飲み込む。
さすがにスープも完全に冷えている。
「こりゃ目の毒だ……」
厨房の隅でフィリップがつぶやいたのが妙にはっきり聞こえた。
あかん、フィリップがいる前でなんちゅーことをしてしまったんだ。
「あ、あのさ、レベッカが良ければ、俺がいいときに夜にレベッカの部屋に行くようにするけど、それでどう?」
「えぇ!?」
レベッカがスプーンを持つ手を止めて、裏返った声を出した。
今日のレベッカはやっぱりいつもと感じが違う。
「変なときにいきなりキスしろって言われるより、自分が覚悟決まっているときの方が楽なんだよ。っていうか、レベッカはいつでもいい感じなんでしょ?」
「う、うん、私はいつでも大丈夫」
レベッカが頷く。
ほんとドM。
っていうか、受け身体制なんだ。
「じゃあ、そっちのほうがいいよ。強要されるよりそっちのほうがマシ……。あと、最初の頃、ニラのにおいさせてキス迫ってきただろ。ああいうの勘弁」
「あれはあのときだけじゃん」
レベッカが顔をしかめる。
「そうだけど、とにかくそういうのが嫌だから、ちゃんと歯磨きとか終わったその時間帯に行く。それでいい?」
「い、いいよ。そっちのほうが私もうれしいし……」
レベッカが気弱な雰囲気で残りの食事を食べる。
今日のレベッカはなんかかわいい雰囲気だ。
食事を終えて、自分の皿を洗う。
すると、残りのパンをちぎっていたレベッカがちょっと恥ずかしそうに俺を見た。
「今日は……来てくれるの?」
「……行くよ。コレットを片付けてからね」
「うん」
レベッカがおとなしく頷いた。
「ぉー……」
厨房の隅で変な声が聞こえた。
顔を向けると、フィリップがまだいた。
いかん、フィリップにめちゃくちゃ恥ずかしい話を全部見られた。
○コメント
冒頭を回収できたことについて、作者の中でファンファーレが響き渡っています。
冒頭を矛盾無く置くところが無くてかなり悩んでいたので……。




